iPadを実際に使い始めるまでわからなかったことが、ひとつだけあります。それは画面のデカさです。
そりゃiPhoneに比べりゃデカいのは当たり前です。そういう意味じゃなくてね。
うちにはMacとWindowsのノートが一台ずつ、どちらも13インチ前後の画面サイズです。さらにデスクトップのWindowsは40インチのテレビに繋がっています。
不思議なのは、それらと比べても感覚的にはiPadの方が画面が大きく見えるのですよ。
映画館で説明すればわかりやすいか。
スクリーンから近ければ当然大画面に見える。離れれば離れるほど小さく見える。まあ映画館の場合は音響効果や真っ暗な閉じられた室内ってことで、いくら離れていてもやはり家のテレビで見るよりは迫力があるんですが。逆に近すぎると見づらいんですよね。
実はこれはテレビに繋がってるWindowsと同じ感覚で、40インチなんだからさぞ大きいだろうと考えたのですが、あまりにも大きすぎると疲れるだけで大きさを感じない。かといってテレビから離れると、何となく細かい作業がしづらくなる。パソコンがあんまり大画面になるのも考えものというか。
じゃあ13インチのノートPCはどうなのかって話ですが、これは完全に盲点だったのですが、ノートPCの場合、キーボードってのが手前にあるんですね。厳密にいえばトラックパッドもあるし。となると必然的に目とモニタの間隔はそれなりにあるわけです。
根拠があるわけじゃないけど、ノートPCで大画面と感じるには、キーボード+トラックパッドの奥行を考えると、17インチくらいないと大画面って感じないんじゃないでしょうかね。適当だけど。でもそうなると持ち運べないですよね。
iPadのいいところは、目とスクリーンの距離が自由自在なんですよ。iPhoneよりは遠いけどノートPCよりは断然近い。何故ならキーボードがないからね。これは盲点でした。
でもそれならiPadに限らなくてもタブレット全般にいえることなんだけど、ここで威力を発揮するのがRetinaディスプレイなんです。いくら近くにもってこれるといっても、解像度が粗かったら自然と粗さを感じない距離に離すと思うんです。でもRetinaだといくら近づけて見ても粗さをまったく感じない。だから必然的に大画面に見えてしまうわけですね。
大画面に<感じる>んだけど、物理サイズは小さいので本当に気軽に持ち運べるし。まさに「いつでもどこでも大画面」を手に入れられるのはiPadだけのような。HMD(眼鏡タイプというか頭に装着する、あれ)まで入れると話がややこしいけど。というかiPadを買ってHMDの物欲は完全に消滅しました。
完全に理想をいえば、RetinaのMacBook Airの11インチ。それもよくあるシェル型じゃなくてキーボードがスライドで出てくる。トラックパッドは無しにしてマウスで全部やらせる。その上バッテリがiPadくらい持つ。そんなんが出れば最高なんだけど、まあ無理だわな。
トラックパッド無しなんてアップルは絶対にやらないだろうし、キーボードがスライドで出てくるなんてギミックもまったくアップルらしくないし。
何よりiPad並にバッテリが持つってのが技術的に無理だわ。いや、そこさえクリアできていればiPadじゃなくてMacにしてましたよアタシは。
2012年8月5日日曜日
2012年8月3日金曜日
絶滅する方言、生き残る方言
昔3年ほど福岡に住んでいたことがあります。
実際に移住する前は、まあ有り体のベタなイメージしかなくて、食い物でいえば、豚骨ラーメンともつ鍋、みたいなね。でも住んでみると裏切られたっちゃあおかしいのですが、アタシの中のイメージと乖離している部分が多々ありました。
最も驚いたのが方言です。たとえば「◯◯ばい」とか「××ったい」とかの語尾に付けるのとか、「ばってん」とかね、こんなベタベタな方言を喋る人がほとんどいないのです。中年のおっさんはまだこっちのイメージ通りの方言を喋る人が「たまに」いましたが、若者に限ると皆無といっていい。せいぜい語尾の「と」か「けん」くらいで、それすらも全然言わない若者もいっぱいいました。
たしかにイントネーションは少し違う。でも大雑把にいえば標準語との差異はほとんどないといっていい。
ここ数年東北地方に行く機会が多いのですが、やっぱりアタシがイメージする東北弁を喋る若者をほとんど見ないんですね。
そして実家がある関係で年に数回関西に帰ってますが、若者は関西弁を喋らない、なんてことはない。老いも若きも、若干の違いこそあれど関西弁です。
何だ、もしかしたら方言って関西弁以外絶滅したのか、と思ってしまうんですよ。というか関西弁の侵食が凄い。関東の若い高校生くらいの女の子の一人称が「ウチ」ですからね。倖田來未の影響なんでしょうが。
あといっこ、これは凄いなあと思うのが「キモい」の意味が変わっちゃったことです。
数年前まで関東で「キモい」といえば<肝>、つまり「肝心なところ」を動詞化したのもののはずだったんです。
ところが関西弁の「気持ち悪い」をつづめての「キモい」に変化してしまった。最初は松本人志からの発信でしょうが、他の関西系芸人も多用することで完全に意味を変えてしまったのです。
つまり極めて荒っぽい言い方をすれば、地方は標準語化し、関東圏は関西弁化していってる。ついでにいえば関西圏は関西弁のまま、ということになります。
これ、時代を進めれば、つまり未来の話ですが、標準語が関西弁に近づいていってるなら、やがて地方も関西弁に近づいていくってことになる。後数十年で全国で主だって使われる言葉が関西弁になるってことです。(いや違うな。正確にはネイティブ関西弁と、関西弁に近しい標準語か)
そうなれば関西圏出身のアンタは嬉しいだろうって?とんでもない。正直それだけは勘弁してくれって感じです。それはマイノリティを保ちたいとかそんなケチ臭い話じゃなくて、アタシは単に音の響きとして標準語の方が好きなんです。自分はロクに喋れない癖にね。
話が大幅に逸れてしまった。そうじゃない。何で地方の若者は方言を使わないのかって話です。
