2009年12月31日木曜日

今年も終わり

いよいよ年の瀬も迫ってきた。
自分は今年で41歳、数えで42なわけだから、いわゆる本厄の年であった。
まったく、厄年というのはこんな酷いものなのかと実感せずにはいられないくらい、の一年になってしまった。
悪いことが次々と、という感じでもない。まあ振り返れば今年くらいの悪いことは毎年起こってる気がするし。
しかし見事なくらいに良いことが何もなかった。間違いなく、今までの人生で良いことが一番なかった年になるんだろう。

悪いことも毎年レベル、と書いたが、やはり酷かったと思う。
まるで自分の厄年とリンクするように、とんでもない不況になったのも大きく響いた。
景気がよければ、ま、それなりに何とかなるのだが。

ずっと自分は「うっちゃれる人間」だと思っていた。
もうギリギリまでは苦しめられるが、最後の最後でうっちゃって、何とか形がつくれる、そういう悪運を持ってると信じていた。
が、今年はそれが通用しなくなってた。
今までうっちゃって勝ってたのが、同体か、もしくは僅差で負けるようになってしまった。
もちろんそれは今年限りの話、来年からはうっちゃりが復活するものと信じているのだが。

話は変わる。
さいきん、昔やってたブログを改めて読み直してみた。時期にすると2003~2005年頃に書いたものだ。
読み直す前は、前のブログはかなりしつこくクドクドと書いてたなと、思いこんでいたのだが、意外とそうでもなかった。
ここよりずっと長文の時が多いし、数回に分けて書いてる場合も結構あるのだが、文章そのものは非常にあっさりしている。
というか、クドさでいえば、どちらかといえばここで書いてる方がクドい。統一したテーマがないのも関わらず、だ。(前のブログはカテゴリ毎に一応テーマがあった)

このブログをはじめるにあたって、前のブログがクドかったから、今回はものすごくあっさりしたブログにしよう、と思っていた。
最初の方は「あっさり」を心掛けてる様子が見えるが、書いていくほどにクドくなってる。
これは年のせいなのかね。まあ本厄ということで、いいことがなかったせいで、ついはけ口代わりにクドい文章を書き連ねたのかもしれないけど。

というわけで今年は終わり。このブログもめでたく一周年です。来年もよろしければ引き続きご愛読ください。

2009年12月30日水曜日

Twiiter

Twiiterなるものを始めてみた。
え?Twitterって何?って人は検索してほしい。それがわかるならTwitterなんか始めちゃいない。
ではなぜ始めたか、理由は簡単である。
「何がおもしろいのか、さっぱりわからない」からだ。

何がおもしろいのかわからないからやってみる、これは面白いとわかっているものより楽しみ方が深い。というか、感覚的にはジャケ買いにちょっと似ている。
てな説もあるわけだけど、面白くなさそうなものを始めるというのは、やっぱり気が乗らないものだ。
理屈で考えているうちでは、本当におもしろさというか、何のために使うのかがさっぱり見えてこない。
特定の人に何かいいたいのならメールでいい。
不特定多数の人に何かいいたいのならブログで十分じゃないか。
「つぶやく」といっても要するに短いブログと何ら変わらない。
フォローという発想だってマイミクと何が違うのか。
そもそも特定の人に公開することや携帯電話から投稿することだって、今のブログサービスで十分可能だ。
短文しかダメってのも何かね。そうなるとちょっと長いurlアドレスなんかを載せられない。
これはurlを短縮してくれるサービスがあるんだけど、法則性がわからないからいわゆるフィッシングサイトみたいなのにも引っかかりやすい。
これだけ利点が見えないというか欠点ばかりが目に付くサービスにも関わらず、ユーザ数は爆発的に伸び、近所の本屋でもTwitterの本を集めたコーナーなんかができてたりする。
さすがにこれは何かあるんじゃないか、これは実際に始めてみなければ到底わからないんじゃないかと思って始めたわけである。

結論をいうと・・・やっぱりわからんわ。
もしリアルな友達が軒並みTwitterをはじめてくれたら、まあ面白いかもしれない。しかし自分の周りでは誰もTwitterなんかやってない。
しかもそれだって「他人のTwitterを見る」ことが面白そうなだけで、自分の行動を逐一報告したいなどとはまるで思わない。もし何かいいたいことがあるなら、このブログに書くかメールするし。

・・・・とここまで書いてきたのは事実だが、実はもうひとつTwitterを始めた理由がある。
それはAPIが公開されていたからだ。
え?APIって何?って人は検索してほしい。それがわかるなら(ry
要するに外部からTwitterのデータを引っ張ってこれるんですな。世にあるTwitterクライアントソフトもおそらくこれを使っている。(え?クライアントソフトって(ry)
極簡単なスクリプトを書くのが趣味なので、これでちょっくら遊べるんじゃないか、そういう理由というか野望もあったわけだ。
ところがTwitterのAPIってややこしいね。てかだいたいTwitterの面白さがわからない人間がどういうものを作ったら面白いのか便利なのかまったくわからない。
というわけでこの野望もスマートフォンから数秒でつぶやける簡単なスクリプトを作っただけで終わってしまった。しかもこれはメール投稿でTwitterにつぶやけるサービスを使っているので、APIとは全然関係ない。

こんなかんじでぼくのはつこいもしっぱいにおわってしまいました
初恋じゃねえや、Twitterだ。
ま、終わらせるにはちょっと悔しいので、とりあえずもう少し続けてみる。
が・・・いつまで続くのかねえ。

2009年12月24日木曜日

鍼灸院に行く

以前腰が痛くてしょうがない、というような話を書いたことがあるが、夏の間はずっと収まっていた。
暑いと大丈夫で、寒いと痛い、というのは、まあふつうのことなのだが、今年は11月の終わりに体調を崩したのをきっかけに特に酷くなってしまった。
腰というか背中だ。本当に背中に分厚い鉄板を一枚入れているみたいな状態で、そのわりに姿勢が悪いのはなんともはや。
正直寝付きも悪い。横になると多少マシになるのだが、寝ころぶ状態が長く続くとやっぱり痛くなる。

いくらなんでも酷すぎるので、生まれてはじめて鍼灸院なるものに行ってきた。
元々病院は嫌いなのだが、何度かお世話になってる病院が鍼灸院も兼ねており、ふつうに診察に行くよりはいいだろうと気楽に構えていたのだが、よく考えると、自分にとっては想像しただけで怖いことなのに気づいた。

そもそも自分は身体に何かを刺したりするのが大嫌いなのだ。
もうピアスを空けるなんて信じられない。それも耳ならともかく舌になんて、考えただけで嫌な汗がでてくる。
本当のことをいえば、穴を空けるなんて大仰なことじゃなくても、腕時計すらしたくない。身体に何もつけたくないのだ。
今一番恐れていることは、老眼鏡をかけなければならなくなることだ。
早かれ遅かれあと数年で老眼鏡のお世話になることは間違いない。でも短時間サングラスをしてるだけでも嫌になるのに、日常的に眼鏡をかけなければならなくなるなんて、もう、本当に、たまらんわ。

話は大幅に逸れてしまったが、とにかく鍼灸院に行ってきた。
頭の中では中国鍼みたいなのを描いていたのだが、当然ながらそういうのではなく、何か短い鍼をプスプス刺すだけ、だったように思う。
思う、というのは、こっちはうつ伏せ状態なので、詳しく何をされているのかわからない。その後鍼の部分に何かを取り付けて、電気療法みたいなのがはじまった。
一部分だけやけに痛いところがあったが、まあ無難に終わった。
その後医師が「シャケツもしておきましょう」というので、それもチャレンジした。
シャケツとは瀉血と書く。家に帰って調べた。瀉血=コリの酷いところの血を抜いて、血流をよくするのだ。
これが痛かった。血を抜く程度だから、鍼よりも軽く注射針でも刺すのかなと思っていたのだが、バチン!バチン!とまるで何かを身体に埋め込むがごとくセットしていくのだ。
しかしだ、これが恐ろしいほど効いた。医師が「これは相当酷いね」といわれるほど、あれだけ痛かった背中の痛みがきれいに消えた。
痛みがとれたことはもちろん、頭が異様に軽くなったことに驚いた。背中から首が痛みから、頭の重みを感じていたのだろう。

結局姿勢が悪いのと血行が悪いのが問題だったようだ。
たしかに冬は手足が異様に冷たかった。が、今は手足の冷えもかなり改善されている。
悪い血を抜く、というのはすごいことだった。話によれば、意外と献血することもいいようだ。別に献血で悪い血を抜くという話ではないが、血液を入れ替えるという意味はあるようなのだ。
とにかく貴重な体験だった。たぶん近日中にまた行くことになるだろう。

2009年12月18日金曜日

やればできる、のか

子供の頃、ずっといわれ続けたことがある。
「あんたはやればできるんだから」
自慢じゃないが、まったく勉強はできなかった。いつもクラスの真ん中よりちょっと下をうろうろしていた。
妹は勉強が趣味のような感じで、暇さえあれば机に向かっていた。
そんな姿を見ていたせいか、自分ではこれはもうしょうがない、と思っていた。どう考えても自分は妹のように勉強を楽しめない。
好きこそ物の上手なれ、というが、好きでもないものの能力を向上させるのは並大抵ではない。
それは努力が足りないといわれるかもしれないが、嫌いなものはそれが好きな人の3倍努力しないと身にならない。
そんなことんなを考えていくと、つまるところ「勉強は向いてない」となる。
しかし親や学校の先生、塾の講師はそんな風には考えない。
「君は頭はいいんだから、やればきっとできるようになる」
おそらく何千何万の人が同じようなことをいわれただろう。
けれどもこのいわば飴と鞭といえるこのセリフを信じた人はどれだけいるだろう。
余談だが、高校受験前に上記のセリフに騙されるつもりで、自分としてはかなり頑張って勉強した。結果、真ん中より少し下が真ん中より少し上になっただけだった。
そんな私事はどうでもいい。「やればできる」という精神は21世紀には少々無理があるのではないかといいたいのだ。

何も努力の尊さを否定するつもりはない。しかし大抵周りからみて「頑張ってる」状態の時は、本人には頑張ってる意識はなく、ただ無我夢中でやってる場合が多い。
「やればできる」と思ってやっているのではなく、ただ能力の向上が楽しいだけなのだ。
だいたい「やればできる」論は無理が多すぎる。今から短距離走のオリンピック選手になれるかといわれれば当然無理なわけだし、そこまで極端な話じゃなくても、都心の一等地にマンションを買うくらいのことでも「やればできる」のかといわれれば、難しいといわざるをえない。
いや、この論理が鬱病やストーカーの存在を増やしているといってもいい。

自分がいいたいのは「やってもできないことがある」ことを説く方がよほど大切なことではないかと思うのだ。
世の中にはどうやっても無理なことがある。向いてないことを努力するより向いていることに時間を使うべきだ、と。
そんなことは実社会で学んでいくものだ、という意見はごもっとも。しかしじゃあ親や学校はいった他に何を教えているというのだ。
いくら「やってもできないことがある」と説いたって、必ず反抗する時期がくるし、実際に不可能を可能にする天才はあわられる。そんなことをいわれたくらいで天才は潰れたりしない。
いくら努力したところで
「なりたい職業に就けるとは限らない」
「好きな異性は必ずしも振り向いてはくれない」
「自分の意見に必ずしも相手が納得するわけではない」
全部当たり前のことだが、どうも最近は当たり前でなくなってる気がするのだ。
「こんなに努力したのに何で報われないんだ」と怒る、もしくは極度に落胆する人がどうにも多い。
怒っても落胆してもしょうがないのだ。やり方を変えるかしょうがないとあきらめるか、どちらかしかないのだから。

どうも虚無的だな。まあいいか。

2009年12月10日木曜日

ミスター

ミスター、それは何かしらの括りの中で象徴的な存在の人物に与えられる称号である。
今までずっと、過去の事例からしか考えられない人に閉口して、あえていわなかったが、彼こそまさしくミスターと呼ぶべき存在だったのだ。
彼の名は赤星憲広。阪神タイガース所属、背番号53。この度引退することになった、あの赤星こそ、ミスタータイガースだった。
ミスタータイガースといえば、阪神タイガースの歌の歌詞にある通り、歴戦の鉄腕強打の選手に与えられてきた称号である。
今までミスタータイガースと呼ばれてきた名選手と赤星は決定的にタイプが違う。
だからなのか、金本は幾度かミスタータイガースと呼んでいいんじゃないかという話題を耳にしたが、赤星こそ五代目ミスタータイガースに相応しいという声はまったく聞くことがなかった。
しかし自分の考えは違う。赤星こそミスタータイガースだとずっと思っていた。
理由は簡単だ。2000年代に入ってから、阪神はずっと赤星のチームだったからだ。
赤星のチームというのは赤星ありきのチーム、赤星がいなければ戦術がまったく成り立たない、そういう意味である。

長らくの暗黒時代を抜け出した阪神は2003年になってセントラル・リーグの優勝を飾ることになる。
FAで金本を獲得、またメジャー帰りの伊良部、そしてトレードで下柳を獲得したことも、もちろん大きかった。
しかし、もしあのメンバーの中に赤星がいなければどうなっていたか、ただの想像でしかないが、優勝までは届かなかったのではないか。
赤星が阪神に入ったことで、阪神の野球は大きく様変わりした。
走攻守、すべてにおいて阪神にとって赤星の存在は突出していた。
また過去にミスタータイガースと呼ばれた選手はけしてチームリーダーとしての資質は高くなかった。しかし赤星は違う。チームリーダーとしての資質も非常に高かった。
そしてこんなに負けん気の強い選手は、それまで阪神にはいなかった。ここが阪神を優勝に導いた最大のポイントだと思っている。

生え抜きであり、打撃成績も、もちろん盗塁も、そして守備も文句なしで、さらに名実とものチームリーダーであった赤星憲広。
いったい彼をミスタータイガースと呼ぶことに何の問題があるというのだろうか。

正直引退についてあれこれいうのは野暮であり、悪者探しをしても何もならない。
だからあれこれいうのは違うんじゃないかという気がするが、これだけはいわせてほしい。

誰ひとり認めなくても、自分の中では五代目ミスタータイガースは赤星憲広である、と。

2009年11月29日日曜日

どうでもいいこと

人間、年を取ると大事なことの記憶もどうでもいいことの記憶も比重が変わらなくなるというけど、本当に、自分でも何でこんなことを憶えているんだということばかり憶えている。
前にも書いたと思うけど、我ながら呆れるほど記憶力が弱い。
小学校低学年までで憶えているのは3、4シーン程度で、さすがに高学年になるともう少し増えるが、おそらく今まで生きてきた中で最も楽しかった時期といえる大学時代のことすら、かなりあやふやになってしまっている。
にも関わらず、こんなこと憶えていても、もうホントにどうしようもない、みたいなことは憶えている。
特にテレビ番組のワンシーンをかなり鮮明におぼえていたりするのはどういうわけだろう。

前に「鶴瓶・上岡パペポTV」のことを書いたが、その中でこういうシーンがあった。
上岡龍太郎が、どうも「お段」で名字がはじまる芸能人はよくない、だから自分の弟子である大空テント(という芸人がいるのだ関西に)にも「大空」を取って「テント」だけにしろといった、という話をしていた。
いぶかしく思ったのだろう。鶴瓶は必死に「お段」からはじまる大物芸能人を考え、導きだしたのが、鶴瓶とも交友の深い緒形拳だった。
しかしそこは上岡龍太郎である。驚くべき言葉で緒形拳を否定した。
「でも・・・緒形拳止まりでしょ」

この話をパペポ好きの友人にしたところ、このシーンは憶えてなかったものの、大受けして、以後この友人との会話で、芸能人に限らずスポーツ選手でも何でも大物をあげつらう時には「○○止まりでしょ」とまぜっかえすのが定番になってしまった。

しかしだ、この緒形拳止まりの話を記憶していたのは、自分がかなりパペポTVにハマりこんでいたからで、そこまで不思議はない。
ところが何故こんな番組の、こんなシーンを憶えているのだろうということもある。

例を2つほどあげる。
・昔「プロポーズ大作戦」という番組があった。同名のドラマもあったがもっと昔、やすし・きよしが司会をしていたバラエティ番組の方である。
この中でたしか素人の出演者が「好きなタイプは中森明菜」といったのだと思う。すると西川きよしが「セカンド・ラブの!」と確認した。
もちろんセカンド・ラブの中森明菜、でも間違いではないのだが、まだセカンド・ラブは発売してすぐだったはずで、一般的に中森明菜といえば「少女Aの中森明菜」だった。
きっと「なぜセカンド・ラブなんだ・・・」と思ったのだろう当時の自分は。

・もう何年もやってないが、大昔は「笑っていいとも」のテレホンショッキングの時、お決まりとして「友達の友達は皆友達だ。世界に広げよう友達の輪!」というのをスタジオの観客と必ずやっていた。
三波春夫がゲストの時があった。その時自作の、例の言葉に得意の音頭調に節をつけ、それをわざわざラジカセ持参で聴かせたことがあった。
タモリはあきらかに困惑していたが、三波春夫は動じることなく、今後これを使ってほしいと悪びれずにいいきった・・・。
ま、このシーンも憶えているのだが、三波春夫作曲の友達の輪の唄を、いまだにソラで歌えてしまえるのだ。
何度かは「笑っていいとも」内で流したことがあったのかもしれないが、そもそもこの時期を含めて毎日笑っていいともを見るという習慣が自分にはない。
だから聴いたのはせいぜい二、三度しかないはずである。にも関わらず、たまに気を抜くと鼻歌で「せ〜かい〜にぃひ〜ろげよ〜ぉ、と〜もだ〜ちのわ、わ!」と唄ってたりするから始末に悪い。

どっちもまったくどうでもいい、将来的に何か役に立つようなことは一切ない。
中森明菜も当時も今もまったく興味もないし、世界に友達の輪を広げるなんて考えただけでもまっぴらだ。
にも関わらず憶えているというのは、もしかしたら何かものすごい暗示が秘められているのだろう、と無理矢理納得するしかないのである。

2009年11月15日日曜日

もうね

何気なくニュースサイトを見てたら「オバマ氏を勝手に応援する会」が何とかオバマ大統領と面会をしようと、わざわざ福井から東京までかけつけたそうだ。
さすがにこれはヒドいとしかいいようがない。

勝手に応援する会やおばまガールズなど、地元では早くから「恥ずかしい」とか「かえってイメージダウンになる」といった声があがっていたようだが、少なくとも自分は、2ちゃんねる用語でいうなら「生暖かい目」で見ていた。
街起こしというのがどれほど大変なものかわかるし、知名度をあげようと思ってもきっかけも何もない。それは本当によくわかる。
だからこそ「生暖かい目」で見ていたのだが、それも大統領選までの話だ。
そもそもオバマと小浜、音がいっしょという程度のことから始まったわけで、大統領選で活動が終わっていたら「あくまでシャレでやっていた」というのがわかる。
しかしここまでやるとまるでシャレではすまない。
街をあげて、たとえ海外であるにせよ、特定の政党に肩入れするのはおかしい。というかこれは法的にぎりぎりの行為ではないのか。
何度もいうが、大統領選までならまだシャレで済む話だったのだ。それが変に注目されたため引き際を見失ってしまったのだろう。

知り合いに小浜出身の人がいるが、小浜出身ですというと、失笑にも似た笑みで「ああ、あのおばまガールズの・・・」といわれるといっていた。完全に見下されているわけだ。
こうなるといったい何のために「勝手に応援する会」だのおばまガールズだのをやってるんだという話になる。
たしかに知名度はあがったかもしれない。しかしその知名度はマイナスイメージの知名度のなっている。「引き際を知らない田舎モノ」という最悪のイメージ。
やってる人は地元貢献のつもりかもしれないが、関係ない小浜出身者にすれば、これほど迷惑なことはない。そんなことは考えないのだろうか。

はっきりいう。「生暖かい目」でなんか見てくれない。見下す対象にしかなっていない。それでも彼らはまだ活動を続けるというのだろうか。

2009年11月14日土曜日

自虐の大阪人

自分は神戸で生まれ・・・いや自分史を語るつもりは毛頭ないがお付き合い願いたい。
神戸は高校を卒業するまで、その後大阪にある大学へ行ったのをきっかけに約10年間大阪で過ごした。
さらに飛び飛びであるが3年ほど大阪に住んでいたことがあり、都合13年ほど大阪暮らしをしていた計算になる。
神戸といっても大阪とほぼ同じ番組が流れており、一番適度な距離で大阪をながめていたのではないかと思う。

さいきんコンビニでつい立ち読みした本に、各都道府県出身者の性格の違いを記したものがあった。はっきりいえばぞっき本に近いものであり、大阪人に関して記してあった章も、いわゆるステレオタイプなことしか書かれていない。
まあそれはいいのだ。所詮ぞっき本如きに文句をいう気にはなれないし、この本を読まずとも、関西に縁のない人々はほぼこういったイメージなのだろうなというのは想像できるからだ。
しかしこれは自分の持っている大阪人のイメージとまったく違う。
他の地方の人から見れば大阪も神戸もたいして変わらないのかもしれないが、自分からしても大阪人のある部分はまったく、ではないが多少理解できない部分もある。
さきのぞっき本でも阪神タイガースと吉本新喜劇については書かれている。吉本新喜劇というかボケとツッコミに関しては今回は省略する。

「○○(阪神が獲得した選手名)最高や!××(阪神が獲得できなかった選手名)なんか最初からいらんかったんや!」
これは2ちゃんねるの野球板でよく使われるコピペである。もちろん阪神ファンが書いた体にして貼り付けてあるのだが、なるほど、それなりによくできている。
では2ちゃんねるとは別の、ほぼ阪神ファンしかいない掲示板を覗いてみる。
「○○?あんなん獲れるわけないやん」
「××(阪神の選手の名前)なんか通用するわけない」
こんな意見のオンパレードだ。こういう掲示板に慣れてない人が見ると、アンチファンしかいないんじゃないかと思われてもしょうがないような書き込みばかりなのである。

狭義に阪神ファンとしたが、これは大阪に置き換えても同じである。
たとえば「大阪なんてヤ○ザばかりなんだろ?」と大阪人に聞いてみるといい。
すると「ホンマにヤ○ザばっかりやで。石投げたらヤ○ザに当たるくらいやから。ま、ホンマに投げたらえらいことになるけど」といった風の答えが返ってくるだろう。
さっきのコピペもそうだが、大阪人というと「大阪最高や!」みたいにいいそうなイメージがあるのはわかる。しかし実際にそういうことをいう人に出会ったことがない。
もったいぶったが、結論めいたことをいえば

大阪人は自虐の人種なのだ。

相手が振ろうが振ろうまいが、まずは自分のこと、ひいては大阪のことを自虐的に語る。
大阪にも、というか大阪人にもいいところはいっぱいある。なのにそんなことはいわない。
ひたすら大阪がどれだけ酷いかを語ろうとする。さっきの阪神ファンと一緒だ。
そこのところが他の地方の人には理解できない。ふつうは自分の住む街を貶されたら腹が立つものだ。でも大阪人は自ら率先して自虐に走る。
何も大阪人は大阪が嫌いで自虐しているのではない。まあいやお約束なのである。
それがわからない他の地方の人はどんどん大阪の悪口をいいまくる。するとどうだ、今まで自虐していたはずの大阪人が怒り出す。当たり前だ。ところが今度はそれが「突然キレる大阪人」というイメージになってしまう。

大阪人は結構複雑なのだ。今様の言葉でいえばツンデレといえるかもしれない。それをいうなら京都はデレツンだろうけど。
神戸人から見ても大阪人は難しい。それを他の地方の人が「騒がしくてヤ○ザが多くてボケとツッコミの会話しかしなくて阪神と吉本新喜劇の話さえすれば喜ぶ」みたいな単純極まる人種として認識したがるのも、何となくしょうがない気はする。
だってマジメに考えてかみ砕けるほど大阪人は単純ではないのだから。

2009年10月13日火曜日

王道または肉食系

みうらじゅんの本は大抵サブカルチャのコーナーに置いてあるが、いつも苦笑してしまう。
みうらじゅんという人は勘違いされやすいというか、海外のメディアがアキバ系の教祖だと勘違いして取材にきた、みたいな話をしていたが、実際みうらじゅんの立ち位置がわかってる人は少ないのではないか。
だいたいサブカルチャというものは、いや、そもそもこの人は王道の人じゃないかと思うのだ。
自分のことをドッチャク(土着を愛する意)と称しているが、本当は王道路線でいきたいタイプなんだと思う。だから土着的なものにもこだわっているのだが、見せ方の問題で、何となくサブカルっぽい立ち位置になってしまってる気がする。

話は突然変わるが、ここんとこ草食系なる言葉が流行ってるようだ。
自分はジジイなので、ついセックスに結びつけてしまう。
草食系=淡泊、肉食系=ガッツリ、という具合に。
しかしなんだ、見た目はともかくとして、中身まで草食系だと、そいつははっきりいってダメ人間なんじゃないかねと思ってしまう。
昔から英雄色を好むというが、結局それがやる気の源のような。だいいち本当に草食系なら、全然まったりできなそうだ。

何がいいたいかわからなくなってきたが、微妙に話を戻す。
サブカル系のイメージはどう考えても草食系だ。間違っても肉食系ではない。
ではみうらじゅんはどっちなんだとなると、これはもう、完全に肉食系だろう。
つまりはだ
・草食系=サブカル指向
・肉食系=王道
といえるんじゃないか。

またまた話は変わる。
以前「封印作品」シリーズのことを書いたことがあった。
通しで読むとよくわかるのだが、作品が封印されるすべての元凶は、日本人のことなかれ主義からきてるような気がする。
いや、ことなかれ主義の人も企業も昔からある。それは本を読んでてもよくわかる。
でもその傾向がここ最近より顕著になってきたのではないか。
このことはテレビがつまらなくなってきたこととも関係があると思う。
「8時だョ!全員集合」のプロデューサーは、どれだけクレームがきても、出演者(つまりはドリフターズですな)には一言も耳に入れなかったという。
今こういう人がいたらな、というのは簡単だ。しかし実際にいたらウザがられるんではないだろうか。
自分ひとりが矢面に立つ、守るべきものは守る、という発想は肉食系そのものだ。が、こういうスタンドプレイが今の時代に受け入れられるかといえば疑わしい。
「ルーキーズ」がウケているというが、あれは見た目草食系の人が肉食系のキャラクターを演じるからシャレになる、というか受け入れられるのだと思う。
もしあのドラマや映画を、いかにも肉食系、たとえば歴代の仮面ライダーを演じた面々、藤岡弘、とかでやってごらんなさい。絶対コケたから。

そろそろまとめに入る。
今はどうも肉食系はダメだが、エセ肉食系はウケる時代のようだ。
本物の肉食系はウザくてかなわんけど、エセならいい、みたいな。
ここにきてみうらじゅんが受け入れられているのはここだと思う。
本当は王道中の王道、肉食系中の肉食系なのだが、妙にサブカル、つまり草食系的なイメージがある。そこでうまく中和されているんじゃあないだろうか。偶然エセ王道、エセ肉食系になったというか。

