ひさびさにここに書いてみたりしてみる。
題して夏の納涼特別編。別に怪談話をするわけじゃないんだけど。
思えばここには、わりと衝撃的というか、自分の中でインパクトのあったことを書いてきた。
が、今回はあえて何もない、ただ自分の記憶を弄るだけの行為に走ろうと思う。
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金がなかった。とにかく見事なくらい金がなかった。
2年前に大学を中退し、就職するわけでもなく、かといって死ぬ気でバイトするわけでもなく、そんなんで金がある方がおかしいというものだ。
とはいえずっと遊び呆けていたわけではない。
直前までちょっとヤバ目のバイトをしていた。いわゆるデリヘルの送迎というやつだ。
女の子を客のマンションまで送りとどける。そして彼女たちの「お仕事」が終わるのを待つ。
ただ待ってるわけじゃない。ポスティング、つまりはビラを客のマンション周辺のポストに投函していく。
「お仕事」が終わるころ車に戻ると、女の子が戻ってくる。そしてまた次の現場へと向かう。これを繰り返すわけだ。
時給も悪くない。ま、こういう系のバイトなのだから当然っちゃ当然なのだが、ただ基本、運転しているだけなので肉体的に疲れるようなこともない。
冬だったので、ポスティングは寒くて閉口したが、寒いよりもっとイヤなのが、何かすごく惨めなことをしてる気がした時だった。
何しろ仕事内容が仕事内容なので、あまり人におおっぴらにいえない。大学を出たのに就職しない自分に親は怒っていたが、さすがにこのバイトのことはいえず、体裁を取り繕うのに苦労した。
ふつうこの手の話には艶っぽいことがつきものなのだが、はっきりいって何もなかった。
中には向こうから誘ってくる女の子もいたが、そういうのでさえスルーしていた。
別に彼女たちに偏見があったからではない。何となくそういうことをするとヤバいんじゃないかという空気が事務所に漂っていたからだ。
そこは事務所とは名ばかりのマンションの一室だった。
そこで女の子を拾っていくわけだが、当然事務所には男性もいる。その男性が、もろそっち系の人なのだ。そっち系というのは、つまりはカタギじゃない人という意味だ。
だから、まあ、もし仮に女の子とモメたりすると、どうなるかわからない、そういう恐怖心から自重したわけだ。
この話にはとんでもないオチがつく。
いつものように事務所に行くと、いや、事務所のあるマンションの前は、いつもと違って物々しい雰囲気に包まれていた。
パトカーが、ざっと3台は来ていただろうか。きっとかなりの数の警察関係の方もいたと思う。
推測なのは、結局事務所の中には入れなかったからだ。
そりゃそうだ。家宅捜索中に事務所に入れるわけがない。
いわゆる「手入れ」が入ったのだ。
当然その月のギャランティはもらえなかった。が、まあ巻き添えを食らうよりは全然マシなのだが。
こんなことがあって、ますますバイトをする気分が失せた。
安く見積もって20万円近い金が未払いなのだから金がないのは当然で、しかもやる気まで奪い取られてしまったのだからかなわない。
貧困は限界を極めた。
食料の棚を見ると、小麦粉と乾燥ネギしかなかった。
しょうがない。小麦粉を水で溶き、薄くフライパンで焼いた。その上から乾燥ネギを振りかける。
この奇天烈な食い物にソースを塗り、むさぼるように食べた。自分はそれをネギ焼きと称していた。
自分は神戸出身なので、ホンモノのネギ焼きもイヤというほど食べたことがある。無論こんな奇天烈なものをネギ焼きとはいわない。
それでも、もう、そうでも思わないとやってられないのである。
貧困で困るのは、空腹よりもプライドなのだ。
「自分は今、こんなもんしか食うもんがない」と思うと冗談じゃなく死にたくなってしまう。
だからどんな食い物でも、できる限りのアレンジを加えようとした。
金がないからこんなもんを食ってるんじゃない。オレの趣味は料理なのだ。今ある材料で最高の工夫を施し、そしてオレはそれを楽しんでやっているんだ。
それは自分なりの精一杯の見栄だった。もっとも「冷蔵庫の残り物でおいしいレシピ」というのは聞いたことはあるが、「食器棚にあるものでおいしいレシピ」というのは聞いたことがないが。
そんな時だった。突然バイトの口が舞い込んだ。大学の先輩が就職した会社がバイトを募集しているという。
何がうれしいといっても、全額日払いだという。しかも大学の先輩の就職先となれば、そこまでいい評判は聞いてなかったとはいえ、まさか「手入れが入る」ことはなかろう。
こうして自分は、とあるディスプレイの会社でバイトすることになった。
24歳の春であった。
続く