テレビの影響?もちろんそれもあるでしょう。しかし一番大きいのは<メール>じゃないかと思うんです。
標準語の何が優れているといっても、口語体でありながら昔でいうところの文語体を兼ねているところで、非常に読みやすい。
前も書きましたが、関西弁に限らず方言って文字にすると読みづらいんですよ。だから関東圏以外の人も文章を書く時は、いくら近しい仲で、くだけた調子でも、標準語で書くのです。
メール文化が発達して以降、若い人の文章を書く量は飛躍的に増えたはずです。たとえ短文でも毎日数十通書いてたら膨大な量になる。しかしそこで書かれるのは標準語です。
こうなると喋りが標準語に近づいていくのも当然という気がします。
さっき関西弁が侵食してきていると書きましたが、「ウチ」にしても「キモい」にしても、文章の中にも組み込みやすいフレーズだけなんです。
たとえば「ウチな、今日朝ごはん食べられへんかったんやんかぁ」みたいなわかりにくいというか文章として成立しづらい関西弁は絶対浸透しない。
(例文の意味わかります?昨今でこそマシになりましたが、数年前まで関東でこういう言い回しをすると、ほぼ決まって「え?知らないよ」と返答されました。つまりあなたも当然私が朝ごはんを食べられなかったことを知ってますよね、という風に受け取られたんです)
そう考えるとメールを標準語を書こうが何しようが方言を維持し続ける関西人は、というか関西弁は強い方言なんだなと思わされます。
何だか詭弁というか風が吹いたら桶屋が儲かる式の話になりましたが、まあこんなもんで。
実際に移住する前は、まあ有り体のベタなイメージしかなくて、食い物でいえば、豚骨ラーメンともつ鍋、みたいなね。でも住んでみると裏切られたっちゃあおかしいのですが、アタシの中のイメージと乖離している部分が多々ありました。
最も驚いたのが方言です。たとえば「◯◯ばい」とか「××ったい」とかの語尾に付けるのとか、「ばってん」とかね、こんなベタベタな方言を喋る人がほとんどいないのです。中年のおっさんはまだこっちのイメージ通りの方言を喋る人が「たまに」いましたが、若者に限ると皆無といっていい。せいぜい語尾の「と」か「けん」くらいで、それすらも全然言わない若者もいっぱいいました。
たしかにイントネーションは少し違う。でも大雑把にいえば標準語との差異はほとんどないといっていい。
ここ数年東北地方に行く機会が多いのですが、やっぱりアタシがイメージする東北弁を喋る若者をほとんど見ないんですね。
そして実家がある関係で年に数回関西に帰ってますが、若者は関西弁を喋らない、なんてことはない。老いも若きも、若干の違いこそあれど関西弁です。
何だ、もしかしたら方言って関西弁以外絶滅したのか、と思ってしまうんですよ。というか関西弁の侵食が凄い。関東の若い高校生くらいの女の子の一人称が「ウチ」ですからね。倖田來未の影響なんでしょうが。
あといっこ、これは凄いなあと思うのが「キモい」の意味が変わっちゃったことです。
数年前まで関東で「キモい」といえば<肝>、つまり「肝心なところ」を動詞化したのもののはずだったんです。
ところが関西弁の「気持ち悪い」をつづめての「キモい」に変化してしまった。最初は松本人志からの発信でしょうが、他の関西系芸人も多用することで完全に意味を変えてしまったのです。
つまり極めて荒っぽい言い方をすれば、地方は標準語化し、関東圏は関西弁化していってる。ついでにいえば関西圏は関西弁のまま、ということになります。
これ、時代を進めれば、つまり未来の話ですが、標準語が関西弁に近づいていってるなら、やがて地方も関西弁に近づいていくってことになる。後数十年で全国で主だって使われる言葉が関西弁になるってことです。(いや違うな。正確にはネイティブ関西弁と、関西弁に近しい標準語か)
そうなれば関西圏出身のアンタは嬉しいだろうって?とんでもない。正直それだけは勘弁してくれって感じです。それはマイノリティを保ちたいとかそんなケチ臭い話じゃなくて、アタシは単に音の響きとして標準語の方が好きなんです。自分はロクに喋れない癖にね。
話が大幅に逸れてしまった。そうじゃない。何で地方の若者は方言を使わないのかって話です。
テレビの影響?もちろんそれもあるでしょう。しかし一番大きいのは<メール>じゃないかと思うんです。
標準語の何が優れているといっても、口語体でありながら昔でいうところの文語体を兼ねているところで、非常に読みやすい。
前も書きましたが、関西弁に限らず方言って文字にすると読みづらいんですよ。だから関東圏以外の人も文章を書く時は、いくら近しい仲で、くだけた調子でも、標準語で書くのです。
メール文化が発達して以降、若い人の文章を書く量は飛躍的に増えたはずです。たとえ短文でも毎日数十通書いてたら膨大な量になる。しかしそこで書かれるのは標準語です。
こうなると喋りが標準語に近づいていくのも当然という気がします。
さっき関西弁が侵食してきていると書きましたが、「ウチ」にしても「キモい」にしても、文章の中にも組み込みやすいフレーズだけなんです。
たとえば「ウチな、今日朝ごはん食べられへんかったんやんかぁ」みたいなわかりにくいというか文章として成立しづらい関西弁は絶対浸透しない。
(例文の意味わかります?昨今でこそマシになりましたが、数年前まで関東でこういう言い回しをすると、ほぼ決まって「え?知らないよ」と返答されました。つまりあなたも当然私が朝ごはんを食べられなかったことを知ってますよね、という風に受け取られたんです)
そう考えるとメールを標準語を書こうが何しようが方言を維持し続ける関西人は、というか関西弁は強い方言なんだなと思わされます。
何だか詭弁というか風が吹いたら桶屋が儲かる式の話になりましたが、まあこんなもんで。
2012年6月17日日曜日
二十一世紀を迎えたばかりのアタシへ
早いもので二十一世紀になってから10年以上経ったわけです。もうそんなになるのか。
ノストラダムスの予言は当たらないままミレニアムを迎え、さらにその次の年であった2001年。