2009年10月10日土曜日

長江健次

前回の続きではないが、やや関連性のある話を。

鶴瓶のことを書いたのはYouTubeで「突然ガバチョ!」(毎日放送・1982〜1985年)を見たのがきっかけだったのだが、共演者である長江健次の達者ぶりはまったく予想外であった。
当時「突然ガバチョ!」は毎週といっていいくらい見ていたのだが、長江健次にたいして、良くいえばソツがない、悪くいえば存在感が希薄、というイメージを持っていた。
が、動画を見て、そのイメージが覆された。
まだ二十歳前の頃だが、今この年齢でこれだけこなせる人は、芸人はおろか、早熟が多いジャニーズにすらいない。
考えてみれば、萩本欽一から始まって、笑福亭鶴瓶、明石家さんまと、持ち味を最大限に引き出してくれる、これ以上ない人たちについて、しかも10代の頃からやってきたのである。いわばエリート中のエリートといえる。
歌も少々驚いた。これまた予想外に巧い。というか声が非常にいい。
逆にいえば、まだ10代でこれだけの能力を見せつけながら、今のポジションの方が意外なのかもしれない。
もしかしたら本人があまりバラエティに興味がなかったのかもしれないし、アイドル的な売り方をされたので、誤解された見解が重荷だったのかもしれない。
でも本当に惜しい。Wikipediaなんかを読むとパージされたことなどが書いてあるが、今頃ゴールデンタイムで(奥様向けの時間帯でもいいが)司会のひとつはやっていないとおかしいんじゃないか。

ま、そんなことをいってもはじまらないのはわかっているが、あまりの衝撃につい書いてしまった。

2009年10月7日水曜日

偽善者にならない男

笑福亭鶴瓶という存在はつくづく不思議だ。
テレビで局部を露出したり、大便したり、失禁したり、ほんらいなら危険極まりない芸人として認識されてしかるべきはずである。
ところが「家族で乾杯」での、一般人の反応を見るまでもなく、非常に近しい、しかも関西弁でいうところの「ええ人」で通っている。
鶴瓶は番組の出演者やファンを連れだって旅行を行うのが好きで、大昔の「花の女子大生」や「ぬかるみの世界」からずっと、現在放送中の「ヤングタウン日曜日」でも、まだ、やっている。
ファンとふれ合おうという姿勢だ、という意見に異を唱える気はさらさらないが、一歩間違えば、偽善的ととらえられてもおかしくない。
これまた大昔の「突然ガバチョ!」では、番組の最後に「スタジオに遊びに来てくれた人」(はっきりいえばただの番組観覧者)ひとりひとりに握手していた。それにとどまらず、送迎バスまで見送るという徹底ぶりだった。
これを「偽善的行為」とみなすのはたやすい。もし、こういうことがやりたいとしても、何も番組の一部にすることはないんじゃないかという意見にも頷ける。
ところがだ、ここまでストレートにやられると、偽善という感じがしないのだ。
一時期さかんに「日本一感じのいいタレントを目指す」と吹聴していたが、これがギャグになるのは、観客が鶴瓶のハチャメチャぶりを知っているからだ。
しかも明石家さんまやナインティナインから「本当は悪い人」といわれることすら、そういわれることを許容することによって
表面はいい人→裏では悪い人→でも本当のホントは、やっぱりいい人
という公式がなりたってしまう。

こんな両極を持った人は他にいない。たとえばビートたけしが局部を露出したりしても(本当はそういうことはしない人なのだが)、番組観覧者と握手していったりする姿は想像できないだろう。
萩本欽一なら、番組観覧者と握手したりする画(例:24時間テレビ)は想像できるが、パンツを脱ぎ捨てる姿は想像できない。
両方がそこそこ様になりそうな芸人は、カンニング竹山ならちょっとできそうな気もするが、スケールが違いすぎる。
これがまさしく鶴瓶の特異性である。たけしやタモリ、さんまといった人より、昔とやってることは変わらない。
あいかわらずエロさをむき出しにしているのも変わらない。それは下ネタをいうとかという話ではなく、共演の女性にたしての接し方はセクハラそのものである。
にもかかわらず、そういう姿を目の当たりにしても、やっぱり「ええ人」であることはブレない。
極端な話、犯罪さえおかさなければ、鶴瓶の「ええ人」は保証されているといってもいいのだ。

2009年10月6日火曜日

月亭の万能言

昔見た、「♪ボインは〜」で知られる月亭可朝の漫談は驚愕ものだった。
「いや〜ホンマにね、ホンマに。いやホンマ。ホンマでっせ」
ずっとこんな感じで、ホンマしかいってない。
しかしホンマというのはまさに万能な言葉だ。標準語の「本当」に置き換えてもいい。何を聞かれても「本当にね・・・」といっていればさも意味ありげに聞こえてしまうから不思議だ。
可朝の弟子である八方も万能言を持っている。
「さあ、そこやがな」
これまた非常に便利な言葉で、嫌なことを突っ込まれたり、返答に苦しむようなことをいわれた時など特に活用しやすい。
いかにも「じゃあ今からそのことについて詳しく説明しますよ」的な物言いだが、実は会話の内容を他へ逸らすためのブリッジであり、はっきりいえば煙に巻くために使うのだ。
この万能言の後は何をいってもいい。まったく相手の質問と関係ない話をするのも当然アリだ。
要は相手に、どんな質問をしたか自体を忘れさせればいいわけで、コツはなるべく長めに話をし、その中に相手が引っかかってくる言葉を挟み込めればベスト、できなくても頃合いを見計らって、適当にその場から立ち去ればいいわけだ。

可朝→八方、はあまり芸風につながりがなさそうだが、確実に共通しているのは、ともに相手を煙に巻くことに長けていることだ。
それが月亭の芸風だとしたら、そりゃ米朝一門を距離を置かざるをえないのも当然という気がする。

2009年9月15日火曜日

成海璃子

というわけで成海璃子である。
この子、本当に人気があるのだろうか。どうもつくられた人気というか、同世代にたいして人気があったとは思えない、でも何か大スターに仕立てられようとしていた後藤久美子とカブってしまうのは自分だけだろうか。

何かどうも、これも後藤久美子と一緒なのだが、この子、成海璃子って絶世の美少女扱いをされてるが、ああいうのを美少女というのかね。そりゃ醜くはないけど、好き嫌いは別としても、微妙な顔立ちだと思うんだけど。
というか、ずっと誰かに似てるなこの子と思っていたのだが、意外なところに答えがあった。
異論はあるだろうが、言い切ってしまおう。
成海璃子は小野リサに似ている。
正確にいえば小野リサを若くした顔立ちといえばいいのか。

小野リサといえば、これまた美人なのか判別がつきかねる顔で、特段悪いところはないし、パーツだけ取り出せば美人といって差し支えない。ところがぱっと見の印象は全然違う。
何というか、この人、男顔なんですな。
きっと小野リサが男なら、相当な男前だと思う。
結局そういうことなのだ。成海璃子のパーツは悪くないのに、自分が美少女だと感じない理由、それは彼女が男顔だからだ。

友人と某サッカーゲームをやることがあり、これはモンタージュ形式で顔をつくることができるのだが、残念ながら男性しかつくることができない。
しかし小野リサと成海璃子はつくれそうな気がするのだ。
ま、男性パーツで構成できる顔を、美人とか美少女と思えないのはそういうことなんですな。
以上ですキャップ!

2009年8月23日日曜日

ゆうこりん

何か勘違いされそうなタイトルなので気になって夜も眠れない。

ちょっとマジメな話題が続いたので、やわらかめの話を。
もう週刊の漫画雑誌を買わなくなってずいぶん経つが、コンビニの雑誌コーナーを冷やかすと、いまだに小倉優子が表紙を飾ってたりする。
いろいろ悪い噂をネットでたてられたりしているが、それでも10代のアイドルが中心の表紙&巻頭グラビアで20代半ばの彼女が使われているというのは、やっぱりそれなりの需要があると見なすべきだろう。
「あれは事務所が・・」とかいくらでも穿った見方はできるが、何となくそれはないんじゃないかという気がする。

小倉優子が何でそれだけ需要があるのか、もうこれはセックスとしか思えない。
あのしゃべり方やキャラクター、そして体型がああだから、、つい「ロリに人気なんじゃないの?」と思われるかもしれないが、ちょっと違うような気がする。
彼女が醸し出しているもの、それはセックスそのものだ。それも表面上から連想しやすい「おいたな悪戯」といった、ある種倒錯的なものではなく、もろセックス、しかもごくノーマルなセックスなのである。
男はセックスのニオイに弱い。だが杉本彩や青田典子のような、年齢は別にしても、濃厚なものが苦手な人も多い。
小倉優子からは杉本彩に負けないくらいのセックスのニオイを発散していると思う。しかし濃厚なセックスは想像しづらい。
そこがいいのだと思う。だがいくらアメリカン(コーヒーのことね)な感覚でも、あそこまで生だと引いてしまいそうなものだが、何しろあのキャラクターである。いわば表面上のキャラクターがうまく中和、というよりもカモフラージュしているのである。

ここで取り上げる女優や女性タレントがもれなくそうなように、実は小倉優子も、顔も、それ以外もまったくタイプではないのだ、自分は。
が、目の前で全面的にセックスのニオイを出されると、何をするかわからない。もし噂通り、裏で・・・だったとしても、きっと誰も自分を止めることができないだろう。
以上ですキャップ!

2009年8月16日日曜日

リアル隣組

またしても同じようなことを書く。そろそろ飽きられそうで夜も眠れない。実はとっくに飽きられていると思うけど。

前回隣組について書いたが、参考までにと検索していくとWikipediaにYouTubeへのリンクが貼られていた。岡本一平が作詞した「隣組」の動画へのリンクだ。
あまり活用されているとは言い難いが、実はYouTubeにもコメント機能があり、この楽曲にたいしてもいくつかコメントが書いてあったのだが、あまりにもノーテンキなコメントばかりなのに、正直驚かされた。
いや、YouTubeばかりではない。「隣組」で検索してみるとおわかりいただけると思うが、かなり肯定的な意見が多いのだ。

隣組制度は、岡本一平作詞、飯田信夫作曲、徳山璉歌唱による、実に明朗なメロディと、あたたかい歌詞を持った歌のせいで、大いなる誤解を生んでいるといっていい。もちろんそれは内務省の狙いだったのだろうが、ここまでまんまとハマるケースも珍しいと思う。
たしかにあの歌だけを聴くと隣組は一種のパラダイスにすら感じる。しかも60年以上経ち、まったく価値観が変わってしまった今の人たちにまで幻覚を見せているのだから凄いとしかいいようがない。
作詞した岡本一平は・・・説明の必要もないだろうが、もちろんあの岡本太郎の父である。モノの本を読めばわかると思うが、ある意味息子以上に変わった人だったのだろう。
とにかく彼の家庭は「まともじゃなかった」のだ。とても普通の近所付き合いがあったとは思えない。
その岡本一平が、あんな歌詞を書き、(歌ができた当時から見て)未来人すら「その気」にさせてしまっているのだからおもしろい。

が、前回も書いた通り、隣組制度はパラダイスでも何でもない。個人的には国が責任を持たない分だけ、もしかしたら徴兵制度よりも悪法に感じてしまう。
相互監視のコワさを表現するのは難しい。
きっと「悪いことさえしてなければ、何の問題もない」という人もいるだろう。
しかし、当時のことを記した文献を読んでいただければ、到底そんな生やさしいもんじゃないとわかっていただけると思う。
そもそも「悪いこと」という定義がよくわからない。
法に触れるとかそんなレベルじゃなく、結局善悪の判断は個人の裁量に任されている。それが民主主義だ。
ところがそれを許さないのが隣組制度なのだ。
善悪の判断は隣組の人がする。しかも一番権力を持った人が。法には触れておらず、自分的には何ら問題がないことでも、権力者がダメといえばダメなのだ。
ダメというのはあきらめる、ということではない。即刻ダメと烙印を押された考えなり価値観を全否定しなければならないのだ。そうでないとたちまちつるし上げられてしまう。

つまりは隣組制度=個人の価値観の自由を剥奪されることに他ならない。価値観の自由を剥奪されてしまっては、もし仮に安全が保証されても、受け入れることなどできるか?少なくとも自分は絶対にできない。
以上ですキャップ!

2009年8月15日土曜日

サイバー隣組

このブログがいつ炎上するかと思うと夜も眠れない。まあこんな過疎ブログでそんな心配は皆無なのだが。

某吉本芸人のブログが炎上したそうだ。実際に読んだわけではないのでよくわからないが、どうも某Pについて触れたエントリで、覚醒剤肯定とも取れる発言をしたのが元のようだ。
覚醒剤是非についてはともかく、とにかく芸能人のブログというのはやたらと炎上する。これはブログシステムの問題もあると思う。
ここもそうだが、ブログの更新はメールで簡単に行える。ほとんど友達にメールを送るのと何ら変わりない感覚で更新できてしまう。
この、あまりにも気軽さが「うっかり」を産みやすい。公の場でこういう「うっかり」をしてしまう芸能人は少ない。それは仕事という意識があるからだ。
しかし実はブログ、というかインターネットで名前を出して発言するというのも、実は「公の場」なのである。つまりなかば仕事なわけだ。それがあまりの気軽さ故に「公の場」というのを忘れてしまうのではないだろうか。

もうひとつ考えられるのは、ブログを「何でもいいたいことがいえる場」とはき違えている人がいるんじゃないかということだ。
自分もここでいいたいことをいっているが、何でもいっていいとは思っていない。いくらハンドルネームしか晒してないとはいえ、やっぱりいっちゃいけないこともある。それが名前を出している人、そして有名人ならなおさらだ。
某巨大掲示板の有名なコピペで「いいたいこともいえない、こんな世の中じゃ」ってのがある。中には本気で使ってる人もいるが、風刺としてよくできている。
はっきりいってしまうと、有名人に限らず「いいたいことがいえる」場所なんて存在しない。どうしてもいいたければ自分の部屋で独り言でもいうしかない。

太平洋戦争中(内容的に「大東亜戦争」と書いた方がふさわしいが)、隣組というシステムがあった。同名の曲もつくられ、これは替え歌として「ドリフ大爆笑」のテーマソングにもなっていたからご存じの方も多いと思う。
表向きは「隣近所の助け合い、報告を強化しましょう」というものだが、実際は相互監視のためのもので、国が個人の思想を監視するのは無理がある。そこで町単位で相互監視させ、嫌戦思想他諸々を持つ者をつるし上げようというわけだ。
隣組という集団ができれば自然とボス的存在もでてくる。これがまともな人なら問題ないのだが、何しろ時代が時代だ。「正義」という名の下に、かなり理不尽ないじめや村八分もおこなわれていたのが実態らしい。

今のインターネットの世界はまるでこれのサイバー版である。
近所付き合いが希薄になったといわれる現在だが、その分インターネットの世界ではおそろしいほど「隣組」的な思想が濃厚になってしまった。
相互に監視しあい、正義の名の下に、はみ出したものを徹底的につるし上げる。

何だか前々回と内容がかぶってしまったが、このままではインターネットが思想抑制の場になってしまうのではないか。
有名人の「うっかり」程度ならまだいいが、別にうっかりしていたわけではない、まあふつうのことを書いてるだけなのに、サイバー隣組に目をつけられてしまったがために、ブログを閉鎖させられ、社会的な責任まで取らされる。
昔はインターネットは自由な場所だと思われていた。しかしこれからはそうでもなくなるだろう。むしろその正反対になる危険性すらはらんでいるんじゃないかと思うのだ。
以上ですキャップ!

2009・夏の納涼特別編 4



某大手事務所。名前を書けば誰でも知ってるところだ。

音楽に限らず、売れるための要素として、芸能プロダクションが果たす役割は大きい。

もちろん、事務所の規模が大きければ大きいほどいい、とはいわないが、ふつうならステップアップのチャンスととらえていいはずだ。

しかしだ、Y先輩、というか、彼のグループ全員の総意だと思うが、まったくメジャー指向はなく、わかる人がわかればいい、というスタンスで活動していたように思う。

だからなのか、少なくとも喜んでいるようには見えなかった。

彼のグループは特にリーダーという役割は決められてなかったようだが、あきらかにY先輩主導というか、その線で動いていることは明白であった。

きっと自分にこの話を持ち出す前、グループ内で話し合いは行われたはずだが、最終的にY先輩の決断に委ねられたのではないか。

冷静に考えると、そういうことは推測できるのだが、その時はあまりに突然のことで言葉に詰まってしまった。

沈黙の時間はつらい。いつまでも考えてばかりいるわけにもいかない。しかし、自分ごときがこんな重大な話に言葉をつっこんでいいものだろうか。

いろんな顛末があって、だいぶ経ってから自分もレコード会社の人と話す機会を得たり、芸能界の「それとない事情」を知ることもあった。

しかしこの時点では、大学をでて、就職もせず、かといって実現不可能な夢を見るばかりで、そこに向かって何かをやるわけでもない、布をちぎってウエスをつくるだけの男だ。

こんな男がアドバイスめいたことなどできるわけがなく

「でも(その事務所に入ったら)ウエスはつくらなくてよくなりますね」

とつまらない冗談をいうしかなかった。

「○○(有名芸能人の名前)も先輩いうことになるしな」

とY先輩も冗談でかえしてきた。

その芸能事務所に所属するタレントの名前を何人かあげ、もし○○に会ったら何と挨拶するか、どういう敬称で呼べばいいのか、ひとしきり冗談をいいあった。

結局その時は冗談に終始し、具体的な話になる前に別れた。

それにしても・・・Y先輩はこの話をするために、わざわざプールに誘ったのか、それにしても何故市民プールだったのか、疑問が頭を駆けめぐった。

秋になる前だろうか、Y先輩は某大手芸能事務所に所属することが決まった。

自分は喜んでいいのかわからなかった。いったいどういう経緯で決断したのだろう。

しかしどうしても、Y先輩にそのことを聞くことはできなかった。

チャンスがなかったこともある。自分の冗談の通り、Y先輩はバイトにこなくなっていった。たまに電話で話すことはあったが、バイト先でマジメな話ばかりしてた頃とは打って変わって、お互い自虐的な冗談をいうばかりだった。

それから自分にとってのバイト・・・は、ひたすらつまならいものになった。

殿様もいなくなった。Y先輩もいなくなった。

彼らだけではない。ちょうど不況の色が濃くなりはじめた時期だけに、バイトの数も目に見えて減っていた。

そのうち自分もすっかりお呼びがかからなくなり、新しいバイト先を見つけることになる。

が、年があけると、そのバイトも辞めた。

このままじゃいけない、という切迫感が、思い切った行動を加速させた。

自分は関東への引っ越しを決意する。そして実行した。

関東へ行っても具体的に何かあるわけではない。殿様との出会いと別れ、Y先輩の決断が大きく関係していたのかどうかもわからない。しかし何か行動しなくてはならない。そういう思いこみが、他人の目から見たら「なかば無意味な、無茶苦茶な行動」に走らせた。

この引っ越しも、結果的にはさほど意味もないものに終わり、運命に導かれるように再び関西へ帰ることになるのだが、それはまた別の話だ。

------------------------------------------------------------------------------

以上。やたら「月日が流れる」ので、少しわかりづらかったかも知れない。

ちなみに「別の話」を含めて、今後更新する予定はない。また気が向いた時にでも。




2009年8月14日金曜日

2009・夏の納涼特別編 3



春が近づいてきた。

殿様がバイトにこなくなって、また孤独との戦いがはじまっていた。

もうひとりの心の支えであるY先輩が一緒の時は、まだマシなのだが、マシというレベルであり、殿様の時と同じ「会話の弾み具合」は到底望めなかった。

Y先輩は大学の先輩であり、同じサークルの先輩でもあった。

しかし大学在学中はそれほど接点があったわけではない。

そんなに大規模なサークルではなかったので、もちろんそれなりに話す機会はあったのだが、ひとことでいえば、どうも合わない人だった。

遊びにいく時も、他の先輩や同期、後輩とはいろんなところにいったが、Y先輩とはかなり大人数ので遊んだ時に、たまたま一緒になるといった程度だった。

だからバイトで一緒になっても、たいして会話のネタがない。

一緒にいて苦痛というほどではないが、自分は何となくY先輩が怖かった。本当はやさしい人というのはわかっていたのだが、どうしても遠慮がちになり、向こうもそれを感じていたのか、こっちにたいして遠慮がちになっていた。

これでは会話が弾むわけがない。

春がすぎた頃、うららかな日があった。

日差しがやわらかく、ぼーっとしていると睡魔が襲ってきそうなぐらい、気持ちのいい天気だった。

その日は妙に仕事が少なく、昼を過ぎたころ、特別することがなくなった。

「しょうがないな。じゃあウエスでもつくってて」

困り果てた顔で社員のひとりが指示をくれた。

元々あまり仕事がないのはわかっていたのだろう。この日はバイトの人数も少なく、Y先輩と自分だけだった。

ふたりは、いらなくなった布をちぎりはじめた。

説明の必要もないと思うが、ウエスとは雑巾の簡易版、ティッシュペーパーの丈夫版みたいなもんで、汚れがあった場合、ウエスでふき取る。

だから本当に布をちぎったものでしかなく、こんなもんつくるとかいうたぐいのものではない。

それでもふたりは黙々とウエスをつくりはじめた。

ビリッ、ビリッ。ひたすら不要になった布類をちぎっていく。

何をしてるんだ、オレは、という気分にもなってくる。

するとY先輩が声をかけてきた。

「オレらもこんなことしてる場合ちゃうで」

まったくその通りである。ふたりとも20代半ば、こんなとこで布をちぎっている場合ではないのは明白だった。

Y先輩は音楽をやっていた。ちょうどその頃CDがでたばかりだったのだが、バイトにくる、ということは音楽だけでは食えなかったのだろう。

CDといってもインディーズなのだが、大手レコードメーカーのインディーズレーベルなので、自分からすればかなりたいしたものだった。少なくとも人に何も誇れることがない自分とは比べものにならない。だからこそ、Y先輩のつぶやきは印象に残った。

それから少しずつY先輩と話すようになった。

比較的マジメな内容がほとんどで、それこそ殿様との時と違い盛り上がりのようなものはないが、Y先輩としんみりトークも、それはそれで楽しいというか必要な時間となっていた。

Y先輩は気遣いの人だった。外見的には荒っぽい感じなのだが、自分に気を遣ってくれているのは痛いほどわかったし、こちらが聞いたことにはキチンと答えてくれた。

そういえばCDのライナーノーツの最後に、スペシャルサンクスとして自分の名前があった。

「ぼく、何にもしてませんよ」

本当に何もしてなかった。一切CDの制作にはタッチしていない。しかもCDができた時点では特別仲がいいわけでもなく、大学の先輩後輩で一緒のバイトというだけだ。

「まあええやん。記念になるやろ」

いつもは何でもキチンと答えてくれるY先輩も、この件についてはひと言だけだった。それがY先輩流の気遣いだった。

夏になった。

その日はバイトがなく、自分はクーラーのない暑い部屋の中でくたばっていた。

電話がなった。Y先輩からだ。

「プールでもいかへん?」

まったく意外な誘いだった。Y先輩とプールがどうしても結びつかない。

「水着持ってないんですよ」

断る口実ではなく、本当に持ってなかった。

「オレ2つあるから、貸したるから行こうや」

プールといっても市民プールで、何故そんなとこに行ったのか今もってわからない。

しかもY先輩とは「しんみりトーク」をする関係で、プールではしゃぐような関係じゃない。だいた野郎ふたりで市民プールに行くこと自体異常だ。

夏真っ盛りということもあって、市民プールはいっぱいだった。

結構長い滑り台のようなものもあって、さすがにその時はそれなりにはしゃいだが、泳ぐわけでもなく、ナンパするわけでもなく、だいたい市民プールでナンパなんかするやついるわけないけど。

プールから出て、お茶を飲みにいった。

いつものようにしんみりトークをはじめると

「実は某大手事務所からお誘いがあるんやけど、どう思う?」

あまりに突然の相談事に自分はたじろいだ。

続く




2009年8月13日木曜日

2009・夏の納涼特別編 2



真冬の寒空の中、デリヘルのポスティング、そして極貧生活の果て、ある材料だけで目一杯の工夫をし、料理の「のようなもの」をこしらえる。

本質的にはどちらも同じだった。

できるだけ惨めな気分にならないように・・・要はプライドとの戦いなのだ。

新しいバイト先に行くことによって、上記の悩みはとりあえずなくなった。

何せ「全額日払い」なので、初日から貧困からは抜け出せた。

仕事もディスプレイの会社なので・・・説明するまでもないが、ディスプレイとは飾り付けのことである。ショーウインドウの中であったり、でっかいモニュメントであったり、そういうのを制作したり設置したりする。

しかも顧客は大手デパートなので、大掛かりなものが多かったし、何より華やかだ。

プライドもフトコロも満たされ、自分は満足だった。

社員は皆いい人だった。大学の先輩とは意外と接点はなかったが、社員の年齢も若く、雰囲気も明るい。

他のバイト連中は自分とほぼ同じか、やや下。自分はこのころから、世間一般の若者とはやや外れた人間だったので、彼らとは話が合わない。が、この会社に就職した人とは別の、やはり大学の先輩(以下Y先輩)もバイトに来ていたのは心強かった。

そのY先輩の他にもうひとり、年上の人物がいた。

27、28歳というところだが、正確な年齢は今持ってわからない。とにかく妙に浮き世離れした雰囲気で、わりと整えられた口髭を生やしており、何となくタイムスリップした殿様の様にみえた。

殿様はスポーツ好きだった。自分が初出社した時、彼は、自分よりは年下とおぼしい、やはり古株のバイトと思われる男に、きのう見た陸上の試合について、熱く、といった感じでもなく、しかしやけに詳細に語っていた。

年下の古株の男は、それなりに笑顔で応対していたが、ありありと面倒くさいという色が浮かんでいた。

ややこしそうな人だな、というのが殿様への第一印象だった。

相手のことをまるで気にせず、自分がしゃべりたいことをしゃべる。しかも強引とも違う。もっとノンシャランというか、少し後の流行り言葉でいえば「自然体」なのだ。

どっちにしろ積極的に関わりたい人物ではないな、と直感し、殿様とは無意識に距離をとるようになった。

自分は社員から「特攻隊」と呼ばれていた。

何だか妙にカッコいいニックネームだが、理由はかなりなさけない。

例の極貧生活から抜け出したとはいえ、払うものを払ってしまうと残金は微々たるもんだ。しかも基本的に節約家ではないので、ある分だけ使ってしまう。

バイトのある朝に手元にあるのは、バイト先までの電車賃と、500円足らずの昼食代だけ。つまり当日のギャラがでないと家に帰ることもできない。

何ともみっともない特攻隊だが、そんな生活も少し前のプライドがズタズタになった日々を思うと天国に感じる。

Y先輩が一緒に入ってない時は暇というか孤独だった。同年代は話が合わないし、あとひとりは殿様だ。社員の人は愛想はいいが、仕事に忙殺されバイトにかまってる時間はない。

夏前だったから、おそらくバーゲン関係のディスプレイの制作をしていたのだろう。不意に殿様が話しかけてきた。

たしか野球の話だったと思う。あまりに不意に、あまりに自然だったので、つい「ふつう」の受け答えをしてしまった。

自分もスポーツ観戦は好きなので、殿様の話す意味はわかる。わかるどころか「お、いいところに目をつけてるな」といつしか感心してしまうほどだった。

あれだけ何かにつけ避けていた殿様と、気がつくといつも喋るようになっていた。

彼も自分ほどスポーツ観戦が好きなバイトがいなかったこともあって、より一層饒舌になっていた。

自分と殿様はあくまでバイト先で喋るだけの関係であった。

どこかに遊びにいったこともないし、外でお茶を飲んだこともない。

でもそれでいいのだと思っていた。殿様がいることでバイトに行くことが楽しみになっていたのは間違いないのだ。それだけで充分すぎる。

この後に及んでも私生活は一切知らないし、聞くこともない。ただスポーツの話題で盛り上がるだけ。まあでも、知らなくいいという心境だった。あんまり深入りしたいと思える人物でなかったのも事実だし、殿様は正体不明でいた方がいいという気もしていた。

