2008年9月17日水曜日

雑巾猫



猫は嫌いじゃない。というか好きだ。

昔は断然犬派だった。実家では犬ばかり飼っていたということもある。しかしとあるきっかけで猫を飼うようになってからは猫派になってしまった。

もちろん犬も好きだけど、今の時代、都心部で犬を飼うというのは並大抵のことではない。やはりある程度の広さのある一軒家で、大家族(最低でも5人以上)でないと難しい。そうでないと旅行はおろか散歩もままならない。

その点猫は楽だ。散歩の必要もないし、よほど小さいか老描か、病気でもしていない限り、一泊二泊程度なら旅行にだって行ける。引っ越せない、というかもしれないが、これまたよほど子猫か老描じゃなければ案外大丈夫だったりする。

もちろん飼いやすいから猫が好きなわけじゃない。

猫は気ままというが、そこがいい。犬は人間の顔色を伺う。それがいいところでもあるんだけど、猫はそんなことはしない。こっちが落ち込んでようが、うれしい時であろうが、いつもと同じように振る舞ってくれる。

人間というのは、自分にとって都合のいいものはいつまでも変わらないままでいてほしいという願望があると思う。たとえば遠く離れた故郷が、変に発展してほしくない、とか。他人にたいしてもそうで、久しぶりに会った友人があまり変わっていなかったりすると、何となくうれしいもんだ。

猫は日常のそれを引き受けてくれる。どんな時も、何も変わらない。落ち込んでる時にはホッとするし、浮かれている時には、いい具合に歯止めをかけてくれる。

まぁ能書きをいくら書いても意味ないんだけどね。結局はかわいいから飼いたいと思うわけで。

これだけ書いておいて何だが、今は猫は飼っていない。しかしかつては、もちろん飼っていた。

もう大学を出た頃だったろうか、友人が子猫の引き取り手に困っている、という話を聞きつけ、もらって帰ることにした。

とはいっても元は野良猫だったようで、おなかの中に虫を飼っていた。

ここから少し汚いというか気持ち悪い話になるので、苦手な人は読み飛ばしてほしい。

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その猫、おしりから常に虫が出ていた。太さといい、色といい、ちょうどきしめんのような感じの虫だった。これがいくらでも出てくる。いっかい思い切って引っ張ってみたのだが、一メートルぐらい引っ張り出したところで切れてしまった。

病院に連れて行くと、この蟯虫、数メートルほどの長さがあるらしいのがわかった。なんでこんな蟯虫がおなかの中にいるのか。

それはおそらくカエルでも食べたんでしょうね、とドクターがおっしゃる。そんなもん食うなよ。まったく子猫の時分は何を口に入れるかわかったもんじゃない。

この件は、虫下しを飲ませることで解決した。

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さてこの猫、そろそろ避妊手術をした方がいいかな、と思った頃、逃げて行方不明になってしまった。

三ヶ月ほど経った頃、近所の子供が猫をいじめている。浦島太郎のような光景だが、どうも逃げた猫に似ている。

ただし三ヶ月の苦労のせいか、やたらに汚い。とはいえしっぽの長さといい、顔立ちといいそっくりだ。

あわてて連れて帰って、怪我をしていたので病院に連れていくと、驚くべきことが判明した。

「前に連れてきた猫ちゃんと違いますね。これ、オスですよ」

えええええ?逃げた猫はメスだった。助けた猫はオス。つまりは人違い、いや猫違いということか。

オスかメスかぐらいちゃんと確認しなかったのが悪いし、それにこの模様は汚すぎる。逃げた猫はもっとふつうの茶虎だった。いくら苦労してもこんなに汚い模様になるはずもない。

どうしよう・・・・。しかしだ、いくら猫違い、それも驚くほど汚い雑巾猫だからといって、捨ててしまうのはどうか・・・・。

悩んだ末、この雑巾猫を飼うことにした。

ところがこの猫、驚くほど賢かった。トイレもすぐにおぼえたし、餌の場所が少々変わっても平気。ひとりで2日ほどほっておいても大丈夫だし、何度か引っ越したが、転居先でもふつうに暮らしてる。

よく鳴き、よく遊び、さみしくなるとあまえてくる。

こうなってくると模様が汚いとか関係なくなってくる。

ものすごくかわいがったし、悪いことした時にはキツく怒ったりもした。とにかく自分の中でかかせない存在になっていった。

数年経った。とある事情で猫が飼えなくなってしまった。もう本当に断腸の思いで、猫を実家に預けることにした。

しばらく待っててな。また一緒にいれるようにするから・・・。

それから二年後だろうか。ようやく猫を飼えるようになった。当然引き取ろうとしたが、母親は

「年老いて、引っ越しは無理じゃないか」といいだした。

たしかに以前の元気な時とは全然違う。足下もおぼつかなくなってるし、目もあまり見えてないように感じた。

そっか・・・、無理か・・・・。残念だけど、この猫にとって一番いい状態をキープしてやることの方が大事だ。人間のわがままを通すべきじゃない。あきらめよう。

さらに一年が経った。久しぶりに実家に連絡を入れると、雑巾猫はひと月ほど前に死んだという。

涙は不思議とでなかった。でもいてもたってもいられなくなった。

翌日、無理を押して、遺骨を預けている霊園に行くことにした。

何を思ったか、自分は骨壺を持って帰ってしまった。おかしいのはわかっている。でも、どうしても手元においておきたかったのだ。

ごめんな、ややこしいことばっかりして。でもな、そっちはどうかわらないけど、自分はあんたといれた時間、本当に楽しかったよ。

現在。猫じゃなくて汚れた雑巾を見るたびにあの猫を思い出すし、遺骨と写真は部屋の一番目立つところにかざってある。