この十余年、様々な出来事がありました。個人的にも、もちろんいろんなことがあり、2001年というとアタシはフツーのサラリーマンだったりしました。
んでふと思ったのですが、もし2001年の自分自身に出会えるとして、「こんな出来事があったよ」といって一番ビックリするのは何だろうな、と。
個人的なことを書いてもしょうがないので、あくまで世の中の動きの中で最も驚くようなことを探ろうかなと。
◯東北での震災及び原発事故
2001〜2012年の間で一番大きかった出来事といえばこれでしょう。が、驚きはそこまででもないかもしれません。というのも2001年のわずか6年前に阪神大震災を体験しており、これから日本のどの地域で大きな地震が起きても不思議ではないと思ってましたから。
もちろん実際に起こったらビビりまくるわけですが、話として聞かされた場合は「ああ、そういうことになるかも」とわりと冷静に受け止められそうな気がします。
◯スマートフォンなるものの普及
2001年といえばすでにインターネットは存在しており、ADSLとはいえブロードバンドもそこそこ普及してたわけです。
この年の暮れ、アタシはスマフオの前身ともいえるPDAに興味を持つわけですが、当時はコンパクトフラッシュ型の通信カードを用いて、極々軽いデータの送受信をするのが関の山でした。
今では当時のADSL並の速度で通信できて、当たり前のように電話もできるんだから、なんとまあ凄い時代になったものです。
が、当時のアタシでは知識がなさすぎて、どう凄いのかイマイチ理解できないかもしれません。
◯有名人の逝去
アタシが最も敬愛する植木等をはじめ、この十余年の間に数々の有名人が逝去しました。
しかし、特に植木等に関しては年齢的に「この期間」だったことは想像がついたわけで、残念には思ってもショックとは少し違う感情が芽生えそうです。
◯リーマンショック
これは「衝撃」とは違う意味で一番ショックかもしれません。
バブル期から落ちる一方なのを嫌というほど体験して、え、まだこれ以上大幅に落ちるのかよ、とわかったら、真面目に働くことが嫌になるかもしれません。
◯近鉄バファローズ消滅
公式には合併ですが感覚としては完全に「消滅」です。
それまでも親会社交代の経験はあったものの、球団が消滅するなんて可能性すら考えたことがありませんでした。というか完全に漫画の中の出来事だと思ってました。(漫画じゃ「優勝できなければ球団が消滅する」なんて展開はよくあるからね)
これを知ったら間違いなく衝撃を受けるでしょう。
◯阪神タイガースが二度リーグ優勝
「近鉄消滅」ほどじゃないかもしれないけど、めちゃくちゃ驚きそうです。顔が浮かぶくらい。
だって当時は暗黒の末期で、とてもじゃないけど「優勝」なんて遥か彼方にも見えませんでしたから。
で、誰が優勝させてくれたの?野村でしょ?え?違う?星野?今現在、中日の監督やってる?あの星野仙一?
となった時点で信じないかも。
◯2012年、阪神タイガース外野手・桧山進次郎、いまだ現役
オチっぽいですが、マジで一番腰を抜かしそうなのがこれです。
ノストラダムスの予言は当たらないままミレニアムを迎え、さらにその次の年であった2001年。
この十余年、様々な出来事がありました。個人的にも、もちろんいろんなことがあり、2001年というとアタシはフツーのサラリーマンだったりしました。
んでふと思ったのですが、もし2001年の自分自身に出会えるとして、「こんな出来事があったよ」といって一番ビックリするのは何だろうな、と。
個人的なことを書いてもしょうがないので、あくまで世の中の動きの中で最も驚くようなことを探ろうかなと。
◯東北での震災及び原発事故
2001〜2012年の間で一番大きかった出来事といえばこれでしょう。が、驚きはそこまででもないかもしれません。というのも2001年のわずか6年前に阪神大震災を体験しており、これから日本のどの地域で大きな地震が起きても不思議ではないと思ってましたから。
もちろん実際に起こったらビビりまくるわけですが、話として聞かされた場合は「ああ、そういうことになるかも」とわりと冷静に受け止められそうな気がします。
◯スマートフォンなるものの普及
2001年といえばすでにインターネットは存在しており、ADSLとはいえブロードバンドもそこそこ普及してたわけです。
この年の暮れ、アタシはスマフオの前身ともいえるPDAに興味を持つわけですが、当時はコンパクトフラッシュ型の通信カードを用いて、極々軽いデータの送受信をするのが関の山でした。
今では当時のADSL並の速度で通信できて、当たり前のように電話もできるんだから、なんとまあ凄い時代になったものです。
が、当時のアタシでは知識がなさすぎて、どう凄いのかイマイチ理解できないかもしれません。
◯有名人の逝去
アタシが最も敬愛する植木等をはじめ、この十余年の間に数々の有名人が逝去しました。
しかし、特に植木等に関しては年齢的に「この期間」だったことは想像がついたわけで、残念には思ってもショックとは少し違う感情が芽生えそうです。
◯リーマンショック
これは「衝撃」とは違う意味で一番ショックかもしれません。
バブル期から落ちる一方なのを嫌というほど体験して、え、まだこれ以上大幅に落ちるのかよ、とわかったら、真面目に働くことが嫌になるかもしれません。
◯近鉄バファローズ消滅
公式には合併ですが感覚としては完全に「消滅」です。
それまでも親会社交代の経験はあったものの、球団が消滅するなんて可能性すら考えたことがありませんでした。というか完全に漫画の中の出来事だと思ってました。(漫画じゃ「優勝できなければ球団が消滅する」なんて展開はよくあるからね)
これを知ったら間違いなく衝撃を受けるでしょう。
◯阪神タイガースが二度リーグ優勝
「近鉄消滅」ほどじゃないかもしれないけど、めちゃくちゃ驚きそうです。顔が浮かぶくらい。
だって当時は暗黒の末期で、とてもじゃないけど「優勝」なんて遥か彼方にも見えませんでしたから。
で、誰が優勝させてくれたの?野村でしょ?え?違う?星野?今現在、中日の監督やってる?あの星野仙一?
