2012年1月10日火曜日

帝銀事件を読み解かない

この前「昭和の猟奇事件に興味がある」なんてことを書いたのですが、そもそもアタシが昔の事件に興味を持ったきっかけはというと、なんといっても帝銀事件になるわけです。
もちろん以前書いた阿部定事件もあるのですが、阿部定事件の場合事件の背景にさほど興味を持ったわけではなく、あくまで男性のイチモツを切り取る、という猟奇姓に惹かれたのですね。しかし帝銀事件は違う。こんなに事件の背景に興味をそそられる事件はないといっても過言ではない。

未解決事件とひとくちにいっても、たいていは警察の怠慢捜査、もしくは初動捜査のミスに端を発します。まあそうでない未解決事件はありえないのですが、それでも非常に入り組んでいて捜査のとっかかりが掴みづらい事件もあるわけです。
たとえば下山事件などは、入り組んでいるというより「様々な社会情勢を入れ込みやすい」側面がありました。陰謀説を唱えるにはもってこいの事件でして、いわゆる事件マニアが飛びつくのもわかる気がします。松本清張は替え玉説という、ある意味飛び道具的な推理をしていましたが、これも想像の余地が非常に大きいからできたわけです。
松本清張は帝銀事件にも大きな関心を示していました。これまた想像の余地が非常に大きい事件でして、単純な冤罪事件だとしても、はたまたそうじゃなかったとしても、いかようにも推理できてしまいます。
特に「GHQが関与していた」というのは推理としては、というより読み手からすれば、ある意味楽しい推理なわけです。
が、これまた容疑者とされた平沢貞通は、現在では完全な冤罪ではなく一部関与していたのでは、といわれていますし、有力とされたGHQの関与もほとんどなかったのでは、といわれています。

さてさて、アタシが帝銀事件に興味を覚えたのは子供の頃からこの事件の話を聞かされていたこともありますが、今では信じられないことですが、平沢貞通が獄中死した時、テレビで追悼というわけでもないのでしょうが、映画「帝銀事件 死刑囚」が放送されたんですね。監督は名匠・熊井啓。熊井啓はこの後下山事件の映画化にも取り組んでいますが、これがデビュー作です。
主演は信欣三。正直あまり知らない俳優で、その後脇役で出ているのを見たことがありますが、テレビでこの映画が放送された当時アタシは見たことがなく、知らないからこそ逆にリアリティがあったんです。
ずいぶん前に「ウィークエンダー」という三面事件をテレビ化したような番組があり、それについて書いたことがありましたが、この番組の再現ビデオに出ていた俳優も世間では無名の人でした。
こういうセミドキュメンタリーの場合、有名な俳優がやると逆に物語に入り込めないのですね。帝銀事件もテレビドラマ版で田中邦衛が出ていたりしてたのですが、これはあきらかにマイナス要因でした。
「帝銀事件 死刑囚」はその後再見してないですが(あえて、です)、これが非常に怖かった。この映画はあくまで平沢貞通冤罪という立場で作られたものですが、毒薬の入ったビーカーのせいで一時期瓶入りのドリンクが飲めなくなったりしました。

帝銀事件がアタシにとって他の事件と違うのは、興味の幅が広がったというのもあります。
平沢貞通の本職は画家であり、テンペラ画を描いていました。テンペラ画といっても普通の人は存在すら知らないと思いますが、この事件の影響で強い興味を覚えました。
またコルサコフ症候群という病気も初めて知りました。平沢は狂犬病の注射の影響で病気にかかったといわれますが、コルサコフ症候群は非常に厄介な病気でして、早い話極度の虚言癖が出てくるのです。この虚言癖のせいで捜査は振り回されるのですが、持って生まれた(それこそサイコパスのような)人格でなく、たかだか狂犬病の注射ごときで虚言を何とも思わなくなる、というのは非常に恐ろしいし、物凄く興味を惹かれます。
あまり関係なかった(かもしれない)とはいえ、GHQの存在に興味を持ち調べるきっかけになりました。もしこの事件がなければ「終戦後の日本の情勢」に興味を持たなかったかもしれません。

ま、以前も書きましたが、別に新たな検証も何もないのですが、こんな感じで昭和の事件について書いていければ、と思っております。