2011年7月18日月曜日

ナゾの映像

先日友人と「そういえば阿部定ってまだ生きてるのかな」という話題になりました。阿部サダヲではなく、阿部定。昭和の猟奇事件といえば定番のように出てくる名前です。
阿部定の名前は小学校低学年の頃から知っていました。親戚のおじさんから「昔チンチンをちょんぎった女がいた」と聞かされていたからです。
もちろん当時は「ペニスの切除」の意味など知る由もありませんでしたが、何となく「ただごとではない」というのはニュアンスでわかりました。
阿部定のことを認識したのはおじさんの話があったせいだけではありません。

アタシが幼少の頃、昭和の猟奇事件の特番が水曜スペシャルみたいな枠でよく放送していました。(阿部定事件は出てきませんがだいたいこういう雰囲気の番組でした)
その手の番組のクライマックスはお決まりのように、クライマックスに阿部定のインタビューがあったのです。
「ついに我々は阿部定との接触に成功した!」とか何とか、大仰なナレーションの後に阿部定のインタビューが流されたのです。
はじめのうちは純粋に「へえ、すげえな」と思ってみていたのですが、何しろ半年に一回くらいこの手の特番があり、毎度毎度同じ映像が出てくるのですから、さすがにおかしいと気付きます。
何だか妙に古ぼけた映像で、しかも映像に映り込んだ車がやけに古い。少なくともここ数年のうちに収録されたものではないとわかってきます。

さてさて時代は現在2011年。友人と阿部定を話題にした後、とんでもない映画に出くわしました。タイトルは「明治大正昭和 猟奇女犯罪史」。名匠、という形容があまり似つかわしくない、鬼才・石井輝男が監督した1969年の作品です。
この映画の中に阿部定のインタビューが入っているのですが、これがアタシが幼少の頃さんざんみた、阿部定のインタビューまんまなのです。
つまり当時の特番は「猟奇女犯罪史」の一部のシーンを抜き出して、あたかも番組のスタッフがインタビューに成功した、みたいな体にしていたわけですな。
ま、今より「やらせ」とかうるさくない時代だったとはいえ、いくらなんでも酷い話です。
いくら記憶をまさぐっても、「これは石井ナニガシの映画の一シーンです」的なテロップもナレーションもなかったですし。もしかしたら番組終わりのテロップで出していたのかね。
それにしてもです。たかだか10年ちょっと前に公開した映画の一シーンを抜き出しておいて、我々は阿部定との接触にも何もないもんじゃないですかね。
というかちゃんと石井輝男に許可を得ていたのかね。

こういうことは大人になってから知らない方がいいのかもしれませんね。つーか中途半端にしかわからないから非常にこう、フラストレーションの話でして、ええ。

2011年7月16日土曜日

ブルハとエレカシ

アタシが大学生の頃、ブルーハーツ旋風が吹き荒れていました。
学祭とかでダンパみたいなのがあるとシメの一曲は必ず「リンダリンダ」でした。そしてこれが異様に盛り上がる。ブルーハーツさえあればもう他に何もいらない、そういう空気すらありました。
旧yabuniramiJAPANの頃からあまりブルーハーツについて書きませんでした。ちょろちょろは書いてたんですがまとめて書いたことはない。書こうとは思ってたんだけどね。
しかしこれほどアタシに影響を与えたバンドは他にありません。ブルーハーツの曲で跳ね回り、ブルーハーツの曲に涙し、ブルーハーツの曲が弾きたいがばっかりにギターの練習をし、とアタシの大学生活はブルーハーツを中心に回っていた、といっても過言ではありません。

とにかく当時、アタシの中でブルーハーツに比類するバンドなどありませんでした。もちろん「あきらかにブルーハーツに影響を受けたな」と思えるバンドはありましたが比較にもなりませんでした。
そんな中で、結成自体はブルーハーツよりも早いエレファントカシマシというバンドがありました。というか今でもあるけど。結成が早いんだからブルーハーツの影響を受けたわけではないのでしょう。でも何となく唯一のブルーハーツのライバル的存在みたいな感じでした。
アタシはエレファントカシマシ、略してエレカシにほとんど興味はありませんでした。つかほとんどまともに聴いたこともなかった。だから知ってる?と聞かれたら「名前は聞いたことある」程度だったんです。
(名前を知ってたのは、アタシの大学生活の三大要素であるブルーハーツ、クレージーキャッツ、そしてVOW。そのVOWが載ってたのが宝島という雑誌だったのでね。当時の宝島は後年とは違い完全にバンド誌でしたから)