冬になると、またバーゲンの季節である。社員の人は半分泊まり込み状態でやっている。こっちはバイトなのでお気楽なもんだが、残業が増えてきたし、バイトの数もいつの間にか倍ちかくに増えていた。

メインイベントともいえる仕事があった。

デパートの営業終了後、一階の吹き抜けのフロアに、10mはあろうかという馬鹿デカい木のモニュメントを設置するのだ。

とにかく重い。木そのものも重いのに、そこに山ほど飾り付けをしてあるのだから、よけいに重い。

ここまでデカいといくら人手があっても重く感じてしまう。が、さすが殿様は殿様だ。暢気そうに木に手を添えるだけ、どれだけ贔屓目に見ても持ってるとはいえない状態で、となりのバイトに何やらぺちゃくちゃ話しかけている。

怒ってもしかたがない。何しろ相手は殿様なのだ。

その日の帰る道すがら、コートのポケットに手を突っ込んだ自分は、ぼんやり殿様のことを考えていた。

きっとこの人は一生こんな感じなのだろう。彼に関わる大多数の人にとって、彼はよくわからない存在として生き続けるのだろう。

それは卑下とあこがれが奇妙な同居した感情が沸き上がった。

非常に寒い、星の綺麗な夜だった。

年があけたと同時に殿様の姿が見えなくなった。

他のバイトに聞くと「あの人は、そういう人ですよ」という。

そういう人、か。ま、殿様だもんな。

またそのうち姿を表すだろう。だって、殿様だから。

続く




2009年8月12日水曜日

2009・夏の納涼特別編 1



ひさびさにここに書いてみたりしてみる。

題して夏の納涼特別編。別に怪談話をするわけじゃないんだけど。

思えばここには、わりと衝撃的というか、自分の中でインパクトのあったことを書いてきた。

が、今回はあえて何もない、ただ自分の記憶を弄るだけの行為に走ろうと思う。

------------------------------------------------------------------------------

金がなかった。とにかく見事なくらい金がなかった。

2年前に大学を中退し、就職するわけでもなく、かといって死ぬ気でバイトするわけでもなく、そんなんで金がある方がおかしいというものだ。

とはいえずっと遊び呆けていたわけではない。

直前までちょっとヤバ目のバイトをしていた。いわゆるデリヘルの送迎というやつだ。

女の子を客のマンションまで送りとどける。そして彼女たちの「お仕事」が終わるのを待つ。

ただ待ってるわけじゃない。ポスティング、つまりはビラを客のマンション周辺のポストに投函していく。

「お仕事」が終わるころ車に戻ると、女の子が戻ってくる。そしてまた次の現場へと向かう。これを繰り返すわけだ。

時給も悪くない。ま、こういう系のバイトなのだから当然っちゃ当然なのだが、ただ基本、運転しているだけなので肉体的に疲れるようなこともない。

冬だったので、ポスティングは寒くて閉口したが、寒いよりもっとイヤなのが、何かすごく惨めなことをしてる気がした時だった。

何しろ仕事内容が仕事内容なので、あまり人におおっぴらにいえない。大学を出たのに就職しない自分に親は怒っていたが、さすがにこのバイトのことはいえず、体裁を取り繕うのに苦労した。

ふつうこの手の話には艶っぽいことがつきものなのだが、はっきりいって何もなかった。

中には向こうから誘ってくる女の子もいたが、そういうのでさえスルーしていた。

別に彼女たちに偏見があったからではない。何となくそういうことをするとヤバいんじゃないかという空気が事務所に漂っていたからだ。

そこは事務所とは名ばかりのマンションの一室だった。

そこで女の子を拾っていくわけだが、当然事務所には男性もいる。その男性が、もろそっち系の人なのだ。そっち系というのは、つまりはカタギじゃない人という意味だ。

だから、まあ、もし仮に女の子とモメたりすると、どうなるかわからない、そういう恐怖心から自重したわけだ。

この話にはとんでもないオチがつく。

いつものように事務所に行くと、いや、事務所のあるマンションの前は、いつもと違って物々しい雰囲気に包まれていた。

パトカーが、ざっと3台は来ていただろうか。きっとかなりの数の警察関係の方もいたと思う。

推測なのは、結局事務所の中には入れなかったからだ。

そりゃそうだ。家宅捜索中に事務所に入れるわけがない。

いわゆる「手入れ」が入ったのだ。

当然その月のギャランティはもらえなかった。が、まあ巻き添えを食らうよりは全然マシなのだが。

こんなことがあって、ますますバイトをする気分が失せた。

安く見積もって20万円近い金が未払いなのだから金がないのは当然で、しかもやる気まで奪い取られてしまったのだからかなわない。

貧困は限界を極めた。

食料の棚を見ると、小麦粉と乾燥ネギしかなかった。

しょうがない。小麦粉を水で溶き、薄くフライパンで焼いた。その上から乾燥ネギを振りかける。

この奇天烈な食い物にソースを塗り、むさぼるように食べた。自分はそれをネギ焼きと称していた。

自分は神戸出身なので、ホンモノのネギ焼きもイヤというほど食べたことがある。無論こんな奇天烈なものをネギ焼きとはいわない。

それでも、もう、そうでも思わないとやってられないのである。

貧困で困るのは、空腹よりもプライドなのだ。

「自分は今、こんなもんしか食うもんがない」と思うと冗談じゃなく死にたくなってしまう。

だからどんな食い物でも、できる限りのアレンジを加えようとした。

金がないからこんなもんを食ってるんじゃない。オレの趣味は料理なのだ。今ある材料で最高の工夫を施し、そしてオレはそれを楽しんでやっているんだ。

それは自分なりの精一杯の見栄だった。もっとも「冷蔵庫の残り物でおいしいレシピ」というのは聞いたことはあるが、「食器棚にあるものでおいしいレシピ」というのは聞いたことがないが。

そんな時だった。突然バイトの口が舞い込んだ。大学の先輩が就職した会社がバイトを募集しているという。

何がうれしいといっても、全額日払いだという。しかも大学の先輩の就職先となれば、そこまでいい評判は聞いてなかったとはいえ、まさか「手入れが入る」ことはなかろう。

こうして自分は、とあるディスプレイの会社でバイトすることになった。

24歳の春であった。

続く




2009年8月11日火曜日

偽善の定義

日本人というのはつくづく難しい人種だと思うと夜も眠れない。

前回、少しでも非があると思われる人物を徹底的に糾弾して、ああ、いい気持ち、みたいになる人が多い、てなことを書いたが、実は逆もまた然りなのはどういうことだろう。
松本人志は著書の中で「寄付やボランティアをするなら、人知れずやりたい」と書いていたが、これは少しおかしい。
気持ちはわかるのだ。しかし「いいこと」をしても表立ってやりたくない、というのは、やはり少し変だ。
どうも日本人は(もしかしたら日本人だけじゃないかもしれないが)、偽善ということに敏感だ。
多額の寄付をした人、ボランティアに積極的な人をすぐに「人気取り」だの「偽善者ぶりやがって」とことあげにする。
はっきりいって有名人が寄付やボランティアをすることによってメリットはほとんどない。上記のように叩かれるのがオチだ。
だからこそ余計に思うのだ。何のメリットもない中、そういうことをしている人は本当に立派だと思う。

それよりも叩く側の心理だ。
出る杭は打たれるではないが、悪いと思われる人、良いことをしている人、見境なく、とりあえず出る杭は叩いておこうという発想なのだろうか。
実際偽善というものは難しい。
本当に良いことすら偽善といわれる世の中だ。偽善で世間を欺けるとは考えづらい。
もし可能だとすれば、もうこれは何もしないことだ。
何もしない、目立たない人は、もうそれだけで「いい人」と思われる。
とはいえ本当に何もしないわけにはいかないので、陰でこっそりやる。それが良いことであれ、悪いことであれ。
以前日本全体がブラックボックス化しているという話を書いたが、それもこれも目立つことイコール悪、という図式が無意識にあるからではないか。

表立ってる人を叩くのは簡単だ。しかしそれは崩壊の序章のように思える。
寄付やボランティアはますますやりづらくなるし、悪いことも「裏に回す」テクニックが巧妙になるだけだ。
良いことも悪いことも、ブラックボックス化していいことは何もないのだが、それに気づかず「ただ叩く」だけの人が、ひたすらあわれに思ってしまう。

以上ですキャップ!

2009年8月9日日曜日

某P逮捕について思った2、3のこと

久しぶりにリアルタイム更新してみようと思う。ちょっと楽しみで夜も眠れない。まだ昼過ぎだけど。

別に某Pのファンでもなんでもないので、逮捕云々はどうでもいいのだが、つい、という感じで、結構それ関連の報道を見てしまう。
きのう、はじめてニュースキャスターって番組を見た。
たけしが出てるので何となく気になっていたのだが、ここ数年、あまりテレビを見ない生活なので、わざわざチャンネルを合わせることもなかった。
しかし、やっぱりたけしはたけしだと思わされた。
某Pの弟も逮捕されたというニュースを読み上げる際、何度も「たけし容疑者」という言葉がでてきた。
もちろん「たけし容疑者」とは某Pの弟のことなのだが、フレームアウトしているたけしがどんな心境なのか気になってしかたがなかった。
再びたけしがフレームインすると、案の定やってくれた。
やんなっちゃうよなあと嘆いた後、フライデー事件のことを語り出した。
内容はきわめてマジメなものだ。事件の時、どれだけ家族に迷惑をかけたかを語っているのだが、もうそれがおかしくってしかたがなかった。
自分だけではない。他の出演者もみんな笑っていた。
たけしはさほど笑わせようという意志が強かったとは思えない。
しかし、たけしが例の調子でしゃべりだすと、もうそれだけでおかしいのだ。
これはもう、天性のものとしかいいようがない。

ま、誉めてばかりもいられない。たけしのおかげで妙におかしい番組になっていたが、間に挟まった某Pの所属事務所の会見は、いかに芸能レポーターという輩の程度が低いか、まざまざと見せつけてしまった。
芸能レポーター諸氏は社長が出てこないことを怒っているのだが、いったい何に腹をたてているのかさっぱり理解できない。
なんだ、チミたちは、社長が土下座でもすれば満足なのか。それを視聴者は望んでいると思っているのか。
その様子はまるで某巨大掲示板のようだった。
極端にいえば関係者なら誰でもいい。とりあえずとっつかまる奴をとっつかまえて、そいつを徹底的に糾弾する。まるで「これは社会正義なんだ」といわんばかりに。
社長がいい悪いをいってるんじゃない。でもそんなもんんは社会正義でもなんでもない。弱い者いじめであり、自己満足にすぎない。
ま、某巨大掲示板はまだ救いがある。それは匿名だからだ。
匿名だったら何でもいえるのかという問題もあるが、名前も顔も晒してあんなことをいえるのは、もう本気で、たとえテレビ的にはという注釈がつくにせよ、それが「正しいこと」だと信じているからではないか。

もうひとつ。
某Pの旦那、ありゃとんでもないですな。
たぶん社会的倫理の問題でマスメディアは深く追求しないと思うが、あれって嫁を巻き添えにしたってことでしょ、現場で嫁を呼ぶ必要もないのに呼んだってのは。
いわゆる「仲間(この場合嫁だが)を売った」わけだ。
こいつはや○ざですらないな。ただのチンピラだわ。

とまあこんなことを思ったわけっす。以上ですキャップ!(楽なように、ちょっとパターンを変える)

2009年8月3日月曜日

悪気じゃないんだ

悪気がない人を簡単に許していいもんだろうか。と書くと、つまりはそうは思ってないわけで、そんな単純な手に引っかからないよと思われそうで夜も眠れない。

珍しく自分のことを書くが、どうもこの私という人物は「命知らず」と見られているようだ。
ようだ、なんて言い回しなのは、自分では自覚がないからなのだが、少なくとも「怖いもの知らず」ではない。いうちゃなんだが、自分ほど怖がりの人もそういないんじゃないかと思う。
ま、幽霊とかは、何しろ見たことがないので、怖いもクソもないのだが、ヤ○ザとか新興○教とか、社会的制裁なんかはとても怖い。
しかも喧嘩が嫌いときている。暴力をともなう喧嘩など一生御免被りたいと常日頃思っている。
普段は腹に据えかねることがあっても、大抵我慢している。多少悶々とすることはあるが、間違っても当の相手にぶつけるなんてことはしない。
喧嘩が嫌いなのは、要はモメるのがイヤというか面倒なのだ。
だから何も感じないような顔をして、その場をやりすごしてしまう。
だけれども、それでも、限界というものがある。めったにないが、二年に一回、三年に一回くらいのペースでそれはやってくる。
いわゆる「キレる」ってやつですかね。
こうなるともう止められない。相手が誰であろうとカタをつけようとしてしまう。
それがどうも周りからみるに「命知らず」に見えるらしい。

そんな自分だが、そんな状態になっても腰砕けになってしまう事象がある。
いっこは「ほのぼの」だ。
仮に自分が借金の取り立て屋だったとしよう。その先で子供を囲んでなごやかな誕生日パーティーでもされようものなら、「借金はオレが立て替えてやるかな」とか思いかねない。
もういっこは、相手に悪気がない場合である。
悪気がないというのは実にタチが悪い。自覚しているなら、おそらく同じ失敗は繰り返さないだろうが(もちろんそれでも繰り返すのが人間だが)、悪気がない場合、同じことをされる危険が高い。
悪気がない以上、反省などしているわけがなく、こちらの怒りなどまるで理解ができない。
せいぜい「そんなに怒ってるなら謝るよ」くらいが関の山だろう。
ヒドい場合になると、逆ギレされるケースもままある。
悪気がないどころか、よかれと思ってやったのに、何だ!というわけである。
もうこうなると話し合いの余地すらない。

はっきりいってこういう人は先にあげたような方々より対処が難しい。
そういう相手にぶつかった時はどうするか?これはもう、そういう人と関わらないという選択を取らざるを得ないのである。
だからリアルの自分を知ってるみなさん。この私が怒り狂った時は「ほのぼの」を見せつけるか、徹底的に悪気はないことをアピールする、もしくは逆ギレすることをおすすめする。
もっとも後者を選んだ場合、私との関係はなくなるわけだが、それでもいいなら知らない。え、いいって?むしろそれが目的?あ、そう・・・・

2009年7月24日金曜日

ダウンタウンは暴力的?

タイトルと出だしが全然関係ない気がして夜も眠れない。

ここで何度かうつの知り合いがいることを書いたと思う。
うつというのは本当に大変な病気で、よくいわれる「がんばれというな」みたいな単純なもんじゃ到底ない。
よく精神的な病気のようにいわれるが、これは脳の病気なのだ。このことははっきりしている。
はっきりしていないのはその治療法であって、これほど回復までかかる期間がバラバラな病気もそうないのではないだろうか。
もしあなたの身の回りや、もしくはあなた自身にうつの疑いがある時は、すぐさま病院に行くことをおすすめする。
それもうつを専門、専門までいかなくても中心にやっている病院に。そういうところは検索すればでてくる。
はっきりいって民間療法が一番よくない。それっぽい本もいっぱい出ているが、できればそういうのも読まない方がいい。
とにかく頼れるのは担当医とカウンセラーだけ、他のいう人の「こうやったらいいよ」みたいなことは、それがたとえ身内であっても、いっさい聞かない。
そういう状態に持っていくことこそ回復への一番の道な気がする。

だから今から書くことは、あくまで個人的な体験であって、けして一般に当てはまることではないことをお断りしておく。

自分の知り合いのうつの人は、まあ本人がカミングアウトしてないので詳しくは書けないし、何しろ自分もそこまで知識がないので、かなりボカした書き方になってしまうが、本当に大変だったようだ。
その人を見てると、もしかしたら自分は鈍感なだけじゃないかとすら思うことがままあった。
たとえばテレビが見れない。
その人のうつになった直接の原因が暴力なので、少しでも暴力のニオイを感じてしまうと耐えきれなくなるという。
実際に暴力シーンの有無は関係ない。極端な話、大声で怒鳴ってる人がでてきただけでダメなのだ。
「だったらバラエティとか見れないでしょ?」
実際にそのことを聞いたことがある。
やはり、そうだった。バラエティのたぐいはほとんど見れなかったそうだ。
(過去形なのは回復して今は見れるようになった由)
「あ、でも、ダウンタウンの番組だったら大丈夫かな」
驚いた。というか絶句してしまった。
ダウンタウンといえば、今活躍している芸人の中でもひときわ暴力的な印象がある人たちである。
特に浜田のツッコミは、さっきいった「大声で怒鳴る」にモロに該当する。
断っておくが、その人は今まで特別ダウンタウンのファンだったことがない。おもしろいと思ってはいたようだが、積極的に彼らの番組を見ることはなかったという。
毎年年末に「笑ってはいけない」をやってるが、この番組は出演者が笑うたびに彼らがひっぱたかれる。
にもかかわらずそのうつの人が、DVDでそれを見て大笑いしたというのだ。
これはいったいどういうことだろうか。
その人にいわせると、ダウンタウンは痛くない、のだという。
たとえ(もちろんツッコミとして)浜田が松本を叩いたとしても、大声で怒鳴ったとしても、トラウマに触れるような痛みがないらしい。
「この人たちは芸でやってるのがわかる。それに(ツッコミに)愛情を感じる」ともいっていた。

昨今、テレビの規制が過剰になっていき、暴力的なものにたいする規制も末期的になってきた。
そんな時、真っ先にやり玉に挙がるのがダウンタウンである。
が、暴力が直接の原因になってうつになった人が、ダウンタウンは、まあいや暴力的ではないと感じている。
もちろんこの人の意見だけとって「ダウンタウンは暴力的ではない」などというつもりは毛頭ない。
しかしけして軽視できることでもなかろう。
規制も結構だが、とにかくやり方が画一的なのだ。この分じゃ「何ホーン以上の大声でツッコむのは禁止」とか「ツッコミで叩いていいのは肩とか背中だけ。それも一番組につき二回まで」なんて制限ができかねやしない。
一見ソフトなツッコミでも暴力的と感じる芸人はいる。その人も、書きはしないが、何人か名前を挙げていた。
逆にダウンタウンのような、一見過激でも実はそういう人でも不快にならない、きちんとした芸としてやってる人もいる。
こういうことをお役所仕事でやっても、何一つ解決にはならないし、結果的に一部の人を喜ばせるだけになってることに気づかないのだろうか。
もし規制がもっとヒドくなって、それこそそれが影響して今よりずっと景気が悪くなっても自分は知らない。

2009年7月21日火曜日

プロレス

舌の根が乾かぬうちに、という表現があるが、まさに今から書くことはそれなんじゃないかと考えると夜も眠れない。

この間、タイガーマスクについて書いた時、プロレスへの興味のなさを吐露したばかりだ。
いや、興味のなさは今持ってなにも変わっていないのだが、ついそそられるような記事を見つけてしまった。

http://www.cyzo.com/2009/06/post_1712.html
http://www.cyzo.com/2009/06/post_2204.html

読んでもらえればわかるが、これは前田日明が三沢の死について語ったもので、まあ三沢といえばタイガーマスクでもあったわけで、興味のない中ではまだ興味がある方、という微妙さなので、それなりに悲しみというかショックはおぼえた。
が、そんなことは、まあどうでもいい。
さきの記事でフックになったのは、前田日明がプロレスという興業について語っている部分だった。
今までプロレス論などほとんど読んだことがなく、たまに目にしても、妙に思い入れたっぷりで客観的でないものばかりで、プロレスに関心がない人間にはもうひとつ飲み込みづらかった。
しかしこれは単純明快である。
前田日明がプロレス界でどういう立ち位置なのかは何となくわかっているし、猪木の批判まで入っているのは「らしい」と思えるのだが、ここまで明白にプロレスについての説明は初めて目にしたのだから、自分にとっては目から鱗だった。
さきの記事を読む限り、ガチか花相撲かなどどうでもよくなる。いわばこれは肉体を使ったショーであり、誤解を承知でいえば、びっくり人間大集合とかに近い。
もちろんそれだけじゃダメなので、ドラマ性を持ち込む。
つまりはドラマ性のあるサーカスといえばいいのか。
サーカスにガチも花相撲もへったくれもないわけで、基本は肉体ショーであり、そこに個々が考えたストーリーが持ち込まれる。
こうなってくると、なぜプロレスに引き込まれる人が多いのか、そしてなぜ自分には関心がないのか、明確な答えがでてくる。

話は急に変わるが、こないだサーカスのポスターが貼ってあるのを見た。そしてこう思った。
「おそらく自分は、これから死ぬまで、自分の意志でサーカスを見ることはないだろう」と。
子供の頃、小学校の体育館で、さだまさし主演の、サーカスが舞台の映画を観させられたことがあった。
タイトルもおぼえていない。おぼえているのは最後にピエロに扮したさだまさしが、最後に空中ブランコかなんかから落ちて死ぬことだけだ。
この映画を観る前、おそらく幼児に近い頃だったと思うが、一度だけサーカスを観に行ったことがあった。
といってもこれも何もおぼえていない。さだまさしの映画と同じように。
おそらく幼少時から、齢40になった今まで、一度としてサーカスという興業に惹かれたことはない。
理由はわからない。スゴいのはわかるが、どうしても「だから何だ」という気分になってしまう。
エンターテインメントは大好きだ。映画もそうだし、特に笑いに関するものには強く心を動かされる。
たしかにサーカスにもプロレスにも大なり小なり「笑い」の要素はあるだろう。そして両方ともエンターテインメント中のエンターテインメントである。
しかし、何だろう。どうもびっくり人間的要素があると、興味が削がれてしまう。本当に理由はわからない。
チャップリンにしてもバスター・キートンにしても、昔のコメディアンはとにかくパントマイムがスゴい。
が、自分の中でこういった「いかにも芸を見せてますよ」みたいなのは、興味がないのだろう。
スゴさよりも、そっから後に興味があるといえばいいのか。
もちろんサーカスもプロレスも「スゴさ」で終わっているとは思わない。しかしこれはイメージの問題だ。
スゴさがメインできているイメージがある以上、どうしても興味の範疇には入らないのだ。

何だか自分でも思わぬ方向へ話が転がってしまった。
まあいい。とにもかくにもさきの前田日明のインタビューですっきりしたことは事実なのだから。
最初に書きたかったことはね、何だっけ。忘れた。知らんよ、ボカぁ。

2009年7月20日月曜日

夢のない話

こんなタイトルにしてみたわけだが、現実的なことを記していくようなエントリじゃないし、そう思われたら夜も・・・まあ別にいいや。

さいきんCMなんかでちょくちょく濱田マリをみる。いや、ここ数年、出ている頻度はたいして変わらないのかもしれないが、自分のタイミングの問題でやたら目にする機会が多い。
彼女がメジャーデビューしたバンド、モダンチョキチョキーズのヴォーカルをやってた頃から何となく注目していて、これはふた皮くらいめくればいい脇役タイプのタレントになるかもしれないと思っていた。
さあ中途半端な、よくわからない言い回しをしてしまった。しかもふたつも。
まずひとつ目の「ふた皮くらいめくれば」というところだが、初期の彼女は、何というか濃すぎた。しかも悪い意味で。これじゃ一般受けは難しいんじゃないかと感じていた。
ふたつ目の「いい脇役タイプのタレントになるかもしれない」の部分、これが今回の主題である。
もう一度繰り返す。彼女はモダンチョキチョキーズというバンドのヴォーカルとして世に出た。このバンドはある意味いい加減なバンドで、濱田マリ以外のメンバーは実体がよくわからなかった。つまり彼女はバンドの顔であったのである。
が、どうにもそういう役回りに違和感があった。
彼女の内面はどうか知らないが、自分の側から見ると、なんだか全然夢のないタイプに見えたのだ。
たとえばである。実生活で彼女は二回結婚をしているが、結婚にたいして夢を抱えているタイプには見えない。どうも超現実的な結婚観を持っているような気がしてしかたがない。
そういう人は芯には向かないのが普通だ。だから脇役に向いている、と思ったのです。

さてもうひとり、というか、ひと組、似たようなタイプで、ほぼデビュー時期も一緒なのがスチャダラパーである。
ずっと彼らは「ブレイク寸前」みたいにいわれてたし、本人たちもそのことをギャグにしていた。
さすがにもうそんな時期はすぎたが、ブレイクしないのは濱田マリ同様、夢がないからである。
彼らのリリック(詩)は徹底的に現実的であり、夢を売る側ではなく夢を買う側にいる。ブレイク寸前までいってもブレイクまでいかないのはそのためである。
何だか悪口のようだがそうじゃない。おそらく濱田マリもスチャダラも、ある種の確信犯ではないかと思うからだ。
個人的な話だが、モダンチョキチョキーズもスチャダラもなぜか関係者に知人がおり、ごく初期から知っていて、感情移入もしているのだが、彼らはどうも意図的に一般受けを避けているようにも思う。

一般受けを避けるには、夢を売らないのが一番だ。
何故一般の人は高いお金を出してライブに行ったりCDを買ったりするのか、それらにお金を払うのは代償行為であり、実体は夢を買っているのだ。

名前からして一番わかりやすいのは、そう、ドリカムである。
ドリカムの初期、とまではいわないが、「LOVELOVELOVE」の頃までは完全に夢を売るためのバンドであった。
よく「昔のドリカムはよかった」なんていう人がいるが、それは昔は夢を売っていたからであり、途中でなぜかそれをやめてしまったからだ。
自分からすれば、夢を売るのを止めたのにDREAMS COME TRUEって名前もねえだろ、とは思うのだが、まあ完全に止めてしまったわけではないが、それでももう今のドリカムの「夢売り曲」は当時のセルフカバーに近いものばかりで、思惑通りいってるとは言い難い。

少し話はズレるが、自分が電気グルーヴを買っているのは、彼らもまた意図的に夢を売ってないわけだが、夢を売ろうと思えば売れるんだ、できないんじゃなくてやらないだけなんだ、と証明してみせたからである。
そして夢を売るための曲のサビが「夢でキスキス」なんだから、完全に「わざと」だろう。まあ知らんというか想像だけど。

2009年7月16日木曜日

日曜日よりの使者と1/6の夢旅人2002

まさかここで「愛」を語ることになろうとは、こっぱずかしくて夜も眠れない。

以前「昭和という時代で、たった一曲あげるなら「若いって素晴らしい」のような気がする」というようなことを書いた。
では平成で、もちろんまだ終わったわけではないが現時点で、たった一曲をあげるなら「日曜日よりの使者」じゃないかと考える。
有名な話だが、この曲は甲本ヒロトが仲がよかった松本人志をイメージして書いたといわれるが、軽く調べてみたところ、どうも両者とも言及してはいないようで、憶測の域をでていない。
日曜日、といえば当時松本は「ごっつええ感じ」と、今も続く「ガキの使い」をやってたわけで、歌詞を読んでも容易に想像できるフレーズが並んでいる。
もちろん松本の名前も「ガキ」も「ごっつ」も名前こそでてこないが、山本正之を崇拝する甲本ヒロトらしくストレートだ。
自分は全然記憶にないのだが、一時期「ごっつ」のエンディングテーマになってたようで、しかし、どちらかといえば「ガキ」を連想してしまう曲だ。
自分が初めてこの曲を聴いたのは、ホンダにCMだったと思うが、スキャット部分のみの使用だったにもかかわらず強いインパクトを持った。まさか松本をイメージした(と思われる)曲だとは思わない。
全体を聴いてみてあらためて思ったのは、とにかく咀嚼がすごいということだ。
番組のイメージ、そして松本の素性がわかってないと絶対に書けない歌詞だと思うし、イメージソングでも何でもないのに、これだけ番組をイメージさせてくれる曲を他に知らない。