となった時点で信じないかも。
◯2012年、阪神タイガース外野手・桧山進次郎、いまだ現役
オチっぽいですが、マジで一番腰を抜かしそうなのがこれです。
2012年6月1日金曜日
狭山事件を読み解かない
高校生の頃、アタシの夢はただひとつ「ひとり暮らしをする」ことでした。
何故そこまでひとり暮らしに憧れていたのか、今となってはつまびらかではありませんが、親元を離れて暮らすという行為に果てしなく自由な感じがしたんだと思います。
たいして行きたくなかった大学に行ったのも、もし大学に入ったらひとり暮らしをしてもいい、という許しを得たからで、大学まで通って通えない距離ではなかったのに狭いアパートを借りて念願のひとり暮らしを始めたんです。
それがまた中途半端な場所でして、本当なら大学のそばに住むものですけど、大学のあった場所がかなり田舎で、どうせなら街中に住みたいという願望から、自宅と大学の中間地点みたいなことろに部屋を借りたんですね。
しかしこれは失敗でした。
通学に妙に時間がかかるので、ほとんど大学に行かなくなり、念願だったマイルームで、ひたすらボケーッとしてました。さすがにマズいと思い翌年には大学のそばに引っ越したのですが、本当に何もしなかった、そして果てしなく孤独だったその一年も今となっては、それなりに思い入れがあります。
とにかく何もすることがないので、意味なく、本当にまったく何の意味もなく、近所を徘徊するようになりました。まもなく自転車を手に入れたので自然と移動距離も伸びたのですが、特に夏の暑い日など、近所にあった大きな公園を無意味に何周もしました。部屋が蒸し風呂状態だったんだもんで。
自転車で徘徊するようになってから、だいたい30分圏内の場所は定期的に行ってたのですが、中でもお気に入りの場所がありました。
そこの駅周辺は妙に好きな雰囲気で、といっても何をするわけでもないのですが、とにかく頻繁に通っていました。誰かと会うわけでもなく、何か用事があるわけでもなく、ただもう、この場所で時間が過ぎていけばそれでいい、そんな感じでした。ある意味精神が病んでいたんでしょう。
しかし引っかかるところもありました。駅の周辺は非常に雰囲気がいい。が、駅から少し離れたとある周辺は何やら異様な感じがして、正直怖さ、みたいなものを感じていたんです。
特に怖さを感じたのは、「狭山事件」、「Iさん(実際は実名)を救おう」みたいな横断幕みたいなのがやたらかかっていたからです。
いよいよ本題ですが、狭山事件は昭和38年に起きた殺人事件です。これは女子高生(とはいえ今でいう専門学校性)が何者かに絞殺・遺棄された事件でして、場所は埼玉県狭山市で起こったので、一般的に狭山事件と言い習わされています。
さっきから「田舎」とか「街中」とか「とある」とか、場所に関して妙にボカして書いてあるのは、狭山事件の容疑者とされたI氏(現在は仮出所中)が被差別関係の人だったからで、つまりはアタシがお気に入りだった駅から少し離れた場所は、被差別関係の人が多く住む地域だったんです。でなければ埼玉で起こった事件(それもその当時で事件発生から20年以上経過している)が関西の某地域で横断幕なんて出るわけがない。
そんなわけで場所を詳細に書けないのは当然というか何というか。
I氏が容疑者とされた根拠は甚だ薄弱で、こんなんでよく逮捕に踏み切れたな、と思うのですが、I氏が被差別関係の人だったために話がややこしくなってしまった側面があります。
が、事件を見ていくと、こと謎、という部分に関してはこれほど謎の多い事件も珍しい。
I氏逮捕には直前に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」(この時点では未検挙)の犯人を取り逃がす失態を犯していたため、警察が「生きたまま犯人を捕らえる」ことに執着しすぎた結果だといわれていますが、警察の二重ミス&秘密の暴露(犯人しか知り得ない情報)のでっち上げの可能性を置いておいたとしても、じゃあほぼシロのI氏でなければ誰が犯人なんだ、といわれればよくわからない。
しかもこの事件の関係者が事件後謎の自殺を遂げた者が複数いることも謎が謎を呼ぶ結果になってしまっているんです。
狭山事件、というと都市伝説として「となりのトトロ」の裏設定というか、あの話は狭山事件をファンタジックに裏書きしたものなんじゃないかとまことしやかにいわれています。
細かくは書きませんが、たしかに符合するところが多く、というか「こじつけといえばこじつけ、しかし符合といえば符合」という絶妙な線をついています。
まあアタシは宮崎作品に興味がないのでどうでもいいのですが。
そんなことより
アタシが自転車で徘徊していたのが約25年前、そして狭山事件が起こったのが約50年前です。
記憶の中にある、淡く色褪せた映像と、実際のというか、事件当時の荒れたモノクロフィルムの映像。別物といえば別物なのですが、四半世紀前と半世紀前の映像が妙にシンクロして、「狭山事件」と聞くと、あの鬱屈した日々を思い出してしまうのです。
何故そこまでひとり暮らしに憧れていたのか、今となってはつまびらかではありませんが、親元を離れて暮らすという行為に果てしなく自由な感じがしたんだと思います。
たいして行きたくなかった大学に行ったのも、もし大学に入ったらひとり暮らしをしてもいい、という許しを得たからで、大学まで通って通えない距離ではなかったのに狭いアパートを借りて念願のひとり暮らしを始めたんです。
それがまた中途半端な場所でして、本当なら大学のそばに住むものですけど、大学のあった場所がかなり田舎で、どうせなら街中に住みたいという願望から、自宅と大学の中間地点みたいなことろに部屋を借りたんですね。
しかしこれは失敗でした。
通学に妙に時間がかかるので、ほとんど大学に行かなくなり、念願だったマイルームで、ひたすらボケーッとしてました。さすがにマズいと思い翌年には大学のそばに引っ越したのですが、本当に何もしなかった、そして果てしなく孤独だったその一年も今となっては、それなりに思い入れがあります。
とにかく何もすることがないので、意味なく、本当にまったく何の意味もなく、近所を徘徊するようになりました。まもなく自転車を手に入れたので自然と移動距離も伸びたのですが、特に夏の暑い日など、近所にあった大きな公園を無意味に何周もしました。部屋が蒸し風呂状態だったんだもんで。
自転車で徘徊するようになってから、だいたい30分圏内の場所は定期的に行ってたのですが、中でもお気に入りの場所がありました。
