2011年10月13日木曜日

関西人と納豆の話(再録)

えと、宣言通り「yabuniramiJAPANリターンズ」として、過去に書いたエントリの中からの再録をしたいと思います。
せっかくなんで、アタシがyabuniramiJAPANで書いた中で最もお気に入りのエントリから始めたいなと。但し前フリはカットしています。(この日の前フリは福岡での地震に関してでした)
なお現在の視点から補足がある場合は「※現注」として追記しています。
というわけで時計の針を2005年3月21日に戻します。




ふと気になったんですけど、「関西人=納豆嫌い」なんて、誰が言い始めたんでしょうかね。
というのも、アタシの周りの友人・知人、もちろん関西人に限ってなんですけど、みんな納豆が好きなんですよね。少なくとも「納豆?あんなん人間の食うもんちゃうで!」みたいな人はひとりもいません。
アタシのミニマムな交友関係ですべてを語るのは無理があるのですが、それでもやっぱり「本当に関西人は納豆が嫌いなのか」という疑念は拭い去れないんですね。

関西人が納豆が嫌いといわれる所以はいろいろ云われていますが、アタシが以前テレビでみたのは「その昔、納豆は足が早いので、関東から広まらなかった」ってのです。<納豆>が<足が早い>ってのはおかしいな。風味が損なわれるとかだったのかもしれません。
が、この仮説はちょっと無理がある。おもに<納豆嫌い>と語られるのは関西人だけです。そしてこれはテレビで関西の芸人が大挙に出る前からいわれています。
もし「関東から広ま」りにくかったとして、それなら関西以西や東北・北海道も<納豆嫌い>の地域として認識されているはずなんです。実際これらの地域で納豆がどれほど食べられていたのか定かではありませんし。

ただ確実にいえることがあります。

・関西の家庭の食卓に納豆がでてくることは稀
これはウチだけでなく、子供の頃からよそのウチにお呼ばれになった時も一度たりとも納豆がでてきたことはありません。

・関西ローカル番組の料理コーナーで納豆を具材で使われることはない
ないことはないかもしれませんが、アタシは見たことはありませんし、おそらく多用されている事実はないものと思われます。

ここでひとつ仮説を立ててみます。
<関西では、一定の年齢を境に、納豆の好き・嫌いが分かれる>

こう考えれば家庭の食卓に納豆がでてこなかったのも、テレビの料理コーナーで納豆が使われないのも、アタシの周りの、友人になりうる関西人(せいぜい40歳ぐらいまで)が納豆が好き、というのも納得できます。
しかしここであらたな疑問がでてくる。

・<一定の年齢>というのは、具体的に何歳程度なのか
・そしてその理由は?

そこでさらに仮説を立てます。
<関西人の納豆に対するスタンスを変えたのは、吉野家である>

吉野家とはもちろんあの吉野家です。しかし吉野家がなぜここにでてくるのか。
説明しましょう。

納豆とは非常にクセのある食物です。なにより「あのにおい」に嫌悪感を持つ人は多い。たしかににおいの強烈な食物は親近感がないというか、とっつきはすこぶる悪い。くさや然り、鮒寿司然り。しかしクセがある分、一度ハマったらやみつきになるという習性があります。
食卓に納豆がでてこないというのは、子供時分にまったく親しんでいない食物なわけで、それが変わるのはひとり暮らしをはじめたり、家での食事より外食が増えた時です。

では関西人の、納豆にたいするとっつきをつくったのは何なのか、というと、これは吉野家以外考えられないんです。

その昔、吉野家の朝定食は納豆定食と焼魚定食しかありませんでした。
(余談ですが、魚に詳しい友人は「焼魚定食やったらええけど、牛鮭定食はあかんやろ。あれ、鮭ちゃうし」といってたけど、ホントのところどうなんだろうね?)
それまで関西の、いわゆるふつうの定食屋で納豆がふつうに置いてある店は極少数でした。その変化をもたらしたのが吉野家で、これは<全国チェーン=メニューの統一>という部分からきているのですが、ここではじめて納豆に接した人はかなりいるんじゃないでしょうか。なによりアタシがそうでしたから。

もちろん吉野家にいったことのない人もかなりいるとは思います。現福岡在住・元関西人の友人は、未だかつて一度も吉野家にいったことがないといいます。
でもね、たとえばひとりの男性が吉野家の常連だったとして、
<その男性が納豆にハマる→カノジョにもすすめる→カノジョもハマる→別れる→女性、新しいカレシに納豆をすすめる→カレシハマる→別れる→戻る>
というスパイラルが生まれ、ねずみ算式に納豆好きが増えるのです。
まぁねずみ算式は大げさにしても、十分に<とっかかり>にはなっているんじゃないでしょうか。なにしろそれまで何のとっかかりもなかったのからすれば、すごい進歩(?)ですよね。

この仮説を<納豆に嫌悪感がない人が増えた>理由だというなら、先ほどの、納豆の好き・嫌いが分かれる<一定の年齢>の推定ができます。
吉野家が関西に進出したのがいつなのか定かではありませんが、本格的に店舗が増えたのは、アタシが高校生~大学生の頃だったと思います。つまり1980年代半ばのことです。
この辺りに大学生(に準ずる年齢)だった人がターンポイントになるんじゃないでしょうか。
つまり「関西人の納豆が好き・嫌いの、比率逆転の境目は40歳前後である」と。
(※現注:2011年現在、45歳前後)

どんなもんでしょね。でもここに書いたのは仮説ばっかりで、ちっとも論理的な根拠がないので、あんまり人に言いふらさないでくださいね。




納豆は今でも大好きですが、さいきんテレビで納豆嫌いを公言する人も減った気がします。
こないだ、全員関西出身が売りの関ジャニ∞が、ひとりを除いて納豆好きと言ってたのにはビックリしました。
まあそういう時代なんでしょうね。コンプライアンスとかの問題もあるだろうし。