いや他に一曲だけ知っている。
ここで何度も名前がでてきている「水曜どうでしょう」のエンディングテーマ(正確にはクラシックと2003年以降の新作のみだが)である「1/6の夢旅人2002」だ。
「どうでしょう」はリターンズよりクラシックで見る方が絶対いい。画質がいいとかもあるけど、エンディングテーマがこの曲だからで、そもそもこの番組は感動という要素は一切排除したつくりになっているのに、「1/6の夢旅人2002」がかかるエンディングがつくだけで、何か感動してしまう。
ちょっと問題があった、でも歌詞はほとんど同じの「1/6の夢旅人」よりもずっとよく、「日曜日よりの使者」のような平成でただ一曲、というほどの大傑作ではないが(アレンジはいわゆるメジャーなポップスだし)、それでもメロディの出来が素晴らしく、「どうでしょう」を一段高いところに持ち上げてくれた気がする。
もちろん歌詞もいいのだが、この曲も番組を実にうまく咀嚼しており、サイコロの旅がメイン企画だった頃の番組内容を普遍的な生き方論に見事に置き換えている。
何度もいうが「日曜日よりの使者」ほどの出来ではないのだが、番組を知ってる者からすれば同等の価値が持てる、これこそ真のエンディングテーマではないか。

どっちにもいえることだが、とにかく「愛」を感じる。
そうなのだ。バラエティーといえど、いや、バラエティーだからこそ、愛がなければ本当にいい曲は生まれないのだ。
こういうスタンスで他のミュージシャンにもエンディングテーマをつくってほしいが、他にいるんかねえ。知らんもんなあ。

2009年7月5日日曜日

デジタルフォトフレーム

なんてもんがずいぶん売れているようだが、どんな人が買ってるのかと考えると夜も眠れない。

ひとくちにデジタルフォトフレームなんていっても、昨今のやつはスライドショーはもちろん、音楽や動画の再生ができて当たり前の感すらある。こうなってくるとどこが「フォトフレーム」なんだと思ってしまう。
個人的にはこのデジタルフォトフレームというやつには否定的である。これってデジタルな写真立てなわけでしょ。
そんなもんにしょっちゅう電池を代えたり、コンセントに差しっぱなしにしなきゃならないなんて信じられない。
しかし、だ。デジタルフォトフレームという名前にこだわらなければ、十分許容できるものであり、それどころか、これは自分が数年前から夢想していた「ベッドサイドガジェット」というたぐいのものではないか。
もう今はどこでもネットをしたり動画を見たりする時代である。「どこでも」となるとさすがにデスクトップ機では大仰すぎるのでノートPCが活躍する場面も多い。さらにノートPCですら大仰な時は、スマートフォン、さらにこじんまりさせて携帯電話という手もある。
しかしこれが寝る前となると、大抵携帯電話は翌日に備えて充電器の上でお休み中だし、そもそも画面が小さくて見づらい。
こういう時用の、普段は何気にベッドサイドに置いてあって、時計の役割なんかをしているが、いざとなったら軽くネットが見れたり、LANで共有してあるHDDの動画や音楽が楽しめる。
しかしだ、自分が妄想するベッドサイドガジェットには、今あるデジタルフォトフレームでは少し機能が足りない。
まず目覚まし時計になってくれそうなものがない。そして目覚まし時計としても音楽や動画を楽しむにしても決定的に音量が足りない。

個人的にはこのカテゴリの商品は二分化されるんじゃないかと思っている。
ひとつが今いったような、ベッドサイドガジェット的進化。
もうひとつは文字通り、デジタル写真立てとしての進化だ。
高機能な前者はわりと簡単に実現できる。しかし後者はまだブレイクスルーが必要だ。
たとえばデジタルな写真立てなんだから、画像の向きによってディスプレイ部分が自動で90度、物理的に回転してくれる機能があってもいい。ま、これはわりとすぐできるというか、もしかしたらそういう製品がすでにあるのかもしれない。
が、もうひとつの、最初の方に書いたような、コンセントにつなぐ必要がない端末、電池を一本入れておけば半年くらいは持ってくれるような端末となると、どうしてもカラー電子ペーパーの技術が必要になる。
電子ペーパーはデジタルブックのジャンルで期待されているが、実はこっちの方がなじみやすいと思う。
表示スピードも、スライドショーなんてなくせばこっちの方が圧倒的に画面の描き換えが少ないのだし、少々遅くてもぜんぜん平気だ。
だいいち小型ガジェットで本を読む、というスタイルが本当に浸透するかどうかもわからない。
その点デジタル写真立ては一定の需要があることが証明されているし、メーカーも本腰が入れやすいだろう。
まあメーカー側もそういうことを見越して、今必死でデジタルフォトフレームを売ってるのかもしれない。知らんというか推測だけど。

2009年7月2日木曜日

世界のイチロー

といっても、毎日同じカレーを食ってる、あのイチロー・スズキの話ではないのだが、勘違いされたらどうしようと思うと夜も眠れない。

こないだ友人と「小倉一郎も、世界の(小倉)イチローというとイメージが変わる」という話で大いに笑った。
小倉一郎のことはこのブログでも何度か名前がでている。
細身を超えたカボソい体型で、役者としては達者なのだが、主役を張れないタイプで、だけれども独特の存在感がある、希有な存在である。
話を進めるうちに何となく「小倉一郎はひとつの目標じゃないか」という話題になった。もちろん始めは冗談だったが、話せば話すほど、冗談ではなくなっていった。
急に話は変わるが、ま、大抵の人間は、死ぬまではオーバーにしても、相当長い期間働かないと生きていけないわけだ。
たとえば芸能界に属していた場合などは、目標を立てやすい。「主演映画を撮るぞ」とか。しかしもっと地味な仕事の場合、なかなか具体的な目標を立てづらいものだ。
しかしだ、どんな業界であろうと職種であろうと、ひとつだけ「こうなればこの仕事をやってきてよかった」と思えるものがあると思う。
それは「これはキミ以外誰もできないことだ」といわれることである。
料理人ならその人しか出せない味を作り出す。サラリーマンならその人しかこなせない案件の処理ができる、などなど。
そう考えると、小倉一郎はまさにそういう存在だ。

今もってなお、これは小倉一郎しかできない役、というのがある、というのはすごいことではないか。
たしかに地味だ。が、小倉一郎しかできない役がある限り仕事がなくなることはなく、頼りにもされる。
これこそ仕事をするものにとっては究極の目標のはずだ。
もしかしたら、気づかなかっただけで、小倉一郎という人は飛び抜けた存在なのかもしれない。それを数十年に渡って維持している人なんて、少なくとも役者でそういう人を他に知らない。

2009年6月20日土曜日

著作権

だいぶ前に「パクリ」に関して書いたが、それとは関係ありそうで、ない。が、結びつけられたらと思うと夜も眠れない。

今は小康状態っぽいが、さいきん「DRM」だの「メディアに著作権料上乗せ」だのの議論が活発だ。
そうやって違う立場の人間が議論を戦わせることは大いに結構なことだが、どうにも違和感が強い。
どっちにしろ今後、映像を自由にダビングができるようになるとは考えづらく、アナログ時代より不便になることが確定的だからだ。
おそらく権利者側は、ダビングされた映像ソースを勝手にDVDなりブルーレイなりを販売されたり、ネット上に流されることをおそれているのだろうが、どんなに強固なものでも結局プロテクトは破られるし、いたちごっこが続くだけの気がする。
それにダビング10も、オリジナルと同じ画質のものが10個できるだけで、名場面集のような編集も難しいし、それこそ携帯型メディアプレーヤーで持ち運ぶとなると、やっぱりプロテクトを破らなくてはならなくなる。
自分で買ったメディアを自分が使うためにプロテクトを破る。馬鹿らしいにもほどがある。
だったらもっと簡単に映像を利用できるようにすればいいのだが、ひとつだけ思い浮かぶ案がある。
DRMなんてややこしいことぜずに、映像ソースに利用者情報を付加する仕組みを入れればいいのだ。
ダビングはいくらでもできる。但し累積された利用者情報は永遠に残る。もちろん虚偽の利用者情報の付加は一切できないようにして。
(もしTSUTAYAなんかでレンタルしたものの場合、TSUTAYAとの連名になり、レンタルがソースであることもわかるようにする)
これなら個人で楽しむ分はもちろん、それこそ友人に見せる程度ならいくら利用者情報があっても問題にはならない。
が、それをネットに流したり、違法販売したら、あっという間に個人情報が出回ってしまう。そんなリスクを犯してまでやる馬鹿がいるだろうか?
それに「簡単にいくらでも編集なりダビングができる」となれば、わざわざプロテクトを破ろうとする人も大幅に減るはずだ。
ま、問題がないわけではない。たとえば友人が勝手にネットに流したりした場合巻き添えを食う可能性があるからだ。だがそれも最終利用者情報しか記録されないという仕組みにすれば、どうにでもなりそうな気がする。

結局アップルのiTunesストアが成功したのは、規制が緩いからだ。ソニーが失敗したように、ガチガチに縛れば、プロテクトは破らざるをえないし、誰も利用しようとしない。
さきの議論を戦わせる場でも誰か今書いたようなことを提案してくれればいいのだが。ま、そういうことをいってくれそうな人を知らないし。

2009年6月16日火曜日

イッセー

たまに「舞台にしか向いてない役者」というのがいるが、本当にそうなのだろうか。単に使い方が悪いだけじゃねーの、とか考えると夜も眠れない。

イッセー尾形のことを書こうと思うが、いや、何で書こうと思ったかといえば、ドラマにでてくるイッセー尾形があまりにもつまらないからである。
自分は特別なファンではないので、映画もドラマも片っ端からチェックしている、ということはない。甚だ心持たないが、それでもまだ映画の方がマシな気がする。
舞台でのイッセー尾形のおかしさは(これとて実際に観に行ったわけではなく、DVDでとかなのだが)、すべてが「イッセー尾形の手のひら感」で包まれているということにあると思う。お釈迦様のなんとやらというやつだ。
しかしそういう「手のひら感」がドラマでの彼からは感じられず、何だかどれもこれも居心地が悪そうというか、どうにも座り心地が悪い。
今やってる「つばさ」もそうで、悪い意味で浮いている。芸達者な部分がアダになってるんじゃないかとすら思う。
そうこう考えると、ドラマの中で一番イッセー尾形ぽかったのは、大昔の「意地悪ばあさん」じゃなかったかと考え出した。
「意地悪ばあさん」の、あの警官役。青島幸男扮するばあさんとの絡みは、あのひとり芝居に感覚的に一番近い気がする。
考えてみれば、あの役はどうでもいい役なのだ。別にイッセー尾形がやる必要はまったくないような役であり、だからこそ良さがでたんじゃないか。
おそらく使う側の人は、彼の舞台の魅力を知っている人がほとんどだろう。だから「自由にやってくれ」とかいってるに違いないが、やはりイッセー尾形の格を考えたら、起用も重要な役がほとんどだ。しかしこれがよくない。
「重要な役(しかも大抵主役でなく受け役)」を「自由にやる」なんて不可能に近い。
そこへいくと「意地悪ばあさん」の警官役は、まったくどうでもいい役である。おそらく「方言をしゃべり、ばあさんの被害にあう」ぐらいの設定しかなかったのだろう。(もしかしたら方言の設定すらなかったのかもしれない)
それを、これも推測の域にすぎないが(どうも推測が多くて申し訳ない)イッセー尾形は、キャラクターのバックボーンを膨らまして、ああいう警官像を作り上げてしまった。

だからあれだ。ドラマでイッセー尾形をうまく使おうと思ったら「何となくでてくる端役」に限る。キャラクター設定なんかまるで無し。本筋にはほとんど絡まない。だったらきっと最高の味を出してくれるはずだ。
だがねえ、今更イッセー尾形を端役で使おうと思う人がいるのだろうか。知らんねえ。

2009年6月12日金曜日

予告編

一度ブログの予告編なんてのをやってみたいが、そんなものが次への「引き」になるわけないよな、とか思うと夜も眠れない。

テレビのスポットCMなんかで映画の予告編を見ることが多い。
さすがに「おすぎです!」は消滅したものの、試写会かなんかから出てきた人をとっつかまえて「泣けました」「すっごい迫力で興奮しました」なんてのはいまだにやってる。(たぶんガチじゃないんだろうけど)
元々観たかった映画ならともかく、こんなCMで興味のなかった映画に興味を持つことなんてあるのだろうか。
これは酷すぎる例としても、ま、まともといっていいんですか、一応映画の内容に則したCMもやってるし、さすがに映画館に行って上映前にかかるやつはもう少しちゃんと「予告編」してるのだが、どれもこれも観たいと思えるようなものがないのは困ったものだ。

自分は外国映画の事情に疎いので邦画に限って書く。
日本映画の黄金時代、黄金時代じゃなくていいのだが、よほどの大作以外2本立て上映が当たり前だった量産体制時代、予告編の制作は助監督の仕事だった。
助監督から監督への昇格は並大抵のことではなかったらしく、会社から企画モノを押しつけられるだけの監督にすらなかなかなれなかった。
ここを乗り切るためにはアピールが必要だった。
その昔、まだデビュー前の脚本家の習作の場として同人誌がつくられていた。そこに助監督連も参加していたのは「脚本も書けることをアピールする」ためだからだ。
助監督から監督へあがるためには脚本が書けることは重要視されていたようで、もうひとつのアピールが予告編であった。
たいてい予告編は助監督の仕事で、面白い予告編をこしらえることができれば監督への道が開ける。
だからもう、ヒットさせたいとかそんなんじゃなく、何とか監督になりたい、そんな執念がつまったような予告編がいくつも生まれた。
どうやったら面白い予告編をつくれるか。もちろんオチを明かすわけにはいかないので、使える映像は限られている。
しかし本編で没になった映像を使ったり、予告編のためだけに新規撮影までする助監督もいたほどだ。
もちろん当時の、すべての予告編が面白いとはいえない。しかしここまで読んでもらえれば、今よりずっと面白い予告編がつくられる土壌があったことはおわかりいただけるだろう。

そもそも予告編は、下手したら本編よりも面白いくらいでないといけないのだ。本編を観にくる人ははじめから「それ」目的できてるが、予告編は全然興味がない人に足を運ばさなければならない。
ところが昨今の予告編はどうだ。映画の宣伝になってるかどうかはさておき、とりあえず「面白い予告編」をつくろうという気すらないのではないか。
それを考えると、さいきんちょくちょく名前がでてくる「水曜どうでしょう」の予告編などは実によくできている。
本編未使用の映像を使ったり、ミスリードを誘うこともしばしばある。というかある程度のミスリードを盛り込むのは、これは予告編の基本だったりするのだ。
自分は「ポニョ」は観てないが、あれなんかも予告編がうまくいった方だ。予告編だけでは内容はおろか雰囲気すら全然わからないのだが、あの歌だけを猛烈にプッシュすることによって観に行きたいという気にさせる。(自分はならなかったけどね)

いわゆるフックなんですな、予告編というものは。心にひっかかる部分がないとダメなのだ。でもそれが「泣けました」なんていうわけわからん感想聞かされても、いや最初はそれなりに効果があったのだろうが、パターン化された今ではまったく心にひっかからないし、効果も皆無ではないか。

ちゃんと観ると今の邦画にも面白いものはある。しかし予告編だけは壊滅的だ。そこだけはちっとも進化してないどころかむしろ退化している。
「映画をヒットさせたい?じゃ内容も大事だけどまずは予告編だ!」なんてプロデューサーが出てこないものか。そんな人材がいるのか知らんけどね。

2009年6月6日土曜日

相撲取りの歌

このブログはまさに「そんな男のひとり言」だが、どういう意図でこんなことを書いてるか理解されないだろうと思うと夜も眠れない。

ジェネレーションギャップを感じる、なんていうと自分もずいぶん年を取ったなと思うわけだが、その大半はテレビに関係していることなんじゃないだろうか。
たとえばである。今の若い人に「相撲取りって歌がうまいと思う?」と問えば、こういう答えが返ってくるに違いない。
「さあ、どうなんだろ」
「人によるんじゃない?」
無論これらの答えが間違っているといいたいのではない。ただ齢40の自分より上の世代の人には、相撲取り=歌が巧い、という公式ができあがっている。
いつごろまでだろうか。大晦日の夕方には決まって「プロ野球VS大相撲歌合戦」という番組をやっていた。タイトルは間違っているかもしれないが、プロ野球選手と相撲取りが交互に歌い自慢のノドを競い合う、おおむねそんな内容だった。
もちろんプロ野球選手にも巧い人はいた。江本孟紀や小林繁など数枚のレコードをリリースしているし、「巨人→阪急→ロッテ→敏いとうとハッピー&ブルー」という、とんでもない経歴を持つ藤城和明なんて人もいる。
が、全体的にレベルが高かったのは相撲取りの方である。プロ野球選手がまさに「人による」といったばらつきがあったのにたいし、相撲取りは軒並みみな巧い。
たぶん科学的な根拠は何もないだろうと思う。どんな体型であろうが、リズム感や音感に大きな影響を及ぼすとは思えない。
だから「相撲取りは全員歌が巧い」といい切る自信がない。先の番組に出ていた人たちだって、やはりそれなりに選抜されているだろうし、中には酷い歌唱力の人だっていたはずだ。

が、そんなことは関係ないのである。誰がなんといおうと相撲取りは歌が巧い。これは脳裏に刻みつけられていることなので変えようがないわけなのである。
ここにジェネレーションギャップが生まれる。だってそうでしょ。こっちは根拠が薄いことをまったく疑ってないわけなんだから。そりゃギャップも生まれるってものだ。

たしかに頑ななまでに自分より上の世代は相撲取りは歌が巧いと信じ切っている。(そう言い切ってしまおう、あえて)
しかしそれは先の番組をやってた頃までの相撲取りなわけで・・・今の朝青龍や白鵬が歌が巧いと思うか、と聞かれれば・・・もう、こう答えるしかない。

そんなん知らんわからん

2009年5月30日土曜日

ツレうつ

ほぼリアルタイムでの更新はいつ以来だろうと考えると夜も眠れない。

いや本当は考えるまでもなかった。前回リアルタイムネタで更新した時も「ツレうつ」ネタだったからよくおぼえている。(ほとんど藤原紀香の話だったけど)
さてドラマのことだが、わりとどうでもよかったりする。いや、面白いとかがどうでもいいのであって、病気がああいうものだけに誤解をうむような内容だとちょっと困るな、と思っていたのだが、その点は問題なかった。
普通のドラマとして見た場合(まだ一回目だけだけど)、原田泰造が抜群によかった。彼の演技がすべてを支えているといっても過言ではない。

実はドラマ自体に語れることはこの程度なのだが、どうしても書きたいことがあった。
自分の知人で実際にうつを患った人がいる。しかも正確にはふたりいる。
そのうちのひとりはこのドラマを見ていたかは定かではない。が、もうひとりからは番組終了後連絡があった。
本人は自分がうつを患っていたことはオープンにはしていない。だから自分の日記にはこのドラマの感想は書かないだろうから代わりに自分が書いてみることにした。

知人はドラマを見て泣いたという。しかしちょっと方向性が変だ、うつになったことがない自分からすれば。
もちろんのことだが、ドラマの不出来が悲しくて泣いたのではない。感動して泣いたのだ。が、内容うんぬんではなく、当時を思い出して泣いたのである。
当時とは知人の病気が酷かった時期という意味だが、若干説明が必要になる。
知人は一番症状が酷かった時、ドラマの原作となった漫画「ツレがうつになりまして。」と出会った。この頃、うつ関連の書物を手当たり次第に購入していたというから、まあ必然の出会いといっていいだろう。
うつ関連の書物は意外とトンチンカンな内容のものが多いようで、本当に本物の精神科医が書いてるの?と首をかしげたくなるものも多いそうだが、「ツレうつ」は非常に軽いタッチで描いてあるにも関わらず勘所は押さえており、実際に自分も薦められるがままに読んだのだが、これは名著といっていいと思う。(特に続編である「その後のツレが・・・」がいい)
長々と書いたが、つまりはこういうことだ。
知人がこの本と出会ったのは一番症状の重い時のこと。そして放送されたドラマを見た。すると原作を初めて読んだ頃、そう、あの時の辛さを思い出して泣いたらしい。

そしてもうひとつ泣いた理由がある。
「ツレうつ」はいわゆるコミックエッセイと呼ばれるものだ。
このジャンルは西原理恵子の独壇場なのだが「ツレうつ」はあくまでコミックエッセイの軽さを維持しながら、バックボーンにものすごい重いものを持っていた。そして意外と調和している。
コミックエッセイの主人公はほぼ作者自身であり、わき役はカリカチュアした身近な人である。
「ツレうつ」もそうで、登場人物もドラマではいっぱいでてくるが原作ではほぼふたり。主人公の漫画家とその旦那、うつ病を発症するツレさんだけ。
ほとんどふたりしかでてこない。が、ふたりだけなのに内容がよくできていて、話のリードがうまい。
ただでさえ感情移入しやすい話なのだが、そこへ持ってきてこれだとする、こうなってくると読み手は自然と作者への感情移入が深くなる。
知人のもうひとつの感動の理由がわかってもらえただろうか。ドラマ自体よりも「ツレうつがドラマになった!」ことに感動しているのだ。
たとえるなら路上ライブやってた連中が、そしてその頃から応援していたファンが、というべきか。
そしてついに武道館でライブをやることになった。
「ああ、とうとうここまできたか・・・」と感涙にむせぶのと基本一緒だ。

これはちょっとやそっとでは真似できない。うつという重いテーマを真面目に、だけど軽身をもった作品に仕立るのは並大抵ではない。二番煎じがこれほど難しい作品も珍しいんじゃないだろうか。少なくとも自分は知らない。

2009年5月25日月曜日

タイガーマスク

子供のおもしろがることはよくわからないが、自分が子供の頃におもしろがってたものですらよくわかっていないじゃないか、とか考え始めると夜も眠れない。

生まれてから一番最初にハマったフィクション、自分の場合は「タイガーマスク」だったのだが、今考えるとどうもフシギな感じがする。
冷静に、今の目で見ると、タイガーマスクって物語は、1960年代後半独特の暗いもので、そもそも「みなしご」がテーマになっている時点で明るいはずがない。
徹底的に暗いドラマとコートームケーでダイナミックなアクション、この両極をひとつのパッケージに収めてあるのがタイガーマスクの「売り」であり、そのことはオープニングとエンディングを見るだけでわかる。
オープニングの、まさしく血湧き肉踊るテーマソング。一対であるといわんばかりの「圭子の夢は夜ひらく」をも超越する、暗すぎるエンディングテーマ。
それはそれで全然いいのだが、どうにも自分の今現在の好みとは反している。
そういう振り幅の大きい物語はどうにも苦手なのですな、今の自分は。
ついでにいえば「主人公が大仰な悲壮感を持って戦う」ってのもあんまり好きじゃない。バックボーンとしてあるのはいいが、ちびっこハウスの子供たちの前じゃ気のいい、というか軽薄極まる青年を演じ、裏ではあまりにも重い十字架を背負って戦う伊達直人。
重い。重すぎる。
何度もいうけど別にいいんだよ、これで。物語としては何の問題もないんだけど、ただ今の、自分の好みからは離れすぎているわけで。

もうひとつ、わからないことがある。
いうまでもなくタイガーマスクはプロレスの世界を舞台にしている。が、その後、自分はただの一度としてプロレスに興味を持ったことがないのである。
正直プロレスがガチだか花相撲だかはどうでもいいわけで、プロレスという興業自体にハナから興味がわかないのだ。
格闘技に興味がないというわけでもなく、相撲は以前書いたように昔はしっかり見てたし、子供の頃は剣道を習ってた。ボクシングも世界戦くらいは見る。K-1も一時は会場まで足を運んだこともある。
でもプロレスには興味がない。「なぜ興味がないんだろう」とすら考えたことがない。

よく「子供の頃にハマったものに大人になってから重要な影響をもたらす」なんていうが、少なくとも自分にとってタイガーマスクは人生に何の影響もあたえていないのではないか。
そりゃ自分だって子供の頃にハマったものに影響されて生きているな、と思う瞬間はありますよ。でもそれはすべて小学校高学年以降にハマったものに限られるわけで。
つまりは小学校低学年までの自分は今の人生とはほとんど関係ない気もする。
いったい何を考えて生きていたんだろう。だいたい幼少時の記憶がほとんどないってのもちょっと珍しいんじゃないか。タイガーマスクにハマったのはおぼえているが、どこがおもしろかったのかとか全然覚えてないし。
ここまで無駄な子供時代がある人を他には知らない。

2009年5月21日木曜日

ほりえもんと横山やすし

こんな一見何の関係もなさそうなふたりをタイトルに並べて大丈夫なのか、と思われそうで夜も眠れない。

今更ながら、というか今だからこそほりえもんの話である。
ライブドアの社長やってる頃からこの人のいうことには納得できなくて、納得できないというか、結局何を喋っても胡散臭いので真面目に聞く気にはならなかった。
ここ最近になって、半分ネット上限定ながらまたぽつぽつ表舞台に出始めていて、長いインタビューなんかもされている。
それを読んだ感想は、やっぱり社長時代と一緒で「何いってんだ」といか思えないのだ、自分にとってはね。
が、もうひとつのことに気づいた。
このほりえもんという人、どうも天性の「愛され属性」を持ってるんじゃないかと思えてきたのだ。
では田代まさしと一緒か、といわれればまたちょっと違う。田代まさしの場合、何というか、弄ばれている感じなのだが、ほりえもんはそういう「弄ばれている」感じはしない。発信はあくまでほりえもんの側からされているからだ。
ではほりえもんに一番近い存在は誰かといえば、往年の横山やすしじゃないかという気がする。

横山やすしほど「愛され属性」を持った人はいなかったと思う。何をやっても許される、というより、何をやっても周りに「やっさんだから」とあきらめてもらえる。
晩年は不幸の連続だった。もちろんそれは己の責任で「報い」というひと言で片づけられるのだが、それもこれもすべて死で浄化されてしまう。
最終的には「どうしようもねえけど、懐かしい奴だったな」と思ってもらえる。ほとんど山田洋次の世界じゃねーか。

横山やすしは他人への甘え方、自分をかわいく見せる方法に長けていたといわれている。しかしそれは、ほぼ生まれもって身についていたもので、努力で手に入れたものではないだろう。
ほりえもんにも同じニオイを感じるのである。逮捕がはたして正当なものだったかはともかく、宇宙だの球団持つだの、逮捕前の彼の言動はまるで子供の戯言のようだったし、今だって話のスケールが若干小さくなっただけで、戯言にしか聞こえない。
戯言なんだから真面目に受け取れば胡散臭く聞こえるのは当然で、でも逆にとれば胡散臭いのではなく、理屈をこねくりまわすのも純粋な夢を語るためのデコレーションにしかなっていないんじゃないか。
だから愛される。「しょーがねえな、またわけわからんことに理屈つけて語ってるよ」とは思っても、何だか、どうにも憎めない。それは相手が「大きな子供」だからだ。
子供に呆れることはあっても、本気で嫌うことに意味を持たない。だって子供なんだからしょーがないでしょ。

何だかものすごくほりえもんを馬鹿にしてるみたいだが、そうじゃない。ほりえもんにしろ横山やすしにしろ「愛され属性」は才能なのだ。
子供っぽく振る舞えば誰でも愛され属性を得られるかというと無理なのだ。あざとさなどあってはならない。本当に心底子供でなければならない。
でも実際どうですか、子供の心を持ち続ける、なんていうけど「ある部分だけ」ならともかく「全部」を持ち続けるなんて絶対に不可能だ。