そこの駅周辺は妙に好きな雰囲気で、といっても何をするわけでもないのですが、とにかく頻繁に通っていました。誰かと会うわけでもなく、何か用事があるわけでもなく、ただもう、この場所で時間が過ぎていけばそれでいい、そんな感じでした。ある意味精神が病んでいたんでしょう。
しかし引っかかるところもありました。駅の周辺は非常に雰囲気がいい。が、駅から少し離れたとある周辺は何やら異様な感じがして、正直怖さ、みたいなものを感じていたんです。
特に怖さを感じたのは、「狭山事件」、「Iさん(実際は実名)を救おう」みたいな横断幕みたいなのがやたらかかっていたからです。
いよいよ本題ですが、狭山事件は昭和38年に起きた殺人事件です。これは女子高生(とはいえ今でいう専門学校性)が何者かに絞殺・遺棄された事件でして、場所は埼玉県狭山市で起こったので、一般的に狭山事件と言い習わされています。
さっきから「田舎」とか「街中」とか「とある」とか、場所に関して妙にボカして書いてあるのは、狭山事件の容疑者とされたI氏(現在は仮出所中)が被差別関係の人だったからで、つまりはアタシがお気に入りだった駅から少し離れた場所は、被差別関係の人が多く住む地域だったんです。でなければ埼玉で起こった事件(それもその当時で事件発生から20年以上経過している)が関西の某地域で横断幕なんて出るわけがない。
そんなわけで場所を詳細に書けないのは当然というか何というか。
I氏が容疑者とされた根拠は甚だ薄弱で、こんなんでよく逮捕に踏み切れたな、と思うのですが、I氏が被差別関係の人だったために話がややこしくなってしまった側面があります。
が、事件を見ていくと、こと謎、という部分に関してはこれほど謎の多い事件も珍しい。
I氏逮捕には直前に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」(この時点では未検挙)の犯人を取り逃がす失態を犯していたため、警察が「生きたまま犯人を捕らえる」ことに執着しすぎた結果だといわれていますが、警察の二重ミス&秘密の暴露(犯人しか知り得ない情報)のでっち上げの可能性を置いておいたとしても、じゃあほぼシロのI氏でなければ誰が犯人なんだ、といわれればよくわからない。
しかもこの事件の関係者が事件後謎の自殺を遂げた者が複数いることも謎が謎を呼ぶ結果になってしまっているんです。
狭山事件、というと都市伝説として「となりのトトロ」の裏設定というか、あの話は狭山事件をファンタジックに裏書きしたものなんじゃないかとまことしやかにいわれています。
細かくは書きませんが、たしかに符合するところが多く、というか「こじつけといえばこじつけ、しかし符合といえば符合」という絶妙な線をついています。
まあアタシは宮崎作品に興味がないのでどうでもいいのですが。
そんなことより
アタシが自転車で徘徊していたのが約25年前、そして狭山事件が起こったのが約50年前です。
記憶の中にある、淡く色褪せた映像と、実際のというか、事件当時の荒れたモノクロフィルムの映像。別物といえば別物なのですが、四半世紀前と半世紀前の映像が妙にシンクロして、「狭山事件」と聞くと、あの鬱屈した日々を思い出してしまうのです。
2012年5月31日木曜日
封印されたyabuniramiJAPAN
えらく大仰なタイトルですが、何のことはない、ただの「ボツネタ」ネタです。
ブログ用に書いたものの結局ボツにしたって経験は誰にでもあるんではないかと思うのですが、これも本当はおかしな話で、別にお金を貰って書いてるわけじゃないんだし、「ブログのクオリティが」云々なんてまったく考えてるわけじゃないのに、それでもボツは溜まっていくもんなんです。
アタシの場合、ボツになったネタはほぼ次のふた通りに分類されます。
◯PC関連ネタ
実はこれもさらにふたつに分けられるのでして、ひとつは画像っつーかスクリーンショットが必要になる場合。はっきりいって非常にめんどくさい。放置された挙句ボツになるパターンがほとんどです。
もうひとつは旬を逃した場合。これが「書いたテキストはすぐにエントリする」人なら(ほとんどの人はそうでしょうが)何の問題もない。ところがアタシは書いたらしばらく「寝かし」てから更新するのがほとんどです。
特別更新順を考えてるわけじゃないのに、何となく後回しになった場合、他のネタと違ってPC関連ネタはツブシが効かないのです。
◯「ナンノコトカワカンナイ」ネタ
面白いかも、と書き始めたものの、自分の中でしか意味がないネタになってしまうことがたまにあります。
ちょっとでも普遍的な部分が付加できれば、まあいいかとエントリしてしまうこともあるのですが、もう完全に読んだ人の頭の中がクエスチョンマークしかでないネタはさすがにエントリしようと思いませんわね。
ではタイトルでも列挙していきます。
「Evernoteが使いこなせない!という方へ」(2011年7月頃執筆)
「iPhoneスタンド」(2011年度7月頃執筆)
「LifeTouchNOTEに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「PT2とDLNAに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「クラウドに苦戦する」(2011年12月頃執筆)
「自炊に苦戦する・その3」(2012年4月頃執筆)
このあたりが、いわゆる<PC関連ネタ>です。
上のふたつは画像貼るのめんどくせ系で、EvernoteのTipsは自分なりによく書けたと思ったのですが、めんどくささがさきに立って更新に至りませんでした。
残りは更新しない間に文中に書いた問題が解決してしまったパターンで、まあパソコンなんてもんは試行錯誤を繰り返すもんですからね。
「それではアタシが死んでしまうでしょう」(2011年12月頃執筆)
「老いる、ということ」(2011年12月頃執筆)
「目の疲れと手持ちぶさたとの攻防」(2012年3月頃執筆)
「韻を踏む踏まない」(2012年5月頃執筆)
この辺が「自分の中でしか意味がない」系ネタです。
それでも普通はリライトして何とか使おうとするのですが、この4つは妙に重いテーマになったので、リライトする気すら起こりませんでした。
そしてもうひとつ
「生き残った弁天様」(2012年1月頃執筆)
これは唯一の笠置シヅ子単独主演といってもいい映画について書いたものですが、映画そのものもマイナーなうえ(一度もメディア化されていない)、アタシの言いたいことも普遍性のカケラもない、という。変則ですがこれも「自分の中でしか意味がない」ネタといっていいでしょう。
あとひとつ。上記のどれにも属さないのですが
「嫌い、からの変遷」(2011年11月頃執筆)
