2011年12月17日土曜日

終わりの始まり

いやぁ、今年は本当に激動の年でした。
個人的にも、もう、嫌というほど幾多の出来事があったのですが、世の中もね、まさかこれほど大きく動くとは思ってもみませんでした。しかも全然「いい方向」と思えないのが悲しいというか。

アタシは去年、実に5年ぶりくらいに「ちゃんとした」テレビを購入し(その間はパソコンのモニタで見てた)、久々にテレビでも見てみるか、と意気込んでいたのです。もちろん面白い番組もあるにはあったんですよ。でも全体で見ると荒涼としている、としかいいようのない状況を痛いほど感じたんです。空白期間があるから余計に生々しく感じたんだと思います。
テレビの存在意義、なんてもんは、もう何十年も前からいわれていることですが、はっきりと存在意義を示せるのは未曾有の災害が起こった時なんです。ところがせっかくのチャンス(被災地の方すいません、あくまでテレビの話です)ですらテレビはまったくというくらい存在感を示せませんでした。
思えば阪神大震災の時、アタシはエア被災者ですが、あの時、それまで成金の小道具だの贅沢の極みだのいわれていた携帯電話が、実は災害に強い優れたサバイバルツールであることが一気に知れ渡り、普及に弾みをつけました。
今回の東北でいえば、それはネットです。もちろん阪神大震災の時の携帯電話と違い、すでに普及しているものですが、まさかテレビを凌駕するメディアだとは思いませんでした。
震災直後の映像は主にYouTubeやUstreamで見ました。いや、当たり前ですがテレビでもやっていたのですよ。しかし不思議なことに日本のテレビ局は肝心なところになると「はぐらかす」ような感じで、素人の方(おそらく被災者の方でしょう)が撮影した映像の方がはるかに迫力があった。そして生の現実が痛いほどわかりました。
あえて「日本の」と枕詞をつけたのは、海外のメディアはかなり丹念に取材をしており、アタシはCNNかBBCをつけていることが多くなっていきました。

テレビ局は存在感を示せる千載一遇のチャンス(繰り返しますがテレビ局にとっては、ですよ)を、ネットなんていうどこぞの馬の骨かもわからんメディアにお株を奪われたわけです。
その後、夏から秋にかけてフジテレビへのデモが行われましたが、あんなもんオマケみたいなもので、もしネットでいわれている通り、どこそこの国の息がかかっていて、どこそこの国に都合のいいことしか放送しない、だったとしても、いや、テレビにはテレビの価値があるんだ、となれば存在意義は出たんです。
もう今更バラエティやドラマが昔に比べて(予算がないとか諸々の事情があったにしろ)、あまりにも程度が下がっているのは間違いないのです。ここを変えようと思うと、もう生半可なことじゃ無理なんですよ。
でも報道、特に国の存亡に関わるような大災害が起これば別だったはずなんです。でもそれすらもネットにとって代わられた。

まったく皮肉なものです。今年は地上アナログ放送が終了し、デジタル元年になるはずだったんです。それがね、はっきり言い切りますが、「終わりの始まり」の年になるとは誰が予想したでしょう。
若者人口が現象し続けているとはいえ、確実に世代は交代します。つまりテレビに何の存在価値も見いだせない世代が増えていく一方なわけで、あとはどうやって軟着陸させるか、という興味しか沸いてこないのです。