名前は知ってる程度だったエレカシが突然ブレイクしたのはドラマの主題歌になった「今宵の月のように」からです。当時のアタシは「あれ?こういうスタイルだったんだ。ちょっとイメージが違ってたな」とは思ったものの、やはりたいして関心を持てませんでした。
後で調べてみると、この頃のエレカシはレコード会社の戦略で大々的にメディアに乗っかる、いわゆる「売れ線」を目指していたようで、なんとなく違和感を覚えたのも無理もありません。

それから現在に至るまで、ブルーハーツ、略してブルハはアタシの中でずっと伝説的なバンドとして存在し、あいかわらずエレカシは「名前は知ってる」程度の存在でした。
ヴォーカルの宮本浩次といっても、アタシにとってはダウンタウン浜田が主演した「フレンズ」というドラマに出てた人、はたまたたまに音楽番組に出て挙動不審な仕草を撒き散らす人、といったイメージでした。
ところが最近「風に吹かれて」というエレカシの曲を聴いて完全に認識が変わりました。これは「売れ線」時代の楽曲であり、もしかしたらエレカシの本質とはかけ離れているのかもしれません。が、音域の広さを活かした宮本浩次の歌唱、そして実は「街」にスポットを当てた歌詞の世界はアタシの興味を惹きつけるには十分でした。

この文章はアタシがいかにブルハに傾倒していたか、という書き出しで始まり、ブルハとの対比によりエレカシについて書いてきました。しかし本当はブルハとエレカシは何の関係もない。音楽性も全然違うし。しいて共通点を挙げればブルハのヴォーカルである甲本ヒロトも宮本浩次も挙動不審なことくらいです。
でもエレカシについて書こうと思ったら、こう書くしかないのです。対比としての認識から、対比を抜けだしたまでを書かないと逆にエレカシに失礼な気がするんですよねぇ。

2011年7月14日木曜日

貞操帯もの

よくよく考えると「うる星やつら」という作品は、かなりいやらしい話ですよね。
ラムと諸星あたるは、正式なものでないにしろ、高校生でありながら「夫婦」なわけで、いや、「夫婦」だからいやらしいんじゃない。
「夫婦」なのに、一切セックスをしないところがいやらしいのです。
真面目にいえば、少年誌に連載されていたのだがら当たり前なんですが(「ハレンチ学園」だって夫婦になったがセックスレスだったし)、それでも、大人目線でいえばかなりいやらしい。
昔、何の本か忘れましたが、諸星あたるを「童貞ジゴロ」と表現してあって、かなり笑った記憶があります。
あたるは無類の女好きという設定にも関わらず、モテない、ということを抜きにしても、絶対セックスしようとしない。そんなことで頭がいっぱいの高校生でありながら。
いや、それでも原作の方はまだ「ヤりたがってる」空気は出てます。ところがアニメになると、これまた冷静に考えれば当たり前なんですけど、アニメのあたるは、エロ本(といってもビキニのおねーちゃんが載ってる程度)を見てニヒニヒとニヤつくだけで、もしかしたらこいつ自慰行為というものすら知らないんじゃねーかという感じなんですよねぇ。
セックスはおろか、自慰行為すら知らないジゴロ、というのは、もう完璧すぎるくらいにいやらしい。

セックスというのは不思議なもので、一度してしまうと、いやらしくも何ともないんです。その女性とそうなる前が一番いやらしい。
その状態をキープしまくる、もしかしたら一度も自慰行為すらしないまま、ハーレムを夢想する男、あたる。
もしハーレムが実現できたとしも、せいぜいおっぱいをさわるくらいの行為しかしないだろう、と考えると・・・。

ま、妄想はさておき、この当時というか昭和時代の漫画は「貞操帯もの」が多いです。
永井豪作品はいうに及ばずね。
しかし極めつけの「貞操帯もの」は「男はつらいよ」シリーズでしょう。
数十年の間、寅さんは、まあいや貞操帯をはめられたままなのですよ。
なぜ山田洋次はここまで寅さんに禁欲を求めたのか。その答えは以前やってたブログに書いたので省略しますが、もしかしたら「男はつらいよ」シリーズこそ、最高のピンク映画なのかもしれません。

2011年7月11日月曜日

自転車運転を免許制にしろ!