ってのがあります。主題となった人はふたりで、三浦知良とロンブーの田村淳。何の共通点があるのかって話ですが、まあ自分の中ではあるんです。
あるんだけど、実際に書いてみるとどうしても上手く書けない。何度か書き直してみたんだけど、だから何?みたいな内容にしかならないのです。
んでもういいや、と。
何度もいうように仕事で書いてるわけじゃないんで、多少上手く書けなくてもいいんですよ。だいいち笑わせてやろうとか、感動させようとか、名文だと思われたいとか、このブログをきっかけに評論家とかコラムニストとしてのし上がってやろうとか、そんなことは一切考えてないわけで(当たり前だ、と思われるでしょうが、いるんですよ、本物の馬鹿が。誰が個人ブログ見て仕事頼もうなんて思うんだっつー話で)、多少の誤字とか、おかしな言い回しとか気づいてもそのままにしたりしてるし。
でも何が言いたいのかさっぱりわからない、みたいなのはさすがに避けたいわけでして。数少ないとはいえ読み手の人に申し訳ないですよ。
またボツが溜まった頃に第二弾をやります。
ブログ用に書いたものの結局ボツにしたって経験は誰にでもあるんではないかと思うのですが、これも本当はおかしな話で、別にお金を貰って書いてるわけじゃないんだし、「ブログのクオリティが」云々なんてまったく考えてるわけじゃないのに、それでもボツは溜まっていくもんなんです。
アタシの場合、ボツになったネタはほぼ次のふた通りに分類されます。
◯PC関連ネタ
実はこれもさらにふたつに分けられるのでして、ひとつは画像っつーかスクリーンショットが必要になる場合。はっきりいって非常にめんどくさい。放置された挙句ボツになるパターンがほとんどです。
もうひとつは旬を逃した場合。これが「書いたテキストはすぐにエントリする」人なら(ほとんどの人はそうでしょうが)何の問題もない。ところがアタシは書いたらしばらく「寝かし」てから更新するのがほとんどです。
特別更新順を考えてるわけじゃないのに、何となく後回しになった場合、他のネタと違ってPC関連ネタはツブシが効かないのです。
◯「ナンノコトカワカンナイ」ネタ
面白いかも、と書き始めたものの、自分の中でしか意味がないネタになってしまうことがたまにあります。
ちょっとでも普遍的な部分が付加できれば、まあいいかとエントリしてしまうこともあるのですが、もう完全に読んだ人の頭の中がクエスチョンマークしかでないネタはさすがにエントリしようと思いませんわね。
ではタイトルでも列挙していきます。
「Evernoteが使いこなせない!という方へ」(2011年7月頃執筆)
「iPhoneスタンド」(2011年度7月頃執筆)
「LifeTouchNOTEに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「PT2とDLNAに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「クラウドに苦戦する」(2011年12月頃執筆)
「自炊に苦戦する・その3」(2012年4月頃執筆)
このあたりが、いわゆる<PC関連ネタ>です。
上のふたつは画像貼るのめんどくせ系で、EvernoteのTipsは自分なりによく書けたと思ったのですが、めんどくささがさきに立って更新に至りませんでした。
残りは更新しない間に文中に書いた問題が解決してしまったパターンで、まあパソコンなんてもんは試行錯誤を繰り返すもんですからね。
「それではアタシが死んでしまうでしょう」(2011年12月頃執筆)
「老いる、ということ」(2011年12月頃執筆)
「目の疲れと手持ちぶさたとの攻防」(2012年3月頃執筆)
「韻を踏む踏まない」(2012年5月頃執筆)
この辺が「自分の中でしか意味がない」系ネタです。
それでも普通はリライトして何とか使おうとするのですが、この4つは妙に重いテーマになったので、リライトする気すら起こりませんでした。
そしてもうひとつ
「生き残った弁天様」(2012年1月頃執筆)
これは唯一の笠置シヅ子単独主演といってもいい映画について書いたものですが、映画そのものもマイナーなうえ(一度もメディア化されていない)、アタシの言いたいことも普遍性のカケラもない、という。変則ですがこれも「自分の中でしか意味がない」ネタといっていいでしょう。
あとひとつ。上記のどれにも属さないのですが
「嫌い、からの変遷」(2011年11月頃執筆)
ってのがあります。主題となった人はふたりで、三浦知良とロンブーの田村淳。何の共通点があるのかって話ですが、まあ自分の中ではあるんです。
あるんだけど、実際に書いてみるとどうしても上手く書けない。何度か書き直してみたんだけど、だから何?みたいな内容にしかならないのです。
んでもういいや、と。
何度もいうように仕事で書いてるわけじゃないんで、多少上手く書けなくてもいいんですよ。だいいち笑わせてやろうとか、感動させようとか、名文だと思われたいとか、このブログをきっかけに評論家とかコラムニストとしてのし上がってやろうとか、そんなことは一切考えてないわけで(当たり前だ、と思われるでしょうが、いるんですよ、本物の馬鹿が。誰が個人ブログ見て仕事頼もうなんて思うんだっつー話で)、多少の誤字とか、おかしな言い回しとか気づいてもそのままにしたりしてるし。
でも何が言いたいのかさっぱりわからない、みたいなのはさすがに避けたいわけでして。数少ないとはいえ読み手の人に申し訳ないですよ。
またボツが溜まった頃に第二弾をやります。
2012年5月30日水曜日
秋元康の絶妙感
前回の続き、ではないのですが多少書き残したことが気になったので。
とんねるずのコミックソングをあれだけ絶賛したのに、あの人の名前がないのは変ですよね。
あの人とはもちろん秋元康です。
たとえば到達点とまでいった「ガニ」の凄さはほとんど編曲にあります。
初期の見岳章、中期から後期にかけて後藤次利の貢献度は半端じゃない。それくらいとんねるずの楽曲において作編曲はキモだったとおもうのですよ。
それでも一番にくるのは秋元康です。
いつ聴いても凄いなと思うのが「雨の西麻布」でして、「♪ふたりのにしあざーぶー」というコーラスから入るわけですが、本歌に入って最初の歌詞が「そして」なんですね。
これは凄いことなんですよ。「そして」って言葉はリリックとして非常に使いづらいんです。とにかく音がブチブチに切れてしまう。また一回使っただけでやたら説明的な歌詞になってしまう、いろんな意味で危険なフレーズなんですね。
それをね、ド頭にいきなり持ってきて、さらにもう一度すぐに突っ込む。大胆にもほどがあります。