ん、まあ、自分にはどうにも「愛され属性」を持ってないので、正直にいえばうらまやしいのですね、こういう人たちを。自分のような愛され属性ゼロで、しかもこんな理屈ばっかりの人間が世間でいうところの「ややこしい奴」ってことになるのだろう。
と思われたところでどうしようもないし、どうかする方法も知らん。

2009年5月19日火曜日

ドラえもん

でどれだけ笑ったか数えると夜も眠れない。←実は不眠症だった(わかりづらいボケ)

とうとう、ついに「藤子・F・不二雄大全集」が発売されることになった。しかも「(Aとの)合作を含む」のである。これを奇跡といわずして何といおう。
そこで関連したことでも書こうと思ったが、あれこれ悩んだ末、ド直球に「ドラえもん」でいくことにした。

よくいわれることだが、似非評論家はドラえもんのどこを読んで「教育的で健全な漫画」といってるのだろう。
たしかに教育的と思われないでもない話はあるが、健全な漫画では絶対にない。
ジャイアンの理不尽な暴力、しずちゃんのヌード(しかも微妙に胸のふくらんだ、やけにリアルな体型)、のび太の道具を使った黒いたくらみ。藤子・F・不二雄のトキワ荘時代の仲間で、純粋なまでに健康的漫画に殉じた寺田ヒロオならやるはずがないことのオンパレードである。
そもそも子供は「お行儀のいい漫画だから」なんて理由で漫画なんか読まない。ただ面白いから読むのだ。
ではドラえもんのどこが面白いのか、未来の道具を使ったSFマインドあふれるセンス・オブ・ワンダーな部分ももちろんある。
しかしもう単純に、ドラえもんはギャグが面白いのだ。丹念に読めば「ドラえもんはギャグ漫画である」ということを再認識させられることになる。
藤子Fの笑いの発想は落語から着想されていることが多いが、ともかく「笑わせるために」というか「まずは笑ってもらわなければ話にならない」という作者の考えは十分伝わってくる。
しかも対象は子供である。子供を笑わせるために多少の下品さもいとわない。
のび太恒例の鼻水垂れに始まり、鼻くそでボールをつくる、そして極めつけは「メロディーガス」の、おならでメロディーを奏でるという話だ。
「♪プップップ〜ハトプップ〜イモガホシイカソラヤルゾ〜ミンナデナカヨクカギニコイ〜」
これをおならで奏でるのである。
たしかに下品だ。しかしお行儀のよさも何もない、ひたすら笑わせることだけを追求する姿がそこにある。

とはいえ下品だけにこだわっているわけではない。
ビジュアルのおかしさを全面に出したギャグもあれば、風刺的なもの、考えオチ、メタフィクションなど、種類を問わず無数のギャグが詰め込まれている。
藤子Fの絵は端正で、そこが一見お行儀のいい漫画と勘違いされるところでもあるのだが、しかし「見るからにギャグ漫画風のタッチ」であったり「キャラクターが際限なしにふざけまく」ったりする、よくあるギャグ漫画よりよほど「笑わせること」にこだわっている。その結果どの漫画よりもギャグを大切にしていると感じるし、あれほどの名作となりえたんじゃないかとも思うのだ。

人はよく藤子Fを天才という。それにたいして何の否定もしないが、つまらない作家性を全面に出すのではなく、当たり前のこと、ギャグ漫画なんだからまずは笑ってもらって当然で、あとのこと(SFマインドやほのかな主張)はそれをクリアしておかないと感じ取ってもらえない、そういうことをきっちりやろうとしたこだわりがあったからこその天才だというのを忘れてはならない。
突飛な発想をすることばかりじゃない、実は当たり前のこと、絶対に必要なものは何かに気づける人、そういう人を天才というんじゃないだろうか。
少なくとも児童漫画の世界において「それ」を気づけた人は藤子Fだけだろう。自分は他には知らない。

2009年5月18日月曜日

ブログ

何だか最終回っぽいタイトルだが最終回でも何でもない。だけどもし勘違いされたらどうしようと思うと夜も眠れない。

このブログのヘッダーに「某所でやってたブログの縮小版&別の某ブログのざっくり版&某SMS日記のテキトー版、それがSugame京浜」とある。
最初の「某所でやってたブログ」は一番最初に書いた、ドメインまでとってやってたブログのことである。
何でこれをやめたかは第一回目を読んでもらうとして、文体は全然違うが、ほとんど内容はここと一緒だ。ただネタがカブらないようにだけ気をつけている。(カブったとしても誰もおぼえていないだろうし、自分自身もおぼえてないぐらいだが)
次の「別の某ブログ」とは、デジタル小物系に特化したブログだった。これは自分で書いたスクリプトをアップしたいだけのために始めたのだが、スクリーンショットを多様していたので、次第に面倒になってしまった。
今のところこれに準じる内容はここには書いていない。が、いずれはやりたいという気持ちはある。ブログをやってた頃より若干だがスクリプトのテクもあがったし、つくったスクリプトもたまってきた。自分のために書いてるんだけど、それももったいないし。共有できるならした方がいい。

最後の「某SMS日記」とは、はっきりいえば某mixiでやってた日記のことである。
これは今まで苦手とした、自分の過去を振り返って、それを面白おかしく書こうとしたもので、それまでやってたテレビとかそんなのにツッコミを入れるのとは全然違ったスタンスでやっていた。
が、何しろ自分をネタにするので、早々にネタがつき、ひと月ぐらい集中的にやった後、書くのをやめた。
ここで書いてるのとは内容も趣旨もまるで違うが、文体的には一番近い。

この3つを寄せ集めてつくったのがここである。映画やテレビへのツッコミもやるし、自分のことも(たまにだが)書く。そしていずれデジタル小物のことも書いていこうと思っている。
そーゆーことを知ってる人が読んだら「ああ、らしいブログだな」と思ってもらえると思うが、突然ここにたどり着いた人には何がなんだかわからない、何とも統一感のないブログに思えるだろう。
しかし実際やってみてわかったんだけど、このスタイルは楽だ。毎日更新すると決めているわけでもないし、何を書いてもいい、というのもいい。本来ブログってこういうスタンスでやるもんなんだよな、とつくづく思う。

ただ書き出しと締めの言葉を決めてしまったため、これを考える時だけは苦労する。書き出しは強引なこじつけでもいいんだけど(実際ほとんどそうだ)、締めにうまく「知らない」にもっていくるのは本当に難しい。
だったら止めればいいんだけど、もうちょっとだけがんばってみる。それぐらいはしないとねえという気持ちもあるし、まだ始めて半年もたたないうちに止めるのはシャクという気持ちもある。
どうしてこう意固地なのかね、自分というやつは。止めりゃいいじゃん。何がそこまで「知らない」で締めることにこだわってるのか、自分でもわからない。じゃなくて知らない。

2009年5月15日金曜日

田中絹代

やはり戦前と戦後とでは価値観が大きく違ったのだろうかと考えると夜も眠れない。

昔の邦画が好き、ということはここで何度か書いた。当然名作もいっぱい観たが、ヒドい出来の作品もかなり観ている。
中には公開当時は大ヒットしたらしいが、今の目で観ると何が面白いのかさっぱりわからないものもある。
スター映画なんてそんなもんだ、といわれればそれまで。昔はひとりのスターを光らせるためだけの映画がずいぶんつくられている。面白い面白くないではなく、どれだけそのスターが魅力を発揮できているか、その一点で観客動員が左右されたらしい。
ま、こういう事情もものの本で読んだことがあるのでわからないでもない。しかし中にはどうみてもスター映画じゃない、でもヒットした、そして今観ると面白くないってのがあるんですな。

そもそもスター映画といわれても、ホントにスターだったの?と疑いたくなる俳優もいる。
一番わからないのは田中絹代だ。
田中絹代といえば伝説の女優だが、自分の審美眼で計るとどう考えても美人の範疇には入らない。
後年はともかく、何本も観たわけじゃないことを断っておくが、いわゆる全盛期の演技もそう驚くようなもんじゃない。存在感も希薄とまでいかないが、強烈というほどでもない。
そして何より、どうにも、華が感じられないのだ。
顔立ちは、簡単にいえば薄い顔、とでもいうのか。しかし田中裕子あたりともちょっと違う。田中裕子も薄いがある種独特の顔立ちであり(どこにでもいそうにみえて、そっくりな人があまりいない)、少なくとも田中絹代に比べるとアクを感じる。

これが「わき役として一時代を彩った」といわれるならまだ理解できる。が、田中絹代は大スターだったのだ。
たとえば、少し時代はあとだが、やはり戦前からのスターである原節子は、どの映画もみても「ディスイズ原節子」であり、すべてのパーツの大きい顔立ちは今の目でみても十分美人の範疇に入るし、大スターだったといわれても納得いく。
しかし、どうにも田中絹代だけは納得できない。もし往事を知る関係者から直接話を聞いても、この疑問が氷解することはないだろうと思う。
それはもう根本的な問題だからだ。仮に現場ですごい華があったとしても、あまりにも平々凡々とした顔立ちから、どうしてもスターのニオイを感じ取ることができないのである。

やはりこれは戦後、いや、関東大震災以降、日本人の美的感覚が変わったのかもしれない。そういうことにでもしておかないとやってられないのである。
今回ばかりは「知らない」ではなく「わからない」としておこう。

2009年5月13日水曜日

大泉洋

前回の続きであるが、興味のない人には耐え難いのではないかと思うと夜も眠れない。

大泉洋は芸人ではないが、ただの役者でもない。言葉本来の意味でのタレントでもある。
タレントなんて肩書きをつけようがない(言い方が悪ければ特に専門分野を持たない)芸能人の専売特許のようだが、本当は才能のある、というニュアンスを持つ。
そういう意味で大泉洋はまさしくタレントといえる。
芸人でも俳優でもコメディアンでも何でもいいのだが、自分の中にひとつの指標があって、それは「空恐ろしい」と感じさせてくれたか、これをクリアできた人が、自分の中で最高ランクの芸能人としている。
(まあ自分に「最高ランク」なんて認められたところで何ひとつ価値はないが)
大泉洋の場合でいうと「関西弁」ということになる。
「水曜どうでしょう」でいうなら「ユーコン」編でも「試験に出る日本史」編でもいい。これらを見るとわかるが、関西人である自分が聞いても違和感があまりないくらい関西弁が巧い。
もちろんオクラホマという関西弁を喋る漫才コンビとずっとラジオをやっているのもある。しかしそれだけであれだけ喋れるようになるものだろうか。
(ちなみにそのラジオが始まったのは「ユーコン」編や「試験に...」編の後だから関係ないともいえるが、オクラホマは同じ事務所なの後輩なので交友はあっただろう)
関西弁というのはある意味一番メジャーな方言であり、喋れる人も非常に多い。しかし他地方に住む人が関西弁を喋るのはことのほか難しいようで、関西人が聞くと違和感を覚えてしまう。
これは巧いなあと思ったのは「ちりとてちん」での原沙知絵(福岡出身)だが、あれは方言指導のテープを丸覚えしたらしい。しかしそこまでしないと関西弁としてはダメなのである。
大泉洋のすごいところは基本全部アドリブだということだ。
アドリブということはほぼすべての言葉の関西弁イントネーションが入ってないとできないわけで、それを頭で(つまり勉強して)ではなく、身体で、フィーリングで身につけてしまっているところが恐れ入る。
もちろんよーく聞くとやはりおかしいところはあるのだが、勘所はしっかり押さえているため、違和感がまったくないのだ。
そういえば森繁久弥が「方言で一番難しいのは北海道の言葉」といっていたそうだが、大泉洋の場合、当然北海道弁(というのがあるのか知らないが)は喋れる。
そして北海道の人にとって相当難しいと思われる関西弁も喋れ、また「東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜」では博多弁まで喋っていた。
(自分は一時期福岡に住んでいたことがあり、また今も福岡に友人がいるのでヒアリングは大丈夫なのだが、まったく違和感がなかった)
しかもこれは彼にとっては余技にすぎない、とまで書けば自分が大泉洋にたいして「空恐ろし」さを感じてしまう理由がわかってもらえるんじゃないか。

本当はもっと書きたいことがあるんだが、また今度。本当に今度があるのか知らないが。

2009年5月12日火曜日

水曜どうでしょう

今年こそ↑の新作がつくられるんだろうかと思うと夜も眠れない。

別に大泉洋の結婚記念ってわけでもないんだけど。
「水曜どうでしょう」を知らない人に、この番組の魅力を説明するのは非常に難しい。
上っ面だけを聞いていると、確実に「電波少年」のパチモノにしか思えないだろう。が、実際は「電波少年」とは似て非なるものどころか、まったく似てすらいない。
たとえば「東京ウォーカー」編の、あのデタラメさは電波少年との違いを明確に表している。あんなの電波少年なら絶対にありえない。

この番組をジャンル分けする(必要ないのはわかっているが)なら、絶対旅番組に分類されると思う。よくいわれる、いわゆるドキュメントバラエティではない気がする。
とはいえ「ああ、こんなところに行ってみたいな」と思わせるたぐいの旅番組ではなく、もっとオフビートで、「旅の面白さって何なのか」を鋭く切り込んでいる。
個人的に考える旅の面白さとは「期間限定の共有体験」だと思っている。旅の途中で出会った人、出くわしたエピソード、それらは一緒に旅をする仲間との共有体験になる。
そういった旅の本質を見せることで、見ている側も、彼ら4人とともに旅をしている錯覚に陥る。面白い面白くないより(無論面白いのだが)、共有感覚を得ることができるのは非常に気持ちいい。

さて大泉洋である。
そもそも一切感動を排除してあるにもかかわらず「ベトナム」編でいつも泣けるのは、ゴール間際に藤村Dが大泉洋に「天才ぶりをありがとう」というようなことをぼそっとつぶやくところだ。
旅の仲間、ミスターこと鈴井貴之も、藤村Dも嬉野Dも、ずっとずっと、大泉洋の天才ぶりに助けられたと思っていたのだろう。
さっきも書いたように「どうでしょう」は旅番組であり、このフォーマットが固まった時点で(仮にD陣が全然しゃべらなくても彼らが制作に関わったら)、旅番組としては十分すぎるぐらい面白いのだが、それを「爆笑できる」ところまで引き上げたのは、間違いなく大泉洋の功績なのである。
とにかくバランスがとれている。やる気のなさも、そしてやる気も、さっき書いた共有体験の押しも、得意の物真似も、ホラ話も、全然しつこくない。すべて効果的にやっている。過不足なく、とはまさにこのことだ。
ここまでできるタレントは、ちょっと思いつかない。ひと言でいえば藤村Dのいった通り「天才」ということになるのだろう。
正直タレントを生み出す土壌が何もない北海道で、ここまでの天才が生まれたことは奇跡としかいいようがない。
もちろん、大泉洋がまだ素人同然でタレントとしての方向性をつかみあぐねた時期に番組を引っ張り、大泉洋が自我に目覚めてからは、まるで志村けんブレイク後の加藤茶のように一歩下がったところで番組を支えたミスター。
大泉洋の良さを全面的に活かすためにディレクターという立場にありながら積極的に絡みはじめた藤村D。
その藤村Dとは違い、あまり声は発しないもののカメラアングルで自己主張をした嬉野D。
誰が欠けても(出演者・スタッフの垣根を越えて旅の仲間として)番組は成り立たなかったと思う。

それでもやっぱり大泉洋は別格の気がする。演技力もあり、芸人ではなく、今では希少ともいえる本当のコメディアン(喜劇役者)として成り立っていける可能性があるのは、今、この人しかいないのではないかと思うし、他には知らない。

2009年5月11日月曜日

冨浦智嗣

という名前だけを聞いてどれくらいの人がわかるのだろうと思うと夜も眠れない。

本当は2009年上半期の朝ドラ「つばさ」について書こうと思ったんだけど、やめた。「つばさ」はその前の「だんだん」よりははるかにまともなドラマであり、要所を押さえたつくりになっている。
だが、いや、だからこそというべきか、書くことがないのである。まあギャグが致命的につまらないという欠点はあるにせよ、自分の中で、何だか「なんとなく見ている」程度の扱いになってしまった。
一見破天荒に見えるこのドラマは、よくよく見てみると「無難」の一言に尽きる。
しかしある意味、この無難さこそ本来の(自分が避けていた最大の要因でもある)朝ドラの持ち味なのかもしれない。
ただこの無難なドラマの中でひとりだけ異彩を放ってる人がいる。
それが冨浦智嗣だ。
彼をはじめて見たのは「わたしたちの教科書」でだが、「わたしたちの教科書」の内容とあいまって、とにかく独特の雰囲気を醸し出していた。
そもそも朝ドラでは典型的ともいえる両親と姉、弟という家族構成で、その弟役にこんなにアクの強い役者を使うのは理解不能というか、この弟が精神的に荒れる話があったが、叫んでうずくまるシーンなど、まったく朝ドラらしくないコワさがあった。
中性的なルックスで、声は少女と聞き分けができない。それだけでも異様なのに、演技も、何を考えているかわからないようなキャラクターであればあるほど光り、発狂するようなシーンは見ているものに戦慄を走らせる。

似たような個性を持っていた役者をひとり知っている。松田洋治だ。
「家族ゲーム」の、といえばピンとくる人も多いだろう。子役あがりで(自分がはじめて見たのは「仮面ライダーアマゾン」だった)、思春期の「狂い」を演じさせたら右に出る者はいなかった。
その後は映画「ドグラ・マグラ」に出たのをみたぐらいで、まあ今も舞台を中心に活躍しているみたいだが、基本的には思春期の象徴のような人である。
冨浦智嗣が松田洋治の後継者というか、まったく同じライン上に位置しているのは間違いない。いわば「昭和50年代的演技者」ともいえる。

彼が今後どういう作品に出演するのか、そして役者としてどのような歩みをたどるのか、大いに興味がある。
はたして「思春期の象徴」的なキャラクターから脱皮できるのか、もし脱皮できたらどんな役者になるのか、興味は尽きないし、予測もできないし、自分にはわからない。

2009年5月9日土曜日

パペポ

笑える、ということは何と素晴らしいことなのだろうと思うが、もしそれが制限されたとしたらと考えると夜も眠れない。

最近、昔撮った「鶴瓶・上岡パペポTV」をずっと見ている。
つくづく思うのは、上岡龍太郎という人は根っからの芸人なんだな、ということだ。
一般的には「知的」であったり「毒舌」であったり、そういうイメージだと思うが、この人が本気で怒るのは、霊や占いに関することだけであり、あとは怒ったフリ、というか、あくまで芸として演じていることがありありとわかる。
とはいえまるっきりどうでもいいことに怒ったりしているかといえばそうでもなく、この人の言葉を借りるなら「虚にして実にあらず、実にして虚にあらず」ということになるのだろう。
ただし着地点は必ず「笑い」しかない。笑わせる手段として、いわば前フリとして、知識を開陳したり怒ってみせたりする。これは非常にレベルの高い芸であり、誤解を受けやすい芸とも思うが、それをたやすくやってのける上岡龍太郎には舌を巻く。

あらためて「パペポ」を鑑賞すると、これは今のテレビでは絶対に無理だろうなと思う。いや、某芸人のこともあるように、ラジオでさえ無理な気がする。(もちろん某芸人が上岡龍太郎ほどの芸を持ち合わせていたかという問題もあるけど)
おそらく今では一元化されたタブーといえる、宗教ネタや暴力団絡みのネタもガンガンでてくる。それらはすべて「笑い」に昇華されているのだが、今ではいくら笑いに転嫁したとしても無理なんじゃないだろうか。

もうひとつ、この番組はほとんど編集を施していない。いや、この番組が発祥といわれる禁マークなどはあるのだが、放送時間に限りなく近い時間で収録しており、昨今のバラエティ番組とは根本的に作り方が異なる。
そもそもVTR収録というものがテレビで使われだした理由は、最初はタイムシフトという考え方であった。たとえば「シャボン玉ホリデー」はタレントのスケジュール的に生が無理であったため、事前に生と同じ形で収録する、という方法がとられた。
同時に編集すると滅茶苦茶お金がかかったという事情もあったらしいが、これは技術革新によって編集は容易になっていく。
編集が効くのなら、とリハーサルを減らし、ぶっつけ本番的な収録が可能になった。これはクオリティをあげる作用もあったと思う。
さらに編集を利用して、本当にマズいところだけカットすることも可能になった。

ところが昨今のバラエティはどうだろう。より面白い番組にするためでもなく、本当にマズいところだけを切るためでもなく、ただレベルの低さを補うためだけに編集が行われている。
より面白くするためじゃない。とにかく長時間収録して面白いところだけをより抜く。仮にタレントのレベルが低くても、何十時間もまわしていればそれなりのシーンはつくれる。
言語が不明瞭だったとしても、テロップで全部文字に出す。

いみじくもパペポの中で「テレビでウケるのは、素人が芸をするか、プロが私生活(素)を見せるかしかない」と上岡龍太郎がいっていたが、今のテレビはどっちでもない。半素人が人工的な素を見せる。さらにそれを編集でごまかす。
これでは面白いはずがない。それに上岡龍太郎のいったことは一種の反語であり「プロなんだったら芸を芸らしくみせるな」という意味が含まれている。
しかし今、そういうことができる芸人がどれほどいるだろう。いなくはないけど、作り手がわかっていなければやりようがない。

パペポは今にして思えば、プロによるプロの芸を見せる番組だったのだ。一見どこに転がるかわからないようなトークを展開しつつ、最後は絶対笑いに持っていくことができる。これこそプロの芸とはいえまいか。
鶴瓶は現在も健在だが、相方がいない。「きらきらアフロ」はパペポに近いスタイルに見えるが、プロの芸を見せる番組とは根本的に異なる。
では鶴瓶は誰と組めばいいのかとなるが、今のところ(相性も含めて)適当な芸人はひとりも思いつかない。

2009年5月8日金曜日

松之助

センス=時代感覚だと思うが、これに長けたといえる人が今どれくらいいるのだろうと考えると夜も眠れない。

唐突だが、明石家さんまのいいところは、非常に師匠を尊敬しているのが見えるところである。師匠とはもちろん笑福亭松之助である。弟子入り志願をした時、さんまは(やがて師匠になるであろう)松之助に向かって「あんたはセンスがある」といったそうだが、ま、気持ちはわからんでもない。
今でもそういう「これはかなわない」と思わせるセンスを松之助が持っているからこそ、さんまも素直に尊敬できるのだろう。
自分から見ても松之助はセンスのカタマリのような人に見える。こと笑いのセンスというか発想力はさんまよりもずっと上に思える。

松之助のネタでずっと見たいと思っているのが「仮面ライダー」だ。これは仮面ライダー(いうまでもないがV3の前の)が放送していた当時でないとやる意味がないネタだから、今高座にかけるのは考えづらい。
記録もあんまりないのだが、小林信彦著「笑学百科」の中で、わずかながら採録されている。
「ライダーキック!ショッカーアホか!とこうなる」
何度も何度も思いだし笑いをしてしまうぐらい面白い。そしてすごい。
全編を聞いたわけじゃないので詳しいことはわからないが、この一節を聞く限り、仮面ライダーは完全にただのツッコミでしかない。逆にいえば悪の限りを尽くすショッカーどもはボケということになる。

ショッカーがボケてボケてボケ倒している。ライダー(正確には本郷猛と滝)も細かいツッコミを入れているのだが、それもかまわずショッカーはボケ続ける。んで最後にライダーがライダーキックで強烈なツッコミをカマす。

この発想はすごすぎる。ヒーローものを見事に漫才に置き換えている。「ヒーローの日常」を映画にまでした松本人志よりも発想的にはすごい。
よく「悪役が輝く作品ほど面白い」といわれるが、漫才に置き換えるとすごく納得がいく。ボケが光ってないと、ツッコミがいくらいいツッコミをしたところで漫才は映えないのだから。

悪だくみ=ボケ、ヒーロー=ツッコミ。すごすぎるじゃないか。「ナイトinナイト」で答えがわからずひたすら「肌着」と書き続けて天丼を繰り返すだけのオッサンではないのだ、松之助は。こんな発想を持った人、他には知らない。

2009年5月5日火曜日

引っ越し

久々に周辺雑記みたいなものを書こうと思うが、こんなもん読んでくれる人がいるのかと思うと夜も眠れない。

ごく最近引っ越しをした。場所は京浜地区、とだけいっておこうか。そもそも京浜地区に引っ越す予定があったからこんなブログ名にしたんだけどね。
自分は、別に夜逃げを繰り返してたわけじゃないんだけど、わりと引っ越し慣れをしてるつもりだった。高校を卒業してからかれこれ10回以上は引っ越しただろうか。だからすっかり引っ越しには慣れているというか、完全にベテラン気取りだった。
が、今回の引っ越しは、もうホント、ほとほと疲れた。私用が重なったことや部屋探しのトラブルなんかもあっったりして、重労働極まりなかった。
引っ越し間際には、ずいぶん前に書いたと思うが、HDDレコーダの整理に追われた。なんとか全部ダビングできたものの、もうあれを繰り返すのは御免被りたい。

一応部屋も片づいたが問題も山積している。まずネットだ。これがなかなか開通しない。しかたなくPHSからダイヤルアップでつないでいたが、いや〜懐かしいね、この速度。
遅い。遅すぎる。ダイヤルアップでつないでいた当時よりも全体的にサイトが重くなってるので余計遅く感じる。
遅いといえばブロードバンドの開通にやたらと時間がかかった。さすがに我慢できなくなってイーなんちゃらとかいうのを契約してきた。
前が光だったのでそれと比べると全然遅いが、幸い電波状況も良好で、ふつうにネットしたりする分には問題ない。
維持費もMAXで5000円弱。全然使わないと1000円。安くはないが、この先ブロードバンドが繋がったとしても、1000円なら我慢できるし、非常用回線としても使えるわけで、まあこれくらいはしょうがない。一応問題は解決した。

本当の問題はCSが見れないことである。
どうもうちのアパートの問題とかで、ケーブルテレビは開通まで下手したら3ヶ月以上かかるといわれてあきらめた。
だったらネットを光にして、スカパー!光とかも考えたのだが、光を入れるのはこれまたアパートの問題で難しいとのこと。
ではアンテナを立てて、となるのだが、これは部屋の向きから考えてハナから無理、と八方塞がりなのだ。
地デジなんて見れなくても一向に平気だが(しかもこれはやろうと思えばすぐに解決する)、CSを見れないのはマズすぎる。
映画(ビデオやDVDになっていないもの)が見れないのも悲しすぎるが、野球が見れないのはもっとマズい。これが楽しみで生きているのにさ。

今年はいろいろ受難の年になりそうである。まあ仕事や身内のことはどうしようもないのであきらめるとしても、解決できそうで解決できない問題が一番堪える。というか精神衛生上よろしくない。
今年と来年のテーマは忍耐だ。堪え忍ぶしかない。ま、2年間耐えたとして、その先本当にうまくいくかは知らないけど。

2009年5月4日月曜日

深夜番組の黄金時代と東京への憧れ

今の時代、地方出身者が東京への憧れをもつとしたら、いったいどんなことろに憧れを抱くのか考えると夜も眠れない。

自分の場合は単純というか、東京でしかやってない映画が見たかった。関西でも名画座のようなものは存在する(した)のだが、やはり東京の方が数が多い。
以前にも書いたが、自分は古い邦画が好きなので、そういうのはやはり東京に分がある。とはいえもうだいぶ減ってしまったが。
もうひとつ、東京への憧れがあったのは深夜番組である。
小林信彦によると、テレビの黄金時代は1970年ごろまでとあるが、1960年代後半生まれの自分は当然知らない。
しかし1990年代までは、なんだかんだいいながらもテレビのクオリティはそれなりにあった。
つまり2000年代に入ってから絶望的にヒドくなったわけで、ある意味ノストラダムスの予言は(少なくともテレビというメディアについては)当たったのではないか。