ドライバーの敵といえば自転車です。と言い切っていいのだろうか。
いや実際車の運転をしていると怖いのは対向車や歩行者ではなく自転車です。もちろんちゃんと自転車を運転している人もいますが、メチャクチャな乗り方をしている人もかなりいます。
思いっきり膨らんでカーブを曲がって側道から出てきたり(しかも全然見ていない)、平気で信号無視したり、車道の真ん中付近を走ったり、フラフラと蛇行運転をしたりと枚挙暇がありません。
しかもですね、自転車がいくら無謀な運転をしていても、車との接触事故が起こった場合は車の運転者がまず不利な状況になってしまいます。(これは経験済み)
こっちとしてはできるだけ歩道を走ってほしいのですが、道路交通法からすれば車道を走るのが正しいわけで、それもまたもどかしい。もちろんちゃんと乗ってくれるなら全然構わないのですが、そうじゃない人があまりにも多すぎるもんでね。

そこでアタシは提案したいのです。自転車も免許制にしろ、と。
対象年令は小学生以上なら誰でも。簡単な講習ですぐにでも取れるようにします。(あ、でも視力検査くらいはいるかも)
それじゃ意味ないだろって?いや、おおいにあります。
ここから後は他の運転免許と一緒で、免停も免取りもアリです。つまり無謀な運転をして免許を取り消された場合は自転車が運転できなくなる。これだけでオッケー。
こうすることによって自制心が働きます。今マズいのは何も自制する法的根拠がないことで、しかも事故が起きても有利なんだからますます無謀運転が加速していきます。

もうひとつのメリット、これは少し自転車とは関係ないのですが、結構いるんですよ、証明書代わりに運転免許を取得する人が。全然運転する気がないのに。
でも免許があるというだけでたまに運転させられる。これがコワイ。ドライバー同士でいえば一番怖いのはペーパードライバーが運転した時です。
もし自転車に免許があればこういう人がだいぶ減少するはずです。

しかしまあ、まず無理だろうね。しかも昨今はもっと早く片付けなきゃいけない問題が山積みなわけで、やたら金がかかりそうなこんな法案通そうとする酔狂な政党もないわな。

2011年7月9日土曜日

エロキャラ、ホープと神様

ぷっスマとか見ると、もうほんと、ユースケ・サンタマリアのキャラは貴重だなって思ってしまうわけです。
エロを売りにする、というのは実は非常に難しく、下手すると生々しくなりすぎて笑いとして成立しない。たとえば一時期小林稔侍あたりがエロキャラでバラエティに出ていたわけですが、やっぱりちょっと生々しいというか、エロはあくまでエロであって、セックスと直結しちゃ笑いに繋がりにくい。特に「喋ってる本人がセックスしてる姿」が容易に想像できちゃダメなんです。
エロなんだけど、昔の少年誌に載ってたような、セックスとは別物のエロじゃなければマズいというかね。
徳井とかケンコバとか芸人はやっぱり巧みというか、エロキャラじゃなくて変態キャラに逃げてますよね。

ユースケは逃げてないですよ。正真正銘のエロキャラですから。
彼の素晴らしいところは不思議とセックス的じゃないんです。おそらくぷっスマでのキャラから派生したであろう、小池栄子とやってるCMね、今のじゃなくていっこか二個前のやつとか、夜の営みを連想させる内容にも関わらず、エロで止まってるのは、パーソナリティのおかげでしょう。

エロキャラにも神様といえる存在がいるもんでして、もちろん森繁久彌です。
社長シリーズとか、森繁の見せ場は何とかして浮気をしようとするシーンだけだし。つまりは女房以外の女性とセックスすることだけが目的だもんね。
「明るく楽しい東宝映画」でこんなキャラが成立したのは、最終的に浮気が不成功に終わるというのも当然あるけど、一番の理由は結局「森繁だから」なんですよねぇ。
森繁の凄いのはフィクションの中だけではなく、公の場では死ぬまでこのキャラで押し通したことです。
足腰が弱いフリして(実際弱ってたそうだけどさらに誇張して)、しかもボケ老人のフリをしてまで飯島直子あたりを触ろうとするのは凄すぎますよ。