「雨の西麻布」はムード歌謡のパロディですが、たしかに「そして」を使うとムード歌謡ぽくはなる。でも実際は危険なフレーズなのでさほど使われていない。
こういう計算が秋元康の真骨頂だと思うんですよね。
それこそ美空ひばりの「川の流れのように」やAKB48の「ヘビーローテーション」もなんだけど、秋元康の詞って「あざといくらいあざとくない」んです。わかりにくいか。つまり「ものすごくあざとく、あざとさを消してる」といえばいいのか。ダメだ、上手くいえないわ。
「雨の西麻布」の西麻布って地名なんかホントにその代表で、Wikipediaなんかを見ると最初は「雨の亀戸」だったそうですが、亀戸じゃあざとい。かといって「雨の六本木」じゃあざとくないかわりに芸がない。そこへいくと西麻布ってのはまことに絶妙の線でして、わかる人がわかればいい、しかし身内しかわからないほどでもない、ギリギリのラインをついているんです。
秋元康の才能は作詞、それもコミックであればあるほど抑制の効いた絶妙な感じがでる。そういう人をブレーンに引き入れたとんねるずはやはり凄いと思うのです。
この辺はダウンタウンとは正反対で、松本人志は全部自分でやりたがるでしょ。それはそれでいいし、それこそ「エキセントリック少年ボウイ」はギャグの羅列を歌にした初めての成功例だと思うんです。
でもどこか堅苦しさもあって、とんねるずのように有能な作詞家をブレーンにつけた方が、コミックソングを「演じる」(歌う、ではなく)にあたって、より自由度が増す気がするんですね。
考えてみれば植木等だって青島幸男の世界観があればこそあれだけ暴れ回ることができたんです。
ただ青島幸男の詩の世界は必ずしも植木等が暴れることに特化してたわけじゃない。どちらかというと植木等がどうとかじゃなく、青島幸男の主義主張の方が前面に出ています。
秋元康はそうじゃない。この人は奇妙なほど主義主張を込めない。その代わり、どういう世界観を提示したら歌い手(演じ手)が能力を最大限に発揮できるか、完璧に計算されていると思うのです。
そんな対比で考えると、青島幸男はアーティスト、秋元康は職人といえるのかもしれません。
(余談だけど秋元康の師匠は青島幸男門下だったから、孫弟子といえなくもない)
さて久しぶりに妙に熱く語ってしまいましたが、そういや今までとんねるずについて言及するは避けてたんですよ、アタシは。チャンスがなかったともいえるけど。
でもこれだけ溢れ出すってことは、ダウンタウンと同等の思い入れがあるんですな。結局わかったのはそこだったり。
とんねるずのコミックソングをあれだけ絶賛したのに、あの人の名前がないのは変ですよね。
あの人とはもちろん秋元康です。
たとえば到達点とまでいった「ガニ」の凄さはほとんど編曲にあります。
初期の見岳章、中期から後期にかけて後藤次利の貢献度は半端じゃない。それくらいとんねるずの楽曲において作編曲はキモだったとおもうのですよ。
それでも一番にくるのは秋元康です。
いつ聴いても凄いなと思うのが「雨の西麻布」でして、「♪ふたりのにしあざーぶー」というコーラスから入るわけですが、本歌に入って最初の歌詞が「そして」なんですね。
これは凄いことなんですよ。「そして」って言葉はリリックとして非常に使いづらいんです。とにかく音がブチブチに切れてしまう。また一回使っただけでやたら説明的な歌詞になってしまう、いろんな意味で危険なフレーズなんですね。
それをね、ド頭にいきなり持ってきて、さらにもう一度すぐに突っ込む。大胆にもほどがあります。
「雨の西麻布」はムード歌謡のパロディですが、たしかに「そして」を使うとムード歌謡ぽくはなる。でも実際は危険なフレーズなのでさほど使われていない。
こういう計算が秋元康の真骨頂だと思うんですよね。
それこそ美空ひばりの「川の流れのように」やAKB48の「ヘビーローテーション」もなんだけど、秋元康の詞って「あざといくらいあざとくない」んです。わかりにくいか。つまり「ものすごくあざとく、あざとさを消してる」といえばいいのか。ダメだ、上手くいえないわ。
「雨の西麻布」の西麻布って地名なんかホントにその代表で、Wikipediaなんかを見ると最初は「雨の亀戸」だったそうですが、亀戸じゃあざとい。かといって「雨の六本木」じゃあざとくないかわりに芸がない。そこへいくと西麻布ってのはまことに絶妙の線でして、わかる人がわかればいい、しかし身内しかわからないほどでもない、ギリギリのラインをついているんです。
秋元康の才能は作詞、それもコミックであればあるほど抑制の効いた絶妙な感じがでる。そういう人をブレーンに引き入れたとんねるずはやはり凄いと思うのです。
この辺はダウンタウンとは正反対で、松本人志は全部自分でやりたがるでしょ。それはそれでいいし、それこそ「エキセントリック少年ボウイ」はギャグの羅列を歌にした初めての成功例だと思うんです。
でもどこか堅苦しさもあって、とんねるずのように有能な作詞家をブレーンにつけた方が、コミックソングを「演じる」(歌う、ではなく)にあたって、より自由度が増す気がするんですね。
考えてみれば植木等だって青島幸男の世界観があればこそあれだけ暴れ回ることができたんです。
ただ青島幸男の詩の世界は必ずしも植木等が暴れることに特化してたわけじゃない。どちらかというと植木等がどうとかじゃなく、青島幸男の主義主張の方が前面に出ています。
秋元康はそうじゃない。この人は奇妙なほど主義主張を込めない。その代わり、どういう世界観を提示したら歌い手(演じ手)が能力を最大限に発揮できるか、完璧に計算されていると思うのです。
そんな対比で考えると、青島幸男はアーティスト、秋元康は職人といえるのかもしれません。
(余談だけど秋元康の師匠は青島幸男門下だったから、孫弟子といえなくもない)
さて久しぶりに妙に熱く語ってしまいましたが、そういや今までとんねるずについて言及するは避けてたんですよ、アタシは。チャンスがなかったともいえるけど。
でもこれだけ溢れ出すってことは、ダウンタウンと同等の思い入れがあるんですな。結局わかったのはそこだったり。
2012年5月29日火曜日
コミックソングの到達点
コミックソングって何なんだろうなと思います。
「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられてるわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることもできない。
コメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないし。
でもそれじゃ話が続かないから、コメディアンor芸人が歌い、なおかつコミカルな要素がある曲をコミックソングと仮に定義付けします。