1990年代まではもう少しテレビに活気があった。新しい息吹を生みだそうとする熱意が感じられた。そしてその象徴が深夜番組だったような気がする。
とくに1990年代のフジテレビの深夜番組はすごいとしかいいようがない。
「カノッサの屈辱」や「カルトQ」など、深夜番組という性質上からか、関西ではネットされなかった。(「カルトQ」はのちに全国ネットになるが)
自分はこれらの番組が見たくてしかたがなかった。たまに関東人と話すと「カノッサっておもしろいよね」といわれても
「それ、関西でやってへんねん」と答えるしかない。そのわびしさ、と同時に関東人の勝ち誇ったような笑み。
「ああ、やっぱり東京に行くしかない」と何度思わされたことか。
いや、それをいうなら1980年代の、毎日放送もすごかったし、少しパワーダウンしたものの、1990年代に入っても面白い番組は多かった。
毎日放送に限らない。ABCの深夜番組も今よりは良質だったし、関西テレビは「エンドレスナイト」があった。極めつけはよみうりテレビの「鶴瓶・上岡パペポTV」であるが、これはいずれじっくり触れたい。

そう、1990年代までは関西も関東も深夜番組は面白かったのだ。それなのに東京に憧れたってのは、いわゆる灯台もと暗しってやつでしょうか。いやはやなんとも。
いや、関西や関東だけじゃない。北海道ではあの「水曜どうでしょう」がはじまったのも1990年代だ。
(「水曜どうでしょう」についても後日記していこうと思う)
つまり今よりもずっと全国各地で深夜番組は面白かったわけだ。これはもう、1980年代〜1990年代は深夜番組の黄金時代といって差し支えないと思う。

ところが今はどうだ。地方の友人が「最近ローカルの深夜番組が絶望的に面白くない。できれば関東ローカルや関西ローカルの番組に差し替えてほしい」といったところで「いや、関西も関東もヒドいし変わらないと思う」としか答えられない。
こういうのを地盤沈下というのだろう。どこまで落ちるのか自分は知らない。

2009年5月3日日曜日

パクリ

友近が渡辺美里の真似をすると、決まって誰かが「あ、ライブバージョンや」と合いの手を入れるが、「マイレボリューション」のライブバージョンってそんなに有名なのだろうか。自分が知らないだけ?それとも明らかにレコードテイクと違うからそういってるだけなのか、気になって夜も眠れない。(こういうのを冗長な書き出しという)

そういや槙原敬之と松本零士の盗作云々の裁判がどうなったのだろうとざっくり調べてみたら、どうやら槙原敬之の主張が認められたようだ。
しかし盗作か否か、という問題ほど難しい問題はない。
以前小林亜星と服部克久との間で争われた裁判は、流用したことが認められる、つまり盗作とまではっきりいわなかったが、裁判所は「パクったんじゃね?」みたいな判決だったと思う。
この裁判では譜面からどれだけの類似点があるかで決まったようだが、はっきりいってほとんど意味はない。

こういう問題で常につきまとう、「インスパイア」というのは、創作とは切っても切れないものだからだ。
たとえば現実に起こったことからインスパイアされて創作する人もいるし、過去につくられた著作物からインスパイアされて創作する人もいる。
当然インスパイアされたものから、どう自分なりのオリジナリティを出せるかは作者の力量によるが、原典を横においてそっくり真似しない限り、本物そっくりになるわけがない。
もう、はっきりいえば、音楽でもギャグでも小説でも、オリジナルです、と胸を張っていえるものは、新しくはでてこないと思う。
音楽でいえばメロディなんかは音符を並べていくにしても限界があるし、小説をはじめとするフィクションでも、もうありとあらゆるストーリーがあるわけで、カブらない方が無理というもの。ギャグに関しても青島幸男は「ギャグのパターンは無限にあるわけじゃない」といってるし、自分もそう思う。
結局何かしらからインスパイアを受けて、創作は続けられていく。今もそうだし未来もそうだ。

インスパイアも多様化している。たとえばAという作者がつくったAAという作品を、AAにインスパイアを受けたBという作者がBBという作品をつくり、AがBを訴えた。これなら筋は通っている。
しかしAAという作品から、BはBBを、CはCCをつくったが発表はBBの方が先だった場合、話がややこしい。
自分は、槙原敬之と松本零士の件も、小林亜星と服部克久の件も、このパターンではなかったかと睨んでいる。
槙原敬之はおそらく本当に、例のセリフは知らなかったと思うし、服部克久も「どこまでもいこう」を意識したとは思えない。
ただインスパイアの原典が同じ、もしくは原典から派生した作品からインスパイアしてつくったのではないか。

とにかく「似たものはすべてパクったとみなす」というのは無理がありすぎる。先に発表したのが本当にオリジナルといえるものならともかく、先に発表しただけのものが著作権的に有効、というのはどう考えても納得いかないし、これでは創作する時似たようなものがないか著作権ばっかり気になって、本気でクリエイティブなことをやっていこうという人がいなくなる。
著作権を争う場合、似てるか似てないかではなく、フェイクかどうかで争うようにしないとマズいのではないか。さっき書いたように、発表された著作物を横において丸写しした場合はフェイクとみなしてアウト、ぐらいにしないと。

んで書き出しの件になるわけだけど、じゃあ物まねはどうなるんだ、となる。実際さいきんでも織田裕二が怒ったり、ショーケンや矢沢永吉がそっくりさんと揉めたりしてる。
これも本人が怒ったらアウト、というのはあまりにも曖昧だ。物まね芸人がいちいち本人の許可を取りに行くとは考えづらいし。(売れてない人ならなおさら)
ネットの問題も絡まって、著作権というのは曲がり角にきてるのではないか。このままほっておいたら、というか、真剣に議論を重ねないととんでもないことになりそうな気がするし、そうなっても知らない。

2009年4月30日木曜日

ブラックボックス

何だか自分がとんでもなく浮き世離れしているのではないかと思うと夜も眠れない。

先日小学校の先生が児童の胸ぐらをつかんだとかで最高裁までいった裁判があった。いくら体罰は厳禁とはいえ、悪いのはあきらかに児童の方であり、いや、どっちが悪いかは置いておいたとしても、これが最高裁までいくような問題なのかと思ってしまう。
また例の、某グループの全裸事件も疑問を持たずにはいられない。仮に見せしめという要素があったにしろ(そもそも「見せしめ」が許容されていることに疑問を感じるが)、そんなに大騒ぎするほどのことなのかね、と思ってしまう。
まあ逮捕うんぬんはその時の状況がわからないので何ともいえないが、アンケートなんかを見ると「社会人として失格」みたいな意見が思いの外多いことに驚く。

もう正直にいえば世論が狂ってきてるとしか思えない。
少しでも良しとされてないこと、たとえば電車の中でのケータイの通話とか、喫煙とか、とくにネット上の糾弾の仕方が半端じゃない。
そりゃ良くはないと思うよ、全裸もケータイマナーが悪いのも路上喫煙も。でも極悪人呼ばわりして、社会から抹殺しようとする姿勢の方がはるかにコワい。
一度でも躓いた人間はこの世から消えてなくなれー。
いつからこんな意見がまかり通る世の中になったのか。人殺しとかじゃない。たとえ軽微なミスでも社会から抹殺しようとする、そしてそれが当然という顔をしている。

そんなに人間は完璧な生き物なのか。ミスもせずに、軽微な犯罪も犯さず暮らしていけるものなのか。
いったい何なんだと思ってしまう。無難にやったもん勝ち。バレないようにやったもん勝ち、の世の中なのか。

みんなネットのせいにするかもしれないが、何かあんまり関係ない気がする。何しろこれだけの不況である。昔ならデモでも何でもやって、何とかしようという声が高まっていたはずだ。
が、今は違う。政治にしろ経済にしろ、そして某芸人が抹殺されたことでもわかる通り芸能界にしろ、あまりにもブラックボックス化されすぎて、諸悪の根元がどこなのかさっぱりわからない。
だからわかりやすい、表層化された部分だけが叩かれる。
とどのつまり、社会への不安からくるフラストレーションが行きどころがなくなった結果のようにも思う。
本当は諸悪の根元をさぐるメディアとして、ネットはもっともっとがんばらなきゃいけないのだが、デモや市民運動とは違い、いかんせんまとまりがなさすぎる。

とはいえ、もうこれからは、もっとこういう傾向が顕著になるような気もする。ブラックボックス化はどんどん進み、ネット上の意見はますます拡散される。
それが当たり前になりつつある。つまりズレているのは世論ではなく自分だけなのだろうか。
うーん、本当にいったいどうなってしまうんだろう。知らないですませていいんだろうか。

2009年4月14日火曜日

こんな夢をみた

夢という奴はいったい誰がストーリーをつくっているのだろうと考えると夜も眠れない。眠れないなら夢はみないわけだが。

先日こんな夢をみた。
どうもテレビでバラエティ番組を見てるようで、自分は一切でてこない。
ブラウン管(正確には液晶だが)に映っていたのは、今、時の人である陣内智則、そして明石家さんま、Mr.オクレ。三人でトークしている。
内容はこんな感じだ。

----------------------------------------------------

さんま「家に帰ったら紀香が待ってるわけや。(オクレ)兄さんやったらどうします?」
オクレ「考えただけでタってきたわ」
陣内「うわっ、めっちゃ嫌やわ、そういうの」
さんま「引いてどうするねん。想像だけやないか」
陣内「いくら想像だけでも嫌ですわ。師匠かて嫌でしょ?」
さんま「もしかして大竹さんのことかな」
陣内「もしね、ぼくが大竹さんで興奮してたら嫌でしょ」
さんま「ていうかお前かて人の嫁さんで興奮したことぐらいあるやろ」
陣内「いや・・・あんまりないですね」
さんま「何でや?」
陣内「何でやいわれましても」
さんま「想像せえへんか?」
陣内「あんまりしませんね」
さんま「もしかしてあれか、お前ビデオとか本とかないとあかんタイプか」
陣内「ふつうそうちゃいます?」
さんま「あかんわ。芸人やったら想像でいかな。ねえオクレ兄さん」
陣内「オクレさんもそうですか?」
さんま「あれ?お前知らんの。オクレ兄さんの想像力」
陣内「そんなすごいんですか」
さんま「ちょっとあの話してやってください」
オクレ「あれって何や」
さんま「ポリスマンでんがな」
陣内「ポリスマン?」
さんま「ええか、よう聞け。兄さんがあんまり売れてない・・・今もやけど。独身でおかずにするもんが何もないわけや。おかずいうたら缶詰が二個しかあらへん」
陣内「それほんまに食べるおかずですやん」
さんま「さあそこや。何とかこの缶詰があっちのおかずにならんもんか思てずっと缶詰見てたら、えらいもんやで、二個の缶詰が女の人とポリスマンのエッチに見えてきたんやから」
陣内爆笑
さんま「お前もこれくらいの想像力養わんと」
陣内「え、何で缶詰がポリスマンに見えたんですか?」
オクレ「知らんわ!・・・たぶん缶詰のめくれてるとこが(帽子の)ツバに見えてきたんやろな」
さんま・陣内爆笑

----------------------------------------------------

繰り返し断っておくが、これは自分が見た夢だ。実際こんな番組があったわけでもないし、各人がこんなトークをしていたという事実はない。
シモがかった話だが、やたらよくできている。3人ともいかにも「いいそうな」セリフをいってるし、オチも実に、らしい。
問題はこの話を誰が考えたかだ。とてもじゃないけど自分には「缶詰のめくれてるとこがポリスマンのキャップのツバに見える」なんて発想はない。
もしかしたら、仮にオクレでないにしろ、テレビでこのようなネタをいってた人がいて、それが潜在意識にあって夢にでてきたのだろうか。しかしこのネタ自体、オクレがいわないと面白くない気がするし。
自分は知らない。誰がこれを考えたか。知ってたら教えてくれ。

2009年4月12日日曜日

はんなり

日本語がどうなっていくか考えると夜も眠れない。ウソです。

「言葉は生き物」という考え方に基本的には賛成している。このブログも厳密にいえば日本語として滅茶苦茶だろう。が、これでいいのである。正しい日本語よりも、相手に正しく伝わる方がよほど大切なことじゃないか。
もっともそれは日常の会話とか、こういう雑記での話。やっぱり使い方を間違っちゃいけない時があると思う。
名前を出すのも忌々しいのでこういう書き方をするが、2008年下半期の朝ドラで、しつこく「はんなり」という言葉が間違った使われ方をしていた。
最終話でも藤村志保が「祇園のおかみはもっとはんなりしとかなあきまへん」(うろ覚え)みたいなことをいってたが、これはあきらかにおかしい。
ずっと遡って1990年ごろの話。上宮高校の超高校級プレーヤーと騒がれた(いや、後の姿からは想像できませんが、たしかにそうだったんです)元木大介を評して、ドラフトで指名するのかと問われた阪神の球団社長が
「ああいうはんなりした選手がうちにきたらな」
とあいまいな返事をしたのだが、これが正しい「はんなり」の使い方。つまり「華のある」とか「華やかな」という意味の京言葉なのである。

それが某朝ドラではあきらかに「のんびり」とか「悠然と」みたいなニュアンスで使われていた。まあ語感だけだとそう受け取るのもわかる気がするし、実際間違えて覚えている人も多いのではないか。
しかしこのドラマの中で間違うのは致命的である。藤村志保の役は祇園のお茶屋を長年支えた、という設定の人なのだ。そういう人が「はんなり」の使い方を間違うなんて絶対あっちゃいけないのだ。
あのドラマの中で「はんなり」という表現が合う登場人物といえば某ほりえもんがモデルっぽいIT企業の社長だけなのだが、残念ながら彼にはそういった形容は用いられなかった。

と、ここまで書いて思ってみた。よくよく考えてみれば、先の藤村志保のセリフは2011年に発せられたことになってるのだ。
言葉は生き物だ。もしかしたら2年後には「はんなり」はそういう意味になってるのかもしれないぞ。それは誰にもわからないし知らないからな。絶対ないと思うけど。

2009年4月10日金曜日

不二夫ちゃん

タモリは何で赤塚不二夫のことを「不二夫ちゃん」と呼ぶようになったのか気になって夜も眠れない。

先日NHK教育で赤塚不二夫の特集をやってたが、結構面白かった。切り口は珍しくもないが、古谷三敏、高井研一郎、北見けんいちの鼎談は貴重なものだったと思う。
他にはみなもと太郎が「赤塚不二夫は家庭漫画の人」と言い切ってたのは面白かったし、実際そうじゃないかと思う。
番組では当然のように「天才バカボン」が中心で、それはいいのだがナレーションが「馬鹿なボンボンを主人公にした・・・」といっていたのは少しだけ違和感があった。
とはいっても自分は「バカボン」のネーミングについて、そっちの方が正しいというか、仮にダブルニーミングだったにせよ「馬鹿なボンボン」の方の意味合いが強かったんじゃないかと思っている。
というのも晩年、赤塚不二夫は「本当は「天才バガボンド」にしたかったが、編集者にわかりづらいと反対された」と語っていたからである。
たしかにパパはバガボンドそのものであるが、どうも後付け臭い。それに、あいまいな記憶だが、構想段階では馬鹿のギャグと天才のギャグ両方を描こうとしてたはずで、最初から「天才」と「馬鹿」というキーワードはあったはずなのだ。
もうひとつ、やはり番組の中で「途中で主人公が入れ替わった」とあったが、これも怪しい。
「おそ松くん」や「もーれつア太郎」などはたしかに途中で主人公が入れ替わった。しかし「天才バカボン」の場合、最初からパパとバカボン(初期の構想ではハジメちゃんも)が主人公だったような気がする。

要するに「天才バカボン」は白痴の親子の物語なのである。いや、白痴の父親VS天才の息子の構図だったといえばいいか。
設定だけを聞いていると、あんまりギャグ漫画っぽくない。ギャグ漫画にしてはあまりにも設定がもの悲しい。むしろ人情物風だし、初期はそんなニオイもあった。
(余談だが子供の頃赤塚不二夫に熱中したといわれる松本人志にその影響を見ることができる。もの悲しい雰囲気の中で展開される「トカゲのおっさん」など赤塚漫画寸前だ)

この辺が赤塚不二夫の漫画の真骨頂である。少なくとも「天才バカボン」の頃までは、ギャグ漫画には違いないのだが、扱い次第でどんな風にもなる、という懐の深さがあった。
人情物になるのは当然だし、少しピンクの方向に振れば(つまりパパの関心事をエロに向ければ)、もう十分エロ漫画にもなる。
しかしどんなジャンルで読みたいといえば、やっぱりギャグ漫画として読みたい。そう思わせるのが凄い。
つまりギャグ漫画にしかならない設定でギャグ漫画を描いてるんじゃない。でもギャグ漫画にしたからこそ、よりその設定が活きてくる。

そういうことができる、というかそんな発想があるのはこの人だけだったと思うし(松本人志はフォロワーといえるし、チャップリンの影響も見て取れるが)、鼎談の中でいってた通り、あと一本でいいから何か描いてほしかったと思う。
何だかサヨナラもいわずに去っていかれたようで。どうもそういう展開は赤塚不二夫という人には似合わないような気がするのだ。
でも・・・知っているとか知らないじゃなく、自分はこう思う。

これでいいのだ。

2009年4月9日木曜日

マチャアキ

マチャアキと順、どっちがリードタンバリンでどっちがサイドタンバリンだったか思いだそうとして夜も眠れない。

今更になるが、去年放送された「生きる」のリメイクには相当失望させられた。ネット上では何故か評判の悪かった「天国と地獄」の方がはるかにマシだった。
が、実際見るまでもないというか、大方の予想はついていた。
これはキャスティングの問題である。
佐藤浩市、阿部寛、妻夫木聡を並べたら、まあそれなりのものができると想像できる。黒澤版とのイメージのズレも少ない。
ところが「生きる」の場合、主人公が松本幸四郎だと聞いて、ああダメだと思った。
これは演技力の問題じゃない。いくら達者な演技をしようとも、あの役を演じるには松本幸四郎では二枚目すぎるのだ。しかも色気も強すぎる。
もうひとり深田恭子もおかしな配役で、あの役はただ快活な感じさえあれば誰でもいいのに、そういうのが一番似合わないフカキョンを使うのは謎すぎる。
今フカキョンといえば何しろドロンジョ様なのだ。そういう肉体をもった、しかも陰のあるフカキョンに松本幸四郎じゃ、どうみても援助交際にしか見えないし、むしろそうならない方が不自然にすら感じる。
あの役は色気のない、しかも快活な現代を象徴するような子、たとえばベッキーあたりがぴったりなのに。
ではあの主人公はといえば、まず二枚目は絶対ダメ。また病気が病気なので、あまりに頑健そうな人もアウト。
年齢的には50後半から60前半ぐらい。志村喬はもっと高齢に見えるが実際はそうでもなく(公開当時まだ47歳!)、またあの時代だからあれでいいわけで、現代が舞台なら若干若い感じの方がいいだろう。
もしいかりや長介が生きていれば、他に候補をあげる必要すらない。実際いかりやは「ザ・ドリフターズの極楽はどこだ」という映画で絶望の縁にたった男がブランコで黄昏るシーンを演じており、まさに一択状態だったと思う。
自分の考えた他の候補者は、たとえばビートたけしだ。あの役は、というかあの作品は一種の喜劇でもあり、軽やかさが要求されるのだが、たしかにビートたけしはそれに当てはまる。しかしややをもすると、たけし色が濃くなりすぎるのではないか。
大滝秀治とかもいいんだけど、ややトシを取りすぎているのと、何だか志村喬がやったののコピーになってしまいそうな気もする。

長い前フリは終わり。個人的に一番ぴったりくると思ったのは堺正章である。
まず二枚目でない。細身で適度に痩せこけている。エロキューション(発声)が独特、喜劇的演技も得意。色も強すぎない。年齢も合致する。
もちろん自分が、あまり意識することはなく近年気づいたのだが、ずっとファンだったということもある。
昨年やった主演ドラマ「無理な恋愛」はところどころ面白いシーンもあったが、全体としては凡作で、しかも責任の一端はマチャアキにもあった。
マチャアキという人は万能選手のようだが、こと演技に関しては不器用で、お涙頂戴的なシーンになると途端に見てられなくなる。
この人の本当の持ち味は、馬鹿っぽいというか奇抜なことをすればするほど行間から哀愁がにじみ出てくる。
実は「生きる」はそういう話で、志村喬の演技はあきらかにやりすぎというか、ほとんどコントなのだが、やりすぎなのが後半活きてくる、というとんでもない構成になっている。
もしマチャアキが主人公をやれば、前半をコントすれすれにしてしまっていい。ただし周りは真面目に、セットはがっちりやる前提で。その方が後半のハッピーバースデイからディスカッション部分の、目の色が変わった主人公の行動がより引き立つと思うし。

しかしまあ、こないだドラマにしたばっかりで、またすぐにリメイクはないわな。そういやハリウッドでやるって話はどうなったんだ。ま、どうなろうが知らんけど。

2009年4月7日火曜日

采配

万人が納得することなんて絶対ないと思うが、もしあるとするならどういうものなのか考えると夜も眠れない。

WBC騒動もひと息ついたようで、今なら水差しにならないだろうと思うので、一言二言書いてみよう。
阪神タイガースの岩田に肩の故障が発覚した。実にかわいそうなことだ。というのもこれは防げた怪我だからである。
岩田は阪神では先発オンリーの投手であり、中継ぎの(しかも重要な場面の)経験は皆無といっていい。
だから岩田を中継ぎで使うこと自体が間違いだ、とは思わない。しかし先発専任の投手に中継ぎをさせるのはことさら慎重にやらなければいけないのである。
第二ラウンドの韓国戦、交代の場面の直前、岩田はブルペンにいなかった。一度肩はつくっていたようだが、それでもあきらかに準備不足のままマウンドへあがった。
本来岩田は、精密機械といわれるようなコントロールはないが、連続四球や押し出しをするほどコントロールに不安のある投手ではない。事実緊急召集された合宿でも誰よりもWBC球に合い、まとまったコントロールを示していたらしい。だからこそ代表メンバーに選ばれたのである。
準備不足といえば北京五輪の涌井もそうだった。ブルペンで投げてない状態で登板させられ痛打を食らった。
これがもし中継ぎ専門の投手ならどうか?仮に交代時点でブルペンで投げてなかったとしても、岩田や涌井のようにメロメロにはならなかったはずだ。
事なきを得たが、決勝の9回のダルビッシュもそうだ。「左打者のままなら杉内続投、右の代打がでてくればダルビッシュに交代」というのはリリーフ専任でない投手にとって肩のつくり方もモチベーションのもっていき方も難しすぎるように思う。
岩田は大変なことになったが、幸い涌井やダルビッシュは何ともなかった。とはいえ点を取られたことには変わりない。

問題は原がそれをわかっていたかどうかだ。こういう大事な試合だからこそ緊急登板というのはありえるわけで、それだったらなぜ、少し力が劣っても普段から中継ぎをしている投手を選ばなかったのだろう。
正直内海や小松を選んだことに何の意味もなかった。もちろん実力はあると思うし、長いシーズンなら主戦となるのは間違いない。しかし短期決戦においては役に立つとは思えないのだ。
たとえば加藤大輔や永川の方がよほど使い勝手がよかったと思うし、左でいえば武田勝や江草、星野といったところを入れるべきだっただろう。
これらの投手は緊急登板でもある程度自分の力が出せる、そして怪我のリスクが大幅に少ないというのがある。
おそらく原は去年の日本シリーズでの西武ライオンズの継投を見ていけると思ったのだろうが、あれはこれで終わり、というのがあったからこそできた継投だ。(アジアシリーズはあったけど)
しかし今回の場合、WBCが終わってもシーズンが目の前に迫っているわけで、まあこれは開催時期そのものにも問題があるわけだが。

最初、涌井にしても岩田にしても杉内にしても、球数制限の関係から「第二先発」という位置づけだったはずである。それがいつの間にか普通の中継ぎ扱いになってしまい、終盤、それもイニングの頭からではなく、ランナーを背負った場面での登板ばかりになってしまった。
もし内海や小松の代わりに中継ぎ専任の投手を選び、涌井、岩田、杉内が第二先発という役割だったなら、今回の岩田の怪我は防げたような気がする。

しかしこれらのことは勝ったからいえることである。いわば残された唯一の課題(いかに怪我人を出さずに優勝するか)でしかない。
もう日本は「優勝を期待されるチーム」から「優勝しなきゃいけないチーム」になったのだ。それは次の大会に、仮にイチローが出なかったとしても、だ。
誰も怪我人を出さずに優勝する、こんな難しい難題をつきつけられたチームを他に知らない。

2009年4月6日月曜日

中山式

腰が痛くて夜も眠れない時がある。とストレートな書き出しにしてみた。

自分はあまり病院が好きではない。もう好きだの嫌いだのいってる年齢ではないんだが、できれば遠慮したい、と常々思っている。
2008年の末にえらく風邪をこじらせた時もギリギリまで病院には行かなかった。この話を何かあるとすぐ病院に行く友人に話すと呆れられたが、どっちもどっちな気がする。
風邪はまあ、治るもんだが、持病となるとそうもいかない。
とにかく酷い腰痛を持っている。正確には腰というより背中なのだが、痛みが酷くて立っていることすら苦痛な時があるほどだ。
整骨院には行ったことがない。マッサージはたまに行くが、とりあえずは和らぐので、まあいいかという気になって、本格的に治癒しようという気がない。
トシをとったらもっと酷いことになるぞ、というのはわかっている。でもなあ、ま、そのうちそのうち、でとうとうここまできてしまった。

毎度マッサージに行くわけにも行かないので、健康器具のたぐいにはつい手が伸びる。
マッサージチェアはずっとほしかった。電気屋に行くと具体的に買う計画があるわけでもないのに、図々しくも試用してみたりする。
どうも自分にはナショナルのやつがよかったのだが、新型になって何だかパワーがなくなった気がして、試用もやめてしまった。
あと「J」みたいな形の、先っぽが電動で動くやつも試した。これは値段が手頃なこともあり買う直前までいったが、基本的に肩用なのでやりにくく、無理な姿勢で腰に当ててるともっと腰が痛くなる、という本末転倒ぶりで、結局買うのをやめてしまった。

何かもっと、ピンポイントで腰や背中をマッサージしてくれる器具はないものだろうか・・・といろいろ探すうちに、あるキーワードにぶち当たった。
それが中山式である。
昔から薬局の片隅で売られており、いろいろ探し回った際にも目にはしていたのだが、まったくのノーマークであり、どのみちどれもダメなんだし、安いんだからいっちょう試してやろうじゃないかと一個購入してみた。
そしたらこれが超(グレート)がつく当たりだった。素晴らしい、素晴らしすぎる。何でもっと早く試さなかったんだ!と自暴自棄になるぐらい自分を責めた。それぐらい素晴らしいのである。
仕組みは簡単。先が丸くなった短い棒にバネがついているだけ。電気的な仕掛けは一切ない。
寝ころんで、こった部位の下に中山式を置く。あとは適当に身体を動かして自分でグリグリやる。これが最高に気持ちがいい。電動式のやつなんか目じゃないぐらい、ピンポイントにこった部位をマッサージしてくれるのだ。
自分が買ったのは2つ玉の方で、本当は4つ玉の方が腰・背中用なのだが、ピンときて2つ玉にしたのだが、これも正解だった。
どうも自分は一カ所ずつ、ポイントを決めてマッサージするのが好きなようで、逆にいえばこってない部位をグリグリされるのは痛いだけなので避けたい。
その点2つ玉は余計なところに当たらず、こったところだけをマッサージできるのがいい。
また4つ玉だとかなり大ぶりなのだが、2つ玉ならかばんに入れておけるサイズなので旅行にも気軽に持っていけるのも素晴らしい。
しかも腰だけじゃなく、腕にもふくらはぎにも、そして足の裏にも効く。どれもめちゃくちゃ気持ちいい。気持ちよすぎる。