ユースケもこれくらいまでいけばね。まあああなるには途方もないバイタリティが必要なのですが。

2011年7月6日水曜日

児童館の思い出

最近CMで児童館!児童館!といってますが、アタシが「いやー、児童館か、懐かしいな」というと友人に「児童館って何?」と聞かれました。児童館を知らないというのはアタシからしたら信じられないのですが、どうも地域性みたいなのがあるようで。
というわけで児童館の思い出を書いていこうかと思うのですが、何しろ地域性があるようなので、今から書くのはあくまで昭和50年代の兵庫県神戸市の話です。

児童館というものをざっくり説明すると、要するに遊び場です。といってもヤカタと付いてるくらいなので、屋外ではなく室内。そこに子供が遊ぶためのものが多数あるわけです。
時代が昭和50年代、それも前半なので当然テレビゲームのようなたぐいはありませんが、人生ゲームや生き残りゲーム(懐かしい!)といったゲームはあったはずです。
しかしアタシたちはそういったゲームには目もくれず、ひたすら卓球でした。卓球ができるスペースなど児童館くらいしかなく、その児童館にもふたつしか台がなく、まあ取り合いですね、早い者勝ちなので学校が終わるともう信じられないくらいのスピードで自転車を飛ばしてね。
卓球の何がそんなに面白かったのかよく憶えてないのですが、あまりスポーツに縁がないアタシがこれだけはハマりました。ラケットも貸しだしてくれるんだけど、小遣い貯めてマイラケットも購入したし。一般的なペンホルダーではなくシェークハンドのやつを。両面にラバーが貼ってあるやつ。何かカッコよかったんですよね。

先ほども書きました通り卓球台はふたつしかなかったので埋まってることの方が多かったのですが、そういう時は図書室に行ってました。ここは学校の図書室とは違い置いてあるのはほとんど漫画。最新刊はありませんでしたが古い名作をずいぶん読みましたね。
中でもハマったのが「ど根性ガエル」です。アニメはもうさんざっぱら再放送をやっていたんでね。特に夏休みの期間中は朝の9時半からだったかな、とにかく「ど根性ガエル」を延々リピートだったわけで馴染みはあったんですが、漫画は漫画でまた違った魅力があってね。アニメはほら、良くも悪くも東京ムービー色が濃いから。いや面白いんだけど。
アニメでは曖昧な舞台設定が漫画では石神井公園なんですね。だから東京に行ったら一度石神井公園に行ってみたいと思っていた。などという小学生時代の思いはいまだに遂げられていませんが。

こんな感じですか、児童館。何か楽しそうでしょ?いや、そうでもないのかね。思い入れは強いけど本当に楽しい場所だったかどうかは、書きだしてみると結構怪しいな。

2011年7月2日土曜日

こんな顔に生まれたかった

今回は軽めの話を。誰しも「こんな顔に生まれたかった」ってのがあると思います。
リアルのアタシを知ってる方はご存知でしょうが、アタシは結構濃い目の顔をしております。しかも色も黒い。何しろ、これはあまり人にはいってなかったのですが、中学の時のあだ名が「マイケル」でしたからね。もちろんマイケル・ジャクソンのマイケル。
今は単なる中年太りですが、当時はガリッガリッでしたから、そりゃマイケルといわれるのも当然です。ちなみに一切ダンスはできません。猿も飼ってませんし、食いもしません。

子供の頃から自分の顔が嫌で嫌で。なんで「フォウー!」っていえよとかからかわれなくちゃいけないんだ、全部この顔のせいだと。
親を恨むわけじゃないけど、どうせなら全然違う顔に生まれたかった。具体的にいうと、とにかく薄い顔。薄けりゃなんでもよかった。
特に、あれはアタシが高校くらいの時でしょうか、しょうゆ顔、ソース顔なんて言葉が流行って。アタシはどう考えても「クドい」「古臭い」といわれたソース顔。少年隊の東山に代表される「薄い」しょうゆ顔の時代ですから、アタシのコンプレックスはますます強くなっていったという次第です。

しかし薄い顔になろうとしてなれるもんではないわけで、かといってやっぱり自分の顔が嫌いで、いつしか「あきらめ状態」になっていったわけですが、何のことか、最近になって自分の顔が好きになってきました。
理由はよくわからないのですが、妙に愛嬌のある顔じゃねーのと思えてきたんですね。

まあそれはいいのですが、結局濃い顔のアタシが薄い顔に憧れたのも、天然パーマの人がストレートに憬れるようなもんだったんじゃないかと。
実際アタシはドがつくストレートなので天パに憧れたしね。
ま、濃い顔は濃い顔なりのヨサもあると。全然わからないオチで終わります。