ところが新たにコミックソングを作ろうとしても、現状ぺんぺん草も生えないんですよ。それくらい刈り取られてるから。青島幸男作詞、萩原哲晶作曲編曲、植木等並びクレージーキャッツ歌唱の楽曲群にね。
それはホントに痛感するのですよ。アタシがクレージーキャッツの大ファンというのを抜きにしても、恐ろしいほど様々な手を使って、コミックソングの手立てを塗り潰している。数年遅れた後輩のドリフの時点で「有りものの楽曲をコミカルに味付けする」方向に逃げざるを得なかった。
コメディNo.1の「アホの坂田」(キダ・タロー作曲、ていっていいのか微妙だけど)や間寛平の「ひらけ!チューリップ」、そしてクレージーソングの重要なブレーンである宮川泰が手掛けた笑福亭仁鶴の「大発見やァ!」など、関西方面から名曲と呼んで差し支えないクオリティの楽曲が出たりしましたが、「ひらけ!チューリップ」や笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」の作者であり、ある種の天才といっていい山本まさゆきですらアニメの主題歌という枠でしかコミックソングを発表し続けることはできませんでした。
そんな中、唯一コミックソングをいう曖昧なジャンルに敢然と立ち向かったのがとんねるず、です。
とんねるずの何が凄いといっても、コミックソングの枠内で複数のヒットを出したことです。
コメワンにしろ間寛平にしろ鶴光にしろ第二弾は不発で、ことレコードセールスだけで語るなら完全な一発屋です。
しかしとんねるずは違った。
「一気!」から「雨の西麻布」、「歌謡曲」、「嵐のマッチョマン」、さらに「ガラガラヘビがやってくる」など、とにかく手を変え品を変え、時代とマッチングした楽曲を次々にリリースしました。
中には「とんねるずのやつはパロディばかりだからコミックソングとはいえない」という方もおられるでしょうが、クレージーキャッツだってジャズ小唄のパロディ「スーダラ節」、フランク永井から「ハイそれまでョ」、エノケン他が歌った「洒落男」から「無責任一代男」、軍歌、特に「麦と兵隊」から「これが男の生きる道」、童謡から「どうしてこんなにもてるんだろう」など、見渡せばパロディばかりなのです。
さてとんねるずですが、前に書いたように前期の中では「歌謡曲」が好きなのですが、現時点では最末期といえる「ガニ」は本当に凄い。「ハイそれまでョ」式に転調を活かした楽曲なのですが、二重三重の捻りがあって、まさしく「恐れ入りました」って感じです。2012年時点では「コミックソングの到達点」といえるでしょう。
石橋と木梨がヴォーカリストとしてまったくタイプが違うのもいい。特に木梨のヴォーカルはある意味植木等を凌いでる部分すらある。
その後「野猿」とか「矢島美容室」とかやってますが、やっぱり「とんねるず」名義でやってほしいなあ。ヴォーカルの対比を最大限に活かすには、やっぱふたりだけでやった方がいいと思うんだよな。
「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられてるわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることもできない。
コメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないし。
でもそれじゃ話が続かないから、コメディアンor芸人が歌い、なおかつコミカルな要素がある曲をコミックソングと仮に定義付けします。
ところが新たにコミックソングを作ろうとしても、現状ぺんぺん草も生えないんですよ。それくらい刈り取られてるから。青島幸男作詞、萩原哲晶作曲編曲、植木等並びクレージーキャッツ歌唱の楽曲群にね。
それはホントに痛感するのですよ。アタシがクレージーキャッツの大ファンというのを抜きにしても、恐ろしいほど様々な手を使って、コミックソングの手立てを塗り潰している。数年遅れた後輩のドリフの時点で「有りものの楽曲をコミカルに味付けする」方向に逃げざるを得なかった。
コメディNo.1の「アホの坂田」(キダ・タロー作曲、ていっていいのか微妙だけど)や間寛平の「ひらけ!チューリップ」、そしてクレージーソングの重要なブレーンである宮川泰が手掛けた笑福亭仁鶴の「大発見やァ!」など、関西方面から名曲と呼んで差し支えないクオリティの楽曲が出たりしましたが、「ひらけ!チューリップ」や笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」の作者であり、ある種の天才といっていい山本まさゆきですらアニメの主題歌という枠でしかコミックソングを発表し続けることはできませんでした。
そんな中、唯一コミックソングをいう曖昧なジャンルに敢然と立ち向かったのがとんねるず、です。
とんねるずの何が凄いといっても、コミックソングの枠内で複数のヒットを出したことです。
コメワンにしろ間寛平にしろ鶴光にしろ第二弾は不発で、ことレコードセールスだけで語るなら完全な一発屋です。
しかしとんねるずは違った。
「一気!」から「雨の西麻布」、「歌謡曲」、「嵐のマッチョマン」、さらに「ガラガラヘビがやってくる」など、とにかく手を変え品を変え、時代とマッチングした楽曲を次々にリリースしました。
中には「とんねるずのやつはパロディばかりだからコミックソングとはいえない」という方もおられるでしょうが、クレージーキャッツだってジャズ小唄のパロディ「スーダラ節」、フランク永井から「ハイそれまでョ」、エノケン他が歌った「洒落男」から「無責任一代男」、軍歌、特に「麦と兵隊」から「これが男の生きる道」、童謡から「どうしてこんなにもてるんだろう」など、見渡せばパロディばかりなのです。
さてとんねるずですが、前に書いたように前期の中では「歌謡曲」が好きなのですが、現時点では最末期といえる「ガニ」は本当に凄い。「ハイそれまでョ」式に転調を活かした楽曲なのですが、二重三重の捻りがあって、まさしく「恐れ入りました」って感じです。2012年時点では「コミックソングの到達点」といえるでしょう。
石橋と木梨がヴォーカリストとしてまったくタイプが違うのもいい。特に木梨のヴォーカルはある意味植木等を凌いでる部分すらある。
その後「野猿」とか「矢島美容室」とかやってますが、やっぱり「とんねるず」名義でやってほしいなあ。ヴォーカルの対比を最大限に活かすには、やっぱふたりだけでやった方がいいと思うんだよな。
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