ここまで絶賛すると気持ちいいどころか気持ち悪いが、まあ宣伝と思われてもしかたがない。自分とここの会社には金銭的な利害は一切ないが、たとえタダでも宣伝部長を買ってでたい気持ちなのである。
いや別に中山式の会社に大儲けしてほしいのではない。潰れられたら困るのである。簡素なつくりなので早々壊れることはないと思うが、買い換えられないのはかなりコマってしまう。だって代わりになる器具を他に知らないもん。

2009年4月2日木曜日

なんてタイトルだと天声人語みたいなもんだと思われそうで夜も眠れない。

昨年末、WOWOWで「藤子・F・不二雄のパラレル・スペース」が放送された。正直「あいつのタイムマシン」以外はどうでもいい出来で、特に「値ぶみカメラ」は酷かった。
あの監督は「誰もやってない斬新なこと」と「絶対やっちゃいけないことだから誰もやってなかったこと」の区別がついてないようだ。
漫画をカット割りも含めてすべて実写化するなんて誰でも思いつきそうなことだけど、そういう作品が今までなかったのは何でなのか、本気で考えたのだろうか。しかも放送時間に全然尺が足りず、インタビューで穴埋めするとはいったいどういうことなんだ。

そんなことは、ま、どうでもいい。ひとつだけこのドラマの取り柄を探すなら、長澤まさみの歌を流したことである。

個人的に長澤まさみにたいして何の感情もない。どっちかというと嫌いなタイプですらあるが、演技力の面で叩かれているのは気の毒だな、と思う。
「値ぶみカメラ」はああいう演出だから論外だとしても、実はそう下手でもない。(無論絶賛するほど巧くもないが)
何というか、この人は典型的な下手口調なのだ。もちろん舌っ足らずなことも大いに関係している。あの声のせいでどうしても下手っぽい感じがでてしまう。
反対に上手口調の人もいる。アリtoキリギリスの石井某は声がいいので巧いっぽいが、実は演技力はたいしたことはない。
一般認識の「演技が巧いか酷いか」なんて、たいてい上手口調か下手口調かで決まってる。でもそれは、演技力とは大して関係ないのである。

さて下手口調の代表選手のような長澤まさみだが、「値ぶみカメラ」の歌がよかったのは、地声で歌ってたからだ。
長澤まさみがCDを出しているか調べる気もないが、仮に出してたとしても、この人は女優にカテゴライズされる人であり、断じて歌手ではない。
女優が歌う、とするなら歌声は極力地声に近い方がいいのである。たとえばミュージカルを演じる時など、歌声と地声が近ければ近いほど自然に見られる。

昭和初年期、のちに「東京ブギウギ」などのヒットを飛ばした笠置シズ子が、名伯楽となった服部良一と出会った時、まずいわれたのが「地声で歌え」だったそうだ。
地声で歌うことは声帯を痛めにくいし、何より感情を込めやすい。実際笠置シズ子は、限りなく地声に近い声で歌うことにより仕事の幅を増やしたし、「買物ブギ」のようなセリフとも歌唱ともつかぬ摩訶不思議な歌詞を、聴いている人が違和感なく歌えたのである。
声の善し悪しは、まあこれは、もうどうしようもないわけで(笠置シズ子だってけして誉められた声質ではない)、問題はどれだけ地声に近い部分でセリフをいったり歌ったりできるかが重要じゃないか。

長澤まさみにはそういう開き直りは感じる。下手口調であろうが、こういう声なんだからそれを活かさない手はない、ある種のしたたかさといえばいいか、「値ぶみカメラ」のラストの歌からそういうのを猛烈に感じた。
しかし年齢を重ねて、かわいい役ができなくなった時にどうするか。もしそこでも開き直ることができれば本物だと思う。
ただ水森亜土みたいになる可能性もあるわけで、うまくいくかどうか自分は知らない。

2009年3月31日火曜日

紀香

たまに信じられないくらい予想が当たることがあるか、もしかしたら自分は予知能力者なのかもと思うと夜も眠れない。

「ツレがうつになりまして。」がドラマ化されるそうだ。正編と続編、ともに楽しく、というか役に立たせてもらったので、まずはめでたい。(といっても自分がうつになったわけじゃないが)
何となく、いや必ずこれはドラマ化するんじゃないかと思ってた。しかしNHK制作とは驚いた。てっきり民放の2時間枠でやるんじゃないかと思ってたんで。
んで藤原紀香である。これは全然驚かなかった。信じられないかもしれないが、もしドラマ化されるなら絶対藤原紀香が主演すると思っていたからである。
何の根拠もない。漫画のキャラクターとも細川貂々ともまったく似ていないのだが、絶対藤原紀香がやるよ、見てみな、と思ってたら案の定である。

案の定といえば藤原紀香離婚後初ドラマということでそっちばっかり取り上げられているが、このドラマに出る出ないに関わらず、もしかしたら藤原紀香は大女優になるかもしれない。
え?と思われて当然。藤原紀香に演技面ではまったく能力が見られないのはわかってる。しかし大女優=演技力の長けた、ではないのだ。実際大女優といわれてる人でも演技力が弱い人は結構いる。
しかし、何というか、この人「存在感」だけは滅茶苦茶あるのですね。
昔「クイズ!紳助くん」のアシスタントをやってた頃、全然無名の頃だったし、役割もないに等しいのに、奇妙な存在感だけはあって、何だか変に目立っていた。
だいぶ経ってから「スタアの恋」というドラマがあった。このドラマで藤原紀香はずばり大女優役だったのだが、その存在感のおかげか、大女優といわれてもあまり違和感はなかった。

何だか悪口みたいだが、それほど美人でもない、ナイスバディといわれるが実は顔が大きい、かといって色気にも乏しい、そして演技力は先ほど書いた通り、と何のプラス材料もない中で、存在感だけは突出している。
よくよく考えてみると、大女優といわれる人は、とにかく存在感が半端じゃない。スクリーン越しにググッと迫ってくるような迫力が大女優にはある。芯(主役)になれるのはこういう人たちだ。
逆にいえばどれだけ美人で演技力に長けていても、存在感が薄くては、いくら脇で重宝されても芯にはなれない。つまり大女優にはなれないのである。

もし「藤原紀香は大女優になれますか?」と問われれば「その器はありますよ」と答えるしかないのだ。
ま、今の時代、大女優になれたから何だって話もあるが。それにあくまで可能性があるだけの話で、本当にそうなれるかどうかは知らない。

2009年3月30日月曜日

若槻

ドラマなんかを見ているとプロデューサー連の頭が硬直化してるんじゃないかと考えてしまって夜も眠れない。

先日久しぶりに若槻千夏がテレビにでているのを見た。
もう最近はバラエティそのものを見なくなっており、たまたまテレビをつけたらでていたのだが、そういえば一時休養とかしてたんじゃなかったっけと思い出した。
自分は昔から若槻千夏という人を買っており、空気を読みながらも強引に押し通すところは押し通す、タレントとしての力量を持ってる人だなと見ていた。
もっとも認めているのはそういう部分だけで、いわゆるグラビアアイドルとしての若槻千夏には何の興味もない。興味がないどころか、むしろ好ましくない顔立ちである。
じゃあ目の前に若槻千夏がいても何の関心もないのかというとちょっと違う。何というか、この人、テレビ越しにも伝わってくるぐらい、独特の哀愁を感じるのだ。特に休養宣言か何かして、先日テレビで見た時の方が以前より哀愁が増しているような気がした。
見ていた番組 ーはっきりいえばぷっすまなのだがー の中でも占い師におおざっぱな考え方をする人と指摘されていたが、自分もおそらくそういう人なんじゃないかと睨んでいる。
しかし一方でやたらと繊細な部分も見え、かなり微妙なバランスの上に成り立ってる人のような気がする。

ものすごくフシギなのだが、何故こういう味をバラエティの中だけで閉じこめておくのだろう。もし自分がプロデューサーなら絶対にドラマに使ってみたくなる。
それは演技力の問題というかもしれないが、正直演技力なんかほとんど関係ない。周りに達者な人を配して、下手が目立たない、というか下手だからこそ個性が際だつような役を割り振れば、今の日本にはあまりいないユニークな女優になるんじゃないか。
とにかくこれだけ哀愁を感じる、しかも変なストイックさもない、繊細で大胆な個性を持った人はそうはいないのだから活かさない手はないと思う。

実際にそうなるかはプロデューサーの感覚次第だ。何だか昨今のドラマは「キャスティングを見ただけで見たくなくなる」作品が多いのだ。もうある種の意外性のあるキャスティングができなくなってる。
もちろん若槻千夏本人がそういう方向性を望んでいるかという問題もあるが、どれだけ成功するかは知らないまでも、まだ女優の方が可能性が広いような気がする。

2009年3月28日土曜日

脳内イメージ

たしかこんな感じだったような気がするんだけど、実際どうだったか気になって夜も眠れない、なんてことは断じてない。

話は朝の連続テレビ小説のことである。タイトルは・・・何だっけか。まあタイトルなんかどうでもいいや。
見てなかった人のために簡単に説明すると、これは島根の純朴で何の取り柄もない青年が童貞を失うまでの話である。
主人公の名前は丹波。一部からは丹波リンの愛称で親しまれている。この丹波リンが幼なじみの双子の姉妹の片割れに恋をし、やがてもうひとりの、祇園で芸妓の修行に励む双子の片割れ、さらに後輩のノッポくんを交えて4人でバンドを始める・・・。
でもこんなのはサイドストーリーでしかなく、何といっても主人公の丹波リンが童貞であることを理由に社会から理不尽な目に合う、それがメインテーマである。
特に感動的だったのが丹波リンの決めゼリフ「童貞だって人間だガ!」感情を高ぶらせて松江弁で激白するこのセリフは多くの人々の涙をさそったに違いない。
彼にアドバイスをおくるのが、能面のように無表情で、感情はすべて首の傾け方で表す男、イシバシである。
丹波リンの激白にもイシバシは顔色ひとつ変えずこう切り返す。
「いい加減目を覚ますんだ丹波!今の日本では童貞は人間扱いされないんだ!キミぐらいのトシで童貞だと、世間からは何の魅力も能力もない、そういう認識しかされないんだ!」

丹波リンは何とか童貞脱出を計ろうとする。が、それはことごとく失敗に終わる。ついに意を決して風俗に行くが、風俗嬢にこっぴどく馬鹿にされ、またしても童貞脱出は失敗に終わる。
しかしそんな丹波リンにもついに春がくることになる。初恋の相手でない方の双子の片割れ(芸妓の方)にプロポーズし、それが受け入れられたのだ。
初夜が待ちきれず、何をやっても手につかない丹波リン。そしてついに結婚式当日を迎える。
が、ここまで来て最大の問題が発生する。
今や何故か世界的なギターリストとなったかつてのバンド仲間の後輩に
「先輩、まさかとは思いますが、当然やり方は知ってますよね?」
と聞かれた丹波リン、自信満々に
「当たり前だガ!昨日もビデオで予習しただガ!まかせてゴシナイ!」
「ビ、ビデオってまさかアダル・・・」
そう、丹波リンはAVそのままのプレイをすればいいと思ってたのだ。
果たして丹波リンは無事童貞を脱出できるのか・・・・。

---------------------------------------------------

・・・やっぱ面白くないな。自分の能力のせいもあるけど、骨格がここまでダメだと面白くするのは至難の業だ。
最後の方、あきらかに台本に手が入ってたけど、手を入れた人、大変だったろうな。勝手に話を変えて書いてみてつくづく思った。
おそらくあの台本をいくら変えても面白くするのは困難だろう。てか本当にできるのか。知らんけど。

2009年3月27日金曜日

正論

正論で責めてくる奴ほどタチの悪いのはないと思う。とか考えると夜も眠れない。(そろそろこの書き出しも無理がでてきたな・・・)

日本がWBCで優勝したことはまことにめでたい。自分も一野球ファンとして心から代表メンバーを祝福したい。
こんな時に大会そのものや原監督の采配についてとやかくいうのは野暮というか、水を差す行為でしかないのだが、たぶんwebや週刊誌ではそういう意見がまかり通るのだろう。
特に馬鹿騒ぎする国民を冷笑する奴らっていったい何なんだ。いいじゃねーか。テメーらが嫌いなのは勝手だが、マツリゴトを批判しだすとキリがねえよ。
「野球ごときに馬鹿騒ぎしてる時か。日本は今大変な経済的危機的状況にあるんだ」なんてわかってんだよ。自分なんか仕事柄、不況を通り越した大恐慌のせいで、実際いくつか大きな仕事が飛んで大打撃を受けてんだよ。
こういう正論(と自分は思ってる)に何の意味もない。一種のスノッブというかハシカみたいなもんだと思って、そういう輩を相手にしないのが一番だ。

さて正論といえば最近元西武ライオンズ監督の森祗晶の「野球力再生」という本を、パラパラとであるが読んだ。
森祗晶は野村克也よりよほど狡猾で、しかも慎重、迂闊なことはあまりいわないイメージだが、横浜ベイスターズにTBSが介入して無茶苦茶になった等、かなりぶっちゃけていて面白かった。
この本の中で、WBCの監督が原辰徳に決まるまでの矛盾点やプレーオフの問題点を指摘しており、これがいちいちもっともだと頷けるものばかりだった。
ただひとつ気になる点があった。中にやたら「正論」という言葉がでてくるのである。
それをいえばこの本自体が正論のカタマリである。細かい指摘まで一縷の隙も見えない。
だからか、面白いことは面白いのだが、肩がこってしまう。
まあ主張に「しつこさ」みたいなのはないので不快ではないんだけどね。てか気づいたんだけど、結局正論をいう人ほどしつこいんだな。その論理を他人に強要してくるみたいな感じになってしまうことが多い。

だから自分は正論が嫌いなんだ。正論をいうのが悪いんじゃない。正論を盾に自分の考えを押しつけてくるのが嫌なんだ。
でもそのことをあんまり主張しすぎると、今度はこっちが強要してるみたいになるし・・・難しいもんだ。
え?WBCの話はどこいったって?知らん知らんわしゃ知らんぞ!

2009年3月23日月曜日

先入観

元々記憶力が悪い方だが、最近は特に酷くなってきている。こんな調子でこの先大丈夫なのだろうかと考えると夜も眠れない。

「覚えていない」ならまだいい。問題なのは記憶違いが発生しているのである。まあいや、過去の記憶を改竄していることになる。これはマズい。
しかしそもそもその時点できちんと事態を認識していたかというと怪しい。どうも先入観というのが強くて、はじめっから間違えて記憶していた可能性すらある。

しょーもない話を書く。
昔「アタックNo1」というテレビアニメがあった。自分の年齢だとリアルタイムで見れるわけないのでおそらく再放送で見たのだろう。何故か自分の住む関西地区ではよく再放送をやってた。
このアニメの中に「みどり」というキャラクターが登場する。
自分はてっきりこの子を主人公のライバルというか、意地悪なキャラだと思いこんでいた。
ところがある程度大人になってから見返すと、これが全然違うのである。
たしかにごく初期はそういう兆候は見られる。しかしわりとすぐ主人公であるこずえと仲良くなって、以後はチーム内でもっとも信頼できるプレーヤーとして、そしてふたりは親友になっていく。
これはいったいどういうことだろう。そんなに初期のイメージが強かったのか?いや、どうもそうではなさそうだ。
みどりのキャラクターデザインは、こずえ他に比べるとかなり性格がキツい感じになっている。そう、おそらく見た目だけで「こいつはヤな奴に違いない」と思ったのだろう。

もう一本、よく「アタックNo1」と混同される「サインはV」でも同様の勘違いをしていて、中山麻里を意地悪役だと思ってた。これも中山麻里の顔のせいだ。

人間見た目じゃないとかいうのは何も異性に対してのことじゃない。フィクションでさえ、見た目で判断する、というか決めつけてる。現実世界じゃもっと見た目で判断してるに違いない。

記憶力はますます悪くなっている。だったらせめて見た目で決めつけるとか、初動の失敗を減らしていかなければ、はたからみればタチの悪い嘘をつく人間になってしまいそうだ。
はたしてうまくいくかどうか。もしできなければ30年後どういう扱いになっているか、知らない知らない知らない。

2009年3月22日日曜日

回転寿司

銀座にあるような超高級寿司店の寿司って本当にそれだけおいしいのだろうかと考えると夜も眠れない。

回転寿司なんてもんは値段もそれなりなら味もそれなりで、まあそれでも時たま行くのは、寿司というメニューが食べたいからである。
しかし季節によっては結構脂の乗ったネタなんかも廻ってきたりするし、なにより財布と相談しながら食える(それも結構腹一杯)のが助かる。
では今まで行った最高の回転寿司と問われれば、断然ア○ムボーイということになる。
と書くととんでもない味覚音痴に思われるかもしれない。ア○ムボーイといえば、正直かなり評判が悪く、個人的な記憶でもカピカピに表面が乾燥したネタかサラダの軍艦しか廻っていない、みたいな印象だった。
しかし「そこ」のア○ムボーイは違う。「そこ」とはどこなのかあえて書かない。しかも今は店名が変わってしまっている。
「そこ」は魚がうまいことで知られる某市にある。当然客は魚に関しては異様に舌の肥えた人たちばかりなのだが、そういう人が絶賛する、そういう店なのだ。
値段も回転寿司にしてはお高いが、それでもカウンターに座る店に比べるとはるかにリーズナブルで、一応財布の中身を計算しながら食うことができる。

回転寿司というからには皿が廻っているのだけれども、実際はほとんど廻っていない。だからいちいち食べたいネタを注文する。すると職人さんが握ってくれる。

これがうまいのうまくないの。どっちやねん。わからん人はほっていきますよ。義務教育やないねんからね。ツルルッツ、ギョッギョッ。

自分は冒頭に書いたような銀座の超高級寿司店にこそ行ったことはないが、年相応にそれなりの寿司屋には行ったことがある。しかもかつては二年程度ながらも某配達専門の寿司屋でバイトをしていた経験もあり、ある程度はいいネタかどうか峻別することはできるつもりだ。
でも「そこ」は特別だ。時間さえあれば東京にある、それなりのランクの寿司店に行くより、新幹線を乗り継いででも某市にある旧ア○ムボーイに行った方が価値があるような気さえする。旅費を考えてもかかる費用はあまり変わらないはずだ。

これはまさしく「価値がある」ということだろう。これほど至福を味わえる、しばらくは余韻を味わえる店を他に知らない。

2009年3月19日木曜日

クソまじめ

最近こんなタイトルのエントリを別のどっかで書いた気もするが、気にしてもしょうがないのでこのままいく。・・・・いや、これじゃ始められないので体裁で、やっぱり気になって夜も眠れない。

以前「俺たちの朝」について書いたが、小倉一郎演じるチューの姉役で日色ともゑが出ていた。
とにかくこの人、クソまじめというか、頭の固い、融通のきかなさそうな役をやらせたら天下一品である。
舞台も見に行ったことがないし、出演ドラマもチェックしているわけじゃないが、自分の知ってる限り、たいていこの人の演じる役はこれに準じている。
たとえば犯人役だったとしてもまじめが仇になって・・・みたいな感じで、心底の悪女なんて見たことがない。
もちろん達者な女優だから、もしそんな役をやってもそれなりにこなすに違いない。
でも・・・やっぱり合うとは思えない。もう根っから、沸き立つようなまじめさというか、頭の固さが全身から漂っている。
もし機会があるなら、日色ともゑと一度話してみたいと思う。あくまで役柄だけで意外とフランクな人なのだろうか。
それとも役通りに、ああいう人なのだろうか。

ここ何回か女優さんとかタレントさんについて書いてきたが、三原葉子や渥美マリ、そして楠田枝里子とも全然タイプが違う。ある意味一番遠慮したいタイプではある。
もっともブラウン管越しにそんなことを決めつけるのは無理があるに決まってる。実際の人柄と演じるキャラクターが全然違うなんてことは珍しくない。
(あの上沼恵美子がふだんは無口でほとんどしゃべらないというのは少し信じられないが。ビートたけしはまだ信じれるけど)

でもまあやっぱり醸し出す雰囲気ってのもあるわけで、もしコンパで日色ともゑのような人が来たら、そそくさと帰ってしまうだろう、自分は。本当の性格とか関係なくね。
もし目当ての子がいても、少しでも踏み外したような言動をしようものならどれだけ糾弾されるかわかったもんじゃない。
すんません、すべて不真面目な私が悪うございました、なんてあやまりたくないもん。何も悪いことしてないのに。帰るよ、マジで。残されたメンツのことなんか知ったこっちゃない。

2009年3月10日火曜日

やらしい女優

こんなタイトルで妙な期待をさせてしまったらどうしようと考えると夜も眠れない。

昔の邦画を見てると「やらしい」としか形容しようがない女優が結構でてくる。
たとえば新東宝でいえば三原葉子とか東宝でいえば北あけみとか、大映でいえば渥美マリとか。
これらの女優はたいてい話のアクセントというか、主人公を誘惑するような役ででてくる。まあ渥美マリはちょっと違うが、あれはそっち側を主役にしただけで、基本は一緒だ。
これらの女優はみんなたいして美人ではない。体型も今見るといいとは言い難く、三原葉子はかなり腹がでてるし、渥美マリは意外と胸がない。
しかし、とにかくやらしいのである。そういう役だから、ではなく、もっと本能を刺激する部分で存在そのものがやらしいのだ。
よくいえばコケティッシュ、悪くいえばオナペッ・・・いややめとく。

これはこないだ書いた楠田枝里子の反対のパターンで、絶世の美女はやらしいとか超越してしまって異性としての魅力を感じづらい。しかし先にあげた人たちは顔も美形ではなくスタイルもよくない。だからこそやらしいのだ。
そりゃ女性と生まれたからには少しでも美しくなりたいと思うのは当然だろう。(ま、楠田枝里子は行き過ぎだろうけど)
しかし男性が本能的に望んでいるのは「やらしい」女性なのだ。これは顔もスタイルもたいして関係ない。そこそこレベルで十分だ。
では何が必要かといえば、いい意味での下品さがいる。三原葉子も北あけみも渥美マリも、いっちゃ悪いが下品な香りがする。それは言葉遣いや人格の問題ではなく、醸し出す雰囲気が下品なのだ。

今こういう女優はほとんどいない。その意味で鈴木砂羽にはちょっと期待していた。
実質デビュー作である「愛の新世界」の彼女は、実に下品なやらしさを醸し出していた。
その後本格女優っぽくなって、某朝ドラで母親役とかやってるが、この人の持ち味は元来「下品なやらしさ」ではないか。

そういや松坂慶子も子役からあがってしばらくは「下品なやらしさ」を持ってたが、やっぱり本格女優っぽくなってしまった。
鈴木砂羽も松坂慶子とまではいかないまでも、そういう路線になってしまうには惜しい人材である。せっかく今の時代には唯一無二の個性があるのだからそっちをもっとやってほしい。だからといってそっちの方が売れるかは自分は知らない。

2009年3月2日月曜日

絶世の美女

が目の前にいたら、自分は一体どんな反応を示すのだろうかと考えると夜も眠れない。

先日さんまが司会をやってたバラエティ特番を見てたら、最後の方に楠田枝里子がでてきた。
もう誰もそんなことをいわないのでここで書いてしまうが、楠田枝里子こそまさに絶世の美女だと思う。
かなりの妙齢のはずだが、あまり衰えは見られず、顔的にも体型的にも若い頃と印象が変わらないのが凄い。
しかし本当に、楠田枝里子を「絶世の美女」とかいったりしてる人を見たことがない。「好きなタイプ:楠田枝里子」なんて人も知らない。
それは色気がないからだろ、という向きもあろうが、では女性の側から「憧れの女性は楠田枝里子さんです」なんてのも聞いたことがない。
十分クールビューティー(いや、キャラはともかく)と呼べるだけの美貌を持っているにも関わらず、である。

これは近年に限らず、テレビに出始めた頃から彼女はすでに「美女」的な扱いはなく、ロボット扱いだった。いや、ロボットというよりアンドロイドといった方がいいか。
特に女性の場合はそうなのかもしれないが、完璧な美人には案外美人と感じないのかもしれない。
自分だってそうだ。楠田枝里子って実は絶世の美女じゃねえの?と思う反面、たとえ30歳若かったとしても絶対に恋愛の対象に入るタイプじゃないし、異性としての興味は皆無といっていい。

あのキャラだから売れたんだといわれればそれまで。実際本当にクールビューティーなキャラで売ったとして、クレオパトラぐらいしか役どころがないだろうし。
しかしなあ、やっぱりもったいない気もする。実はあれだけの美貌で売れた女優さんって自分は知らないし。

2009年2月27日金曜日

朝ドラ

今回はちょっと長くなりそうなんで、ちゃんと最後まで読んでくれる人がいるのだろうかと考えると夜も眠れない。

うちの実家は朝ドラを見る習慣がなかった。だからあれだけ話題にもなり視聴率もとった「おしん」すら、ただの一回も見たことがない。
大人になっても朝ドラへの興味は変わらなかった。「ふたりっ子」や「ちゅらさん」などはおもしろいという評判は聞いていたが、それでも関心を持つことはなかった。

風向きが変わったのは「芋たこなんきん」からである。
これは名優・藤山直美が主演ということで、かなり興味をそそられた。(藤山直美は名女優というより名優といった方がしっくりくる)
実際、藤山直美と國村隼との掛け合いは抜群におもしろく、攻めの藤山直美を國村隼がさらりと受け止める。このコンビ芸のおかげで楽しいこと無類だったが、モデルが実在の人物ということもあって、基本的に話は転がらない。
火野正平や城島茂もよかったんだけど、ストーリーに関心が行きづらい設定上、どうしても主演のふたりだけを見る、という偏った視聴になってしまった。
だから、かどうかはわからないが、「芋たこなんきん」に関しては、とてもじゃないが熱心な視聴者ではなかった。その時間にテレビの前にいればチャンネルを合わせる、といった程度である。
次の「どんど晴れ」は、主役の女の子がどう見ても朝ドラの主役っぽくないことや、舞台が東北の旅館ということもあって見るのが遠慮気味になってしまった。

さて「ちりとてちん」である。これは「芋たこなんきん」と同じBK(大阪放送局)制作であり、舞台となる福井県小浜市は知人がいることもあり何度か訪れたことがある懐かしい街である。
だから放送一回目から丹念に見ていたのだが、これは本当にぶったまげた。朝ドラの枠を大きく踏み外していないにもかかわらず、どうしようもないぐらいおもしろい。
とにかく精細な伏線を張っており、話が進むにつれ伏線が見事に「昇華」されていく。
役者面でいえば、見る前は二大不安材料だった和久井映見と渡瀬恒彦が実にすばらしく、足を引っ張るどころかドラマをぐいぐい引っ張っていった。

「瞳」は「ちりとてちん」ほどではないが、それなりには見た。まあこれはすべての面で地味すぎた。配役に何のひねりもなく、適材適所といえばそうなのだが、ハマりすぎるとかえって印象がなくなってしまう。

さあここからだ。やっと本題に入れる。今やってる「だんだん」のことである。
いろんなところで指摘されているように、出だしは悪くなかった。「ちりとてちん」には劣るが、「瞳」よりはだいぶマシ、さすがBK制作だなと思わされた。
配役も吉田栄作を父親、それもシジミ漁師役で使うのはうまいと思ったし。
ところが、どこをどう間違ったか、途中から滅茶苦茶なドラマになってしまった。
おもしろくない、のではない。ドラマとして成立していないのである。

ややこしいので箇条書きにする。
・キャラクターの心情の伏線がまったくない。続けてみているはずなのに、あれ?二三回飛ばしたか?と思ってしまうことがしばしば。
・肝心なストーリーをすべてナレーションもしくはキャラクターにセリフで説明させる。
・季節感ゼロ。夏だろうが冬だろうが服装は変わらず、大晦日という設定の話でさえそれらしい描写は皆無。
・双子が主役や歌手になる設定もまったく活かされていない。
・どうでもいい伏線は張ってあるが、ただ「消化」してるだけ。しかも肝心な部分の伏線は一切ない。

書き出せばキリがないのでこの辺にしておくが、原因のほとんどは脚本にある。いや、これは脚本とすら呼べない代物である。
そもそもストーリーのアウトライン自体は古典であって、「ふたりのロッテ」でも、ピーナッツが主演した「私と私」でも、山口百恵がやった「古都」でも、原典はいくらでも見つかるのである。そんな手堅い話をここまでヒドいものにできるのは、森脇京子、あんたのせいだよ。
特に二番目の、ストーリー上重要なことをナレーションかセリフで語らせるなんで、ちょっと脚本を勉強した人なら絶対にやっちゃいけない基本だとわかるはずだ。
鈴木砂羽が「スタジオパーク」に出た時、やんわりと脚本のヒドさを指摘したそうだが当然だろう。おそらく出ていた役者全員、ここまでヒドい脚本は初めてだったろうし、自分も「おもしろくないドラマ」は数多く見たが、ここまで最悪なドラマは初めてだった。
だからもう役者の人たちがかわいそうでしかたがなかった。みんな本当にがんばってるんだけど、やればやるほどドツボにハマる台本、とでも申しましょうか。

このドラマのテーマは(なにしろあまりにもヒドいので読みとるのが困難なのだが)おそらく主題歌のタイトル通り「縁の糸」なのだろう。脚本家は「どうだ、まさかこんな展開になるとは思うまい」と思って書いてるのかもしれないが、何の伏線もなく、ただ強引に結びついたキャラクターの話に「ああ、運命の糸で導かれたんだな」とか思うわけねーだろ!

そういえばこの度「だんだん」が舞台になるそうだ。いやもうこれはNHKの尻拭いとしか思えない。ベテラン陣やマナカナはともかく、初めてといってもいい大役の石橋役の山口翔悟などはこれが致命傷になりかねないぐらい支離滅裂な役に相当苦しんだと思う。
(同じくまだ役者としての技量の足りなかった、「ちりとてちん」に出ていた 青木崇高は技量に沿った適役を与えられたのと正反対である)
これじゃあまりもかわいそうだ。かわいそうすぎる。だからこその舞台化だろう。もうそうとしか思えない。
しかし舞台にするにしろ何にしろ脚本家を変えないことにはどうしようもない。もっと傷口を広げるのがオチだ。まあ脚本家を変えたからってうまくいくかどうか自分は知らないが。

2009年2月19日木曜日

相撲

相撲のことを考えると夜も眠れない、という状態になったことは一度もない。

久しぶりの更新だが気にせず書く。
これでも子供の頃は人並みに相撲を楽しんでいた。
ま、楽しんだレベルであって、熱中した、ではないんだけど、場所中は夕方になるとNHKにチャンネルを合わせたクチだ。
大人になってからはほとんど見なくなったのだが、これは周りに相撲を見ている人がいない、というのが大きい。
嫌いではないが大好きでもない。こういう場合、会話として盛り上がれるというのは大きなプラスアルファになる。
サッカーのワールドカップなんかいい例だ。しかしいろいろ事情があって最近代表の試合は見てないのだが、それはまた別の話。
周りに相撲好きな人がいない、よく考えてみればわりと当たり前なのかもしれない。

大相撲は年に6回、15日間行われる。日曜日からはじまり、翌々週の日曜日に終わる。
つまりだ、15日のうち、10日は平日に行われていることになる。
しかも幕内の取り組みはだいたい16時から18時の間。
よく考える必要はないだろう。平日の夕方に誰がテレビを見れるというのだ。
勤め人は職種にもよるが、まず無理。ラジオが関の山だろう。しかしサッカー同様、相撲のラジオ中継は何がなんだかわからない。
自営業者なら見れるかもしれないが、これまた職種によるが、商店の場合はカキイレ時である。ゆっくり観戦できるなんて、道楽でやってる人に限られるだろう。
専業主婦なら見れるかもしれないが、そもそも相撲は女性向きじゃない。
じゃあ録画して、といってもスポーツを生で見ず録画なんてよほどのファンがやる行為だ。

そう見る機会があるわけじゃないが、相撲がつまらなくなった、とは思わない。
スター不在なんていわれるけど、朝青龍なんて立派なスターじゃないか(悪役だけど)
結局相撲も、歌舞伎なんかと同じジャンルに入ってしまうのだろうか。ある種のマニアのものになってしまうのだろうか。
歌舞伎だって昭和30年代までは有名な話は子供でも知っていたらしいし、コントでもよく歌舞伎ネタのパロディが取り上げられていたそうだ。
元ネタが知れ渡っているからパロディをやっても成立するわけで、では今、相撲ネタをやってコントが成立するかと考えると難しい。
相撲ほど単純明快なスポーツはない。だから最低限のルールぐらいはまだ結構な人が知ってると思うけど、パロディとして成立するには、たとえば幕内力士(三役以上でもいい)の得意手や、行司のひとりふたりの名前がソラで出てくるぐらいの知識が観客側に必要になってくる。

別に歌舞伎の仲間になりたいならそれでもいい。でも、「伝統芸能」ではなく「スポーツ」であるなら、ちょっとマズいんじゃいかと思うんだけどね。

一度伝統芸能に入ってしまうと抜けられなくなってしまうと思う。猿之助ががんばってもあんなもんだし。抜け出せた例を知らない。

2009年2月4日水曜日

淡いオレンジ

意外な出会いがまた今度いつくるかと思うと夜も眠れない。

といっても艶っぽい話ではない。映画の話である。
その映画を初めて観る時、期待値が高ければハードルが上がるのは当然で、逆もまた然り。
全然期待していない映画が思いの外面白かったりすると、とんでもなくうれしくなってしまう。
先日、友人に薦められるがままに「オレンジロード急行」を観た。
以前書いた通り、邦画は好きなのだが、この辺の年代の映画はまったく眼中にない。
しかしこの映画に限ってはいい意味で期待を裏切られた。
いやー、面白かった!
全然好きなタイプの映画じゃないし、おそらく友人の薦めがなければ一生観ない作品だったろうに。

正直出だしの無声映画っぽいシーンを観た時はダメかもしれないと。何というか、ああいうあざといのが苦手なんですな。いかにも1970年代後半の映画ってニオイがね。鼻につくっつーか。
でもその後は快調そのもの。原田芳雄の怪演もいいし、こういうキャスティング自体あまり好きでないけど、ま、当然ながらアラカンもさすがの出来。
その代わりといっちゃなんだけど、森本レオや小倉一郎といった、芸達者だけど主役を張れないタイプのふたりをメインキャストにしたのはうまいなあと思いましたね。
でもこの映画、役者がどうこう語るたぐいの映画じゃない。というぐらいあくまで監督による監督のための映画。
大森一樹はね、好きとか嫌いとかじゃなくて興味がない監督の典型なんだけどね。フィルモグラフィを見ても「あ、あれもそうなんだ」って感じで。
何ちゅうか、この人の作品って自己主張は強めなんだけど、色が淡い(絵的にではなく)印象しかなくて。
「オレンジロード急行」も商業映画初監督作品にして、やっぱり淡いんだけど、題材もそうだし、時代背景も含めて「淡さ」といいマッチングができた、そんな気がする。

さっきも書いたように基本的には大森一樹には興味がないんで、もしかしたらもっといいマッチングの作品があるのかもしれないけど、ま、自分は知らない。

2009年1月31日土曜日

考えるな

考えて考えて、それで本当に良い結果がでるのだろうかと考えると夜も眠れない。

楽天イーグルスのスローガンが「氣」になったそうだ。去年が「考えて野球せぇ!」だったから180度方向転換したといえる。
考えたのはもちろん野村克也監督。なぜこうも違う方針を打ち出したか、そもそも考えて野球するということに無理があったように思う。
まだ「考えて練習せぇ!」ならわかる。しかし実戦中に考えてたら余計なミスが増えるだけじゃないか。
人間一度に多くのことは考えられない。考えることが増えれば増えるほどミスをしてしまう確率が高くなってしまう。
じゃあどうすればいいのか、これは簡単だ。実戦で考えなくても様々なことが実行できればいいわけだ。
そのためにはどうしても練習というものが必要になってくる。つまりは「こういう状況の時はこういう風にする」というのを身体に覚え込ませるわけだ。
考えて行動するんじゃなくて、いわば条件反射のような形で行動する。この方が絶対的にミスは減る。

自動車の運転にたとえるとわかりやすい。最近は減ってきたが、マニュアル車を運転する場合。
まずクラッチを踏む。次にギアを変える。クラッチを離す。厳密にいえば回転数を合わせてやって半クラッチでつないでやる。
こんなことを頭で考えながらやったって到底うまくいかない。ところが何度も何度も練習しているうちに条件反射でできるようになってしまう。
路地に入る時も同じだ。スピードを落として路地の角にあるミラーを確認しながら進む。これも考えながらでは、逆に咄嗟の判断ができなくなる。
あまり考えてないから、何か唐突な出来事、たとえば人や自転車が急に飛び出してきても対応できる。脳味噌に余裕があるからだ。
運転に頭がいっぱいな人の車には同乗したくない。逆に助手席の人とおしゃべりする余裕のある人の車には安心して同乗することができる。

そう、実戦で考えちゃダメなのだ。百戦錬磨の野村監督がそんなことも気づかなかったのは解せない。いや、ヤクルトの監督をやってた頃まではID野球とか標榜しながら、実際は「(相手に)考えさせる野球」をやってたような気がする。
相手に余計なことを考えさせてミスを誘発する、それが野村野球だと思っていたのだが。

相手に考えさせることで勝つチームならあったと思うが、自分とこで実戦中に考え込んでしまって勝てるチームなんて自分はあまり知らない。

2009年1月28日水曜日

俺たちの朝

手を抜いちゃいけないとこで手を抜くってのは、結局力の入れどころがわかってないからなんだろうか、とか考えると夜も眠れない。

今、ファミリー劇場で「俺たちの朝」をやってる。はじめて見たのは中学生の時。たしか関西テレビで深夜に再放送をやってたはずだけど、これがもう、面白いというより、すごい影響を受けたというかね。
それからン十年。あらためて見返してみると、やっぱりすごいドラマだなと今更ながら感服する。
高校生の時に、前作ともいえる(製作会社が違うけど)「俺たちの旅」にもハマって、でも10年後とか20年後とか作られる度に、どんどん嫌になっていったというか、本編への思い入れも削がれるようだった。
「俺たちの朝」は変な続編とか作られず、逆に永遠の命をあたえられたような気がする。

このドラマの舞台は鎌倉・湘南といった、いわゆる江ノ電沿線。このドラマのおかげで江ノ電が廃線にならずに済んだという話は有名だ。
まあそれはいいとして、昔、一時期湘南に住んでたことがあって、今でも時たま行くことがあるんだけど、すごい丹念にロケしてるってわかるのね。もちろんだいぶ変わっちゃったんだけど、それでも「あ、あれはあの辺りだな」とかわかってしまう。
去年だったか、織田裕二が、ほれ、アイラーブベイベーとか歌ってたドラマがあったでしょ。あれも湘南が舞台なんだけど、これって絶対湘南でロケしてねーよみたいなとこが頻発してたからね。
ホント、ちゃんとロケしろよ。てかロケハンすらしてねーだろ。許可がおりるとか役者のスケジュールの都合なんて関係ない。そういうことが如実に完成度をさげるんだから。
それは置いておいて「俺たちの朝」ってドラマ、というか作劇としてもよくできてる。役者の技量というよりもやっぱり脚本がちゃんとしているのが大きい。
いずれちゃんと書くつもりだけど、登場人物の心情を無視したり、絵で見せることを放棄してナレーションとかで話を進める、現在放送中の某朝ドラとかとは全然違う。
もうね、脚本家を含めたドラマの作り手が「力のいれどころ」ってのがわかってない、いや、キチンと伝承されてないんじゃないかという気がする。
やるべきことをやってないと「奇抜な設定」も「現代性(旬の役者を揃えることも含めて)」も意味ををなしてこないと思うんだけど。

何だか愚痴っぽくなってしまったけど、今放送されているドラマで「俺たちの朝」ほど「力のいれどころ」がわかっているドラマを自分は知らない。

2009年1月27日火曜日

特技

どうしても「特技」と聞くと円谷英二を思い出してしまう人を自分は・・・これじゃ終わってしまうじゃないかと考えると夜も眠れない。

こないだ書いた「趣味・映画鑑賞」の「特技・パソコン」版である。
大昔、まだマイコンなんていう呼び習わしをしてた時代、特技なんて答えようと思えば、BASICでプログラムが書ける程度じゃだめで、マシン語を使ってゴリゴリ書けないととてもじゃないけど特技とはいえなかった気がする。
いつしか呼び名がマイコンからパソコンに代わり、90年代に入る頃には、パソコンを使えるイコールプログラムが書ける、ではなく、ソフトが使いこなせる、に変わっていった。パソコンは電子ブロックの仲間から、ビデオデッキとかの仲間になった瞬間である。
パソコンのソフトプレーヤー化はマックとファミコンが果たした役割が大きいと考えるが、それはまた別の話。
今ではソフトが使いこなせるイコール特技・パソコンになった、といい。いや、やっぱりよくない。
たとえばCADソフトやDTPソフト(アドビのやつ)、DTV、DTMなどが使いこなせる人って「特技・パソコン」ではなく「特技・CAD操作」なりDTPなりじゃないのかね。
が、これらができるのは「十分条件」ではないものの「必要条件」には違いない。
それにやっぱり「特技・パソコン」というからにはプログラムが書けるぐらいでないと話にならないんじゃないだろうか。
ところがプログラムといってもいろいろあって、Windows用アプリケーションもそうだし、ケータイ用JAVAアプリも然り。PHPなんかのWEBアプリも立派なプログラムだ。
それを言い出すとスクリプト程度ならどうなんだ、とか、エクセルのマクロとかは、とかいくらでもいえるが、問題はそこじゃない。
はたして数あるアプリケーション、それこそCADとかDTPとかのソフトをすべて完璧に使いこなすことができて、しかもWindows用、Mac用、Linux用のアプリが書けて、当然JAVAアプリなんかお茶の子さいさい、WEBにも精通し、サーバさえ用意してくれたらGoogleMapsやGMail程度のものなんて簡単だよ、と言い切れる人でないと「特技・パソコン」とは呼べない気がする。
はたしてそんな奴この世にいるのか?某巨大掲示板なんかみると、天才ハッカー気取りの酢豆腐野郎がごろごろいるけど、ただ知識が偏ってるだけじゃねーかとしか思えない。

もし履歴書とかに「特技・パソコン」なんてこと書こうものなら、そういうのに疎い上司から何をいわれるかわかったもんじゃない。
「キミ、ライバル社のホームページをハッキングしてくれないか」
「このエアコン、マイコン内蔵とあるが、これでエクセルを動かせるようにしてくれ」とかいわれる可能性もある。
いくら理屈で説明しても「パソコンが特技と書いてあるじゃないか!そんなこともできないのか!」とかいわれるかもしれないのだ。

ああ恐ろしい。絶対迂闊に「特技・パソコン」なんて答えるまい。ま、実際そんな目にあってる奴を自分は知らないけど。

2009年1月26日月曜日

かわいさ余って

世の中にはかわいいもの至上主義みたいな人がいる。なぜそうなるのか考えると夜も眠れない。

自分はかわいいものにはまったく興味がない。無論ペットはかわいいと思うし、サンリオやディズニーにも若干ながら興味がある。しかしかわいいから興味があるのではなく、キャラクタービジネスに対しての興味にすぎない。
そもそも齢40にもなろうという男がかわいいものに興味を示すということ自体おかしい。

かわいいものが好きな人は何でもかわいくしたがる。最近一番驚いたのが、ナンバープレートをプーさんとかで飾り付けるグッズを装着した車を見た時だ。
いや、ナンバープレートをかわいくしてどうする。ナンバープレートをかわいくするということは戸籍謄本をかわいくしたがるみたいなもんじゃないか。
何もかわいくすることを全否定しているわけじゃない。やはりしていいものとしちゃいけないものがあるんじゃないかと思うだけだ。

まあそれでも自分の身の回りだけかわいくして楽しんでいる分には罪はない。コマるのはかわいさを他人に強制しだした時だ。
たとえばメールだ。別に絵文字なんてもんはあってもいいと思うし、使いたいやつは使えばいい。しかし絵文字を使っていない=気持ちがこもってない、なんていわれると話が違ってくる。
そもそもメールの文章をかわいくする必要がどこにある。殺伐と用件だけ書くのもどうかと思うが、かわいくするかどうかは本人の意志だろ。
以前はキャリアが違うから、という言い訳もできたが、昨今はそういうわけにもいかなくなってしまった。

しょうがない。絵文字を使ってきたメールの返信には絵文字を使って返してしまう。ところが使い慣れてないもんだから、かわいくする要領がわからない。んでできあがった文章はかわいいなんてもんじゃあない。まさに憎さ百倍だ。
ええい、かわいいなんてこの世からなくなってしまえ!そうひとりごちながら必死で絵文字を使ってメールを書いてる人を、自分は他に知らない。わけない。かなりいっぱい知っている。

2009年1月25日日曜日

趣味

初対面の時の質問には何でああ意味がないことばかりなのだろうと考えると夜も眠れない。

「趣味は何ですか」お見合いでの定番の質問だ。
お見合いなんかしたことがないが、おそらく定番問答として今も普通に行われているのであろう。
別にお見合いじゃなくても、つい、という感じでこういうことを聞いてしまう人がいる。本当に相手に興味があるわけじゃない。あくまで「つい」なのだ。
いや会話だけじゃない。今時ブログのひとつを立ち上げようとかSMSに登録しようとしても記入欄があるし、一番わからないのは履歴書なんかにもそういう欄がある。

こういう質問をされると、もう何てこたえていいかわからない。だから無難に「映画鑑賞」なんて答えてしまうのだが、これはいくらなんでも広すぎて答えにも何にもなってない。
映画ったっていろいろある。かく言う自分も、ロードショー映画なんて年に一度行くかどうかというレベルだ。
DVDやCSでやってる映画を観ることも映画鑑賞になるのか?いやいや、映画鑑賞と上段に構えるからには、やはりスクリーンで観ることが前提になるだろう。
最新作じゃなくても、ぴあの映画欄をみれば結構いろんな映画をやっている。自分が好きなお古い邦画なんてのも、数年前に比べるとずいぶん数が減ったとはいえ、上映している劇場がいくつかある。
しかしだ。お古い邦画といってもいろいろあるわけで、東宝の特撮物が好きな人もいれば、東映のヤクザ物が好きな人もいる。あと黒澤明しか興味ない人も小津や成瀬が好きな人だっている。
が、当然そんなことは答えない。
本当は「趣味は映画鑑賞です。といっても邦画、それも東宝系の作品が好きで、東宝系なら戦前のものから昭和40年代前半のものならまんべんなく観ますね。あ、でもゴジラとか特撮系はあんまし興味がないんですね。それと傍系の東京映画製作のものもちょっと苦手です。でもそういうのもまったく観ないわけじゃないし、松竹だって日活だって大映だって東映だって、もちろん新東宝も、アンテナに引っかかるものであれば観ますよ」
なんてことを一言で済ますと「趣味は映画鑑賞です」になってしまう。

なんだか相手を馬鹿にしてる気がしないでもないが、そもそも「趣味は?」なんて無茶ブリをしてくる人には失礼も何もないのだ。てかそんなことを気にしている人を自分は他に知らない。

2009年1月24日土曜日

デレツン女

綾瀬はるかのような女が身近にいるかと思うと夜も眠れない。

といっても別に綾瀬はるかを好きでも嫌いでもないし、実像も知らないし興味もない。
しかしきっとデレツン女、みたいな役をやったらぴったりハマると思うし、どうしてもそういう人に見えてくる。
ツンデレではなくデレツン。そんな言葉があるのかって?知らない。今適当に考えた。

たとえば好きでもなんでもない男に手作りのチョコレートとか手編みのマフラーをプレゼントしたりする。
男は「あれ?俺のこと好きなのかな」と勘違いする。ふたりきりで旅行なんかに誘ったら簡単についてくる。
でも絶対にセックスはさせない。だって好きでもなんでもないんだから、という理屈だ。しかも本人に悪気なんか一切ない。無意識というか無自覚な悪女といってもいい。この無自覚なところが男からすればものすごくタチが悪い。

逆にいえばノーマルな恋愛もののヒロインなんかは絶対に似合わない。男と女がだんだん惹かれあって・・・みたいな役をやらせたらヨサが死ぬ。
こういうタイプの女優さんというのは、今のところ綾瀬はるかしか自分は知らない。

2009年1月23日金曜日

タイムスリップ

もしタイムマシンが発明されたらと考えると夜も眠れない。

「どこの国へ行ってみたい?」なんて話題になると、大抵自分は押し黙ってしまう。
基本海外には興味がないんだけど、まったくないわけじゃない。イタリアなんか行ってもいいかなと思いますがね。
でも本命は時間旅行だ。わかってる。だから口にはしない。だけれども、もし叶うならば過去の日本に行ってみたい。
タイムスリップをテーマにしたフィクションなんて星の数ほどあるけど、心ある作品ならまずタイムスリップした後、現金をどう得るかがさし当たっての問題になる。
未来がわかるんだから大儲けできそうなもんだけど、これがよくよく考えると難しいんですな。
まず株。その当時は無名でも大企業に成長できそうな会社はわかる。しかし根本的な問題で、株の買い方がわからない。
競馬なんてのもよさそうだけど、何年のどのレースにどの馬が買ったなんて記憶しているほど詳しくない。だからこれもダメ。
たとえば将来価値があがりそうなものに眼をつけて大人買いする、なんてことは可能っぽい。
手塚治虫や藤子不二雄の初期の単行本なんて一冊数百万円だし、10冊も買っておけば大金持ち、とまでいかなくても小金持ちぐらいにはなれそうだ。
でもまてよ。価値があがってくれるまでひたすら時間をやりすごさなきゃいけない。なんて気の長い話なんだ。
もっと地道な商売にしても、もし今持ってるパソコンとか持っていけるなら小ロットの印刷屋なんかできそうだけどインクがなくなったらおしまいだ。

何というか、これは商才の問題ですな。未来のことがわかっても、便利な機械を持ってたとしても、結局商才がなければどうしようもないってことですわな。
しかしここまで商才のない人間、というか自分以下の商才の人間を他に知らない。

2009年1月20日火曜日

宮川泰ってすばらしい

体調が悪くて更新間隔が開いてしまった。身体は元に戻ったが、また無事書き連ねていけるのかと考えると夜も眠れない。ということはない。

元々身体は頑丈な方ではない。子供の頃から内臓系が弱く、幼稚園の時に内臓系の病気で入院している。初の病気による入院だった。
おとなになってからも胃腸の弱さは困ったもので、たいていそれが引き金となって風邪を誘発する。
だから風邪なんて慣れっこなのだが、どうも風邪を引くと感情のコントロールがしづらくってしょうがない。
些細なことで腹を立てるのもそうだが、妙に涙もろくなったりもする。まあこれはトシも関係あるのだろう。

ここんとこ聴く度に涙がでてくる歌がある。
「エイトマン」と「若いってすばらしい」だ。
「エイトマン」は説明しだすと長くなるのでまた今度にするが、「若いってすばらしい」はもっと単純に、バックグランドとか関係なしで涙がでてくる。
いや、もしかしたら昭和という時代の中で、たった一曲をあげるのなら「若いってすばらしい」になるのかもしれない。それぐらいの名曲だ。
岩谷時子の歌詞もいいが、槇みちるの声もいい。そしてなんといっても宮川泰だ。
生前この曲を自作の中で一番好きな曲にあげていたが、メロディがいいというのは実は珍しい。
宮川泰という人はあきらかにアレンジャーよりの人で、だからアレンジが素晴らしいのは当たり前であり、しかしメロディメーカーではなかった。
作編曲を担当してる楽曲をよく聴いてみると、実はメロディは少ないのですね。それを多彩なアレンジで魅せるのだが、素人考えではメロディをつくるよりアレンジの方がよほど面倒そうなのに、とか思ってしまう。
しかし「若いってすばらしい」に関していえば、特にBメロ(サビ)が素晴らしくよくできていて、いつもここで落涙しそうになる。

宮川泰は「明日があるさ」を念頭においてつくったらしいが、個人的には「明日があるさ」(これも十分名曲なのだが)を超えている気がしてならない。
相手はあの「上を向いて歩こう」の中村八大。それをやすやすと、とまでいかなくても超えてしまったと感じさせる曲をつくりあげた宮川泰。
「意識したものを超える」という例を自分はあまり知らない。

2009年1月12日月曜日

泣き笑い

泣き笑いをフィクションとして表現するのがどれだけ難しいか考えると夜も眠れない。

2007年度下半期に放送された朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」は視聴率こそ悪かったものの一部で熱狂的なファンを生み、DVDの売り上げもよいらしく、放送が終了した後もファンミーティングが行われるなどしている。
自分からすればこのドラマの視聴率が悪かった事がおかしく、熱狂的ファンが多いのは当然だと思っている。
「ちりとてちん」は近年稀にみる、いやそもそも作劇でほとんど成功した例のない「泣き笑い」を作り出すのに成功しているのだから。
「泣き笑い」というのはよく誤解されるが、泣かせることと笑わせることが交互にくる状態ではない。
泣くと同時に笑いがこみあげてくる、もしくは笑うと同時に涙がでてくることを指す。
しかしこれをフィクションでやるのは至難の業だ。
山田洋次は泣き笑い劇の名手といわれるが、実際「泣き笑い」のあるシーンはあまりない。とはいえ全然ないわけではなく、はっきりいえばひとつふたつあるだけでも凄いことなのである。
もうひとり日本には藤山寛美という天才喜劇役者がいたが、基本的に古い台本でやることが多かったため、肝心の泣かせる部分が日本人の心境とはズレていってしまった。
それを「ちりとてちん」は藤山寛美のような天才抜きで成立させてしまったのだからたいしたものであり、評価されてしかるべき作品なのである。
もちろん渡瀬恒彦のような名人がでていたこともあるが、あくまで群衆劇であり、まんべんなくいろんなシーンで「泣き笑い」を作り出すことができたのは、ひとえに脚本の出来のよさのおかげだろう。

比べるのも申し訳ないレベルだが、今放送されている「だんだん」の脚本の、いや脚本とすら呼べない酷いものを見るたびに「ちりとてちん」がいかに優れていたかを思い知らされる。

「ちりとてちん」(脚本・藤本有紀)も「だんだん」(脚本・森脇京子)も、どちらも新進気鋭の女性脚本家が担当しているという共通点がある。しかしまさかNHKの担当者もここまで差がでるとは思ってなかっただろう。実際こういう例を自分は他に知らない。