早いもので二十一世紀になってから10年以上経ったわけです。もうそんなになるのか。
ノストラダムスの予言は当たらないままミレニアムを迎え、さらにその次の年であった2001年。
この十余年、様々な出来事がありました。個人的にも、もちろんいろんなことがあり、2001年というとアタシはフツーのサラリーマンだったりしました。
んでふと思ったのですが、もし2001年の自分自身に出会えるとして、「こんな出来事があったよ」といって一番ビックリするのは何だろうな、と。
個人的なことを書いてもしょうがないので、あくまで世の中の動きの中で最も驚くようなことを探ろうかなと。
◯東北での震災及び原発事故
2001〜2012年の間で一番大きかった出来事といえばこれでしょう。が、驚きはそこまででもないかもしれません。というのも2001年のわずか6年前に阪神大震災を体験しており、これから日本のどの地域で大きな地震が起きても不思議ではないと思ってましたから。
もちろん実際に起こったらビビりまくるわけですが、話として聞かされた場合は「ああ、そういうことになるかも」とわりと冷静に受け止められそうな気がします。
◯スマートフォンなるものの普及
2001年といえばすでにインターネットは存在しており、ADSLとはいえブロードバンドもそこそこ普及してたわけです。
この年の暮れ、アタシはスマフオの前身ともいえるPDAに興味を持つわけですが、当時はコンパクトフラッシュ型の通信カードを用いて、極々軽いデータの送受信をするのが関の山でした。
今では当時のADSL並の速度で通信できて、当たり前のように電話もできるんだから、なんとまあ凄い時代になったものです。
が、当時のアタシでは知識がなさすぎて、どう凄いのかイマイチ理解できないかもしれません。
◯有名人の逝去
アタシが最も敬愛する植木等をはじめ、この十余年の間に数々の有名人が逝去しました。
しかし、特に植木等に関しては年齢的に「この期間」だったことは想像がついたわけで、残念には思ってもショックとは少し違う感情が芽生えそうです。
◯リーマンショック
これは「衝撃」とは違う意味で一番ショックかもしれません。
バブル期から落ちる一方なのを嫌というほど体験して、え、まだこれ以上大幅に落ちるのかよ、とわかったら、真面目に働くことが嫌になるかもしれません。
◯近鉄バファローズ消滅
公式には合併ですが感覚としては完全に「消滅」です。
それまでも親会社交代の経験はあったものの、球団が消滅するなんて可能性すら考えたことがありませんでした。というか完全に漫画の中の出来事だと思ってました。(漫画じゃ「優勝できなければ球団が消滅する」なんて展開はよくあるからね)
これを知ったら間違いなく衝撃を受けるでしょう。
◯阪神タイガースが二度リーグ優勝
「近鉄消滅」ほどじゃないかもしれないけど、めちゃくちゃ驚きそうです。顔が浮かぶくらい。
だって当時は暗黒の末期で、とてもじゃないけど「優勝」なんて遥か彼方にも見えませんでしたから。
で、誰が優勝させてくれたの?野村でしょ?え?違う?星野?今現在、中日の監督やってる?あの星野仙一?
となった時点で信じないかも。
◯2012年、阪神タイガース外野手・桧山進次郎、いまだ現役
オチっぽいですが、マジで一番腰を抜かしそうなのがこれです。
2012年6月17日日曜日
2012年6月1日金曜日
狭山事件を読み解かない
高校生の頃、アタシの夢はただひとつ「ひとり暮らしをする」ことでした。
何故そこまでひとり暮らしに憧れていたのか、今となってはつまびらかではありませんが、親元を離れて暮らすという行為に果てしなく自由な感じがしたんだと思います。
たいして行きたくなかった大学に行ったのも、もし大学に入ったらひとり暮らしをしてもいい、という許しを得たからで、大学まで通って通えない距離ではなかったのに狭いアパートを借りて念願のひとり暮らしを始めたんです。
それがまた中途半端な場所でして、本当なら大学のそばに住むものですけど、大学のあった場所がかなり田舎で、どうせなら街中に住みたいという願望から、自宅と大学の中間地点みたいなことろに部屋を借りたんですね。
しかしこれは失敗でした。
通学に妙に時間がかかるので、ほとんど大学に行かなくなり、念願だったマイルームで、ひたすらボケーッとしてました。さすがにマズいと思い翌年には大学のそばに引っ越したのですが、本当に何もしなかった、そして果てしなく孤独だったその一年も今となっては、それなりに思い入れがあります。
とにかく何もすることがないので、意味なく、本当にまったく何の意味もなく、近所を徘徊するようになりました。まもなく自転車を手に入れたので自然と移動距離も伸びたのですが、特に夏の暑い日など、近所にあった大きな公園を無意味に何周もしました。部屋が蒸し風呂状態だったんだもんで。
自転車で徘徊するようになってから、だいたい30分圏内の場所は定期的に行ってたのですが、中でもお気に入りの場所がありました。
そこの駅周辺は妙に好きな雰囲気で、といっても何をするわけでもないのですが、とにかく頻繁に通っていました。誰かと会うわけでもなく、何か用事があるわけでもなく、ただもう、この場所で時間が過ぎていけばそれでいい、そんな感じでした。ある意味精神が病んでいたんでしょう。
しかし引っかかるところもありました。駅の周辺は非常に雰囲気がいい。が、駅から少し離れたとある周辺は何やら異様な感じがして、正直怖さ、みたいなものを感じていたんです。
特に怖さを感じたのは、「狭山事件」、「Iさん(実際は実名)を救おう」みたいな横断幕みたいなのがやたらかかっていたからです。
いよいよ本題ですが、狭山事件は昭和38年に起きた殺人事件です。これは女子高生(とはいえ今でいう専門学校性)が何者かに絞殺・遺棄された事件でして、場所は埼玉県狭山市で起こったので、一般的に狭山事件と言い習わされています。
さっきから「田舎」とか「街中」とか「とある」とか、場所に関して妙にボカして書いてあるのは、狭山事件の容疑者とされたI氏(現在は仮出所中)が被差別関係の人だったからで、つまりはアタシがお気に入りだった駅から少し離れた場所は、被差別関係の人が多く住む地域だったんです。でなければ埼玉で起こった事件(それもその当時で事件発生から20年以上経過している)が関西の某地域で横断幕なんて出るわけがない。
そんなわけで場所を詳細に書けないのは当然というか何というか。
I氏が容疑者とされた根拠は甚だ薄弱で、こんなんでよく逮捕に踏み切れたな、と思うのですが、I氏が被差別関係の人だったために話がややこしくなってしまった側面があります。
が、事件を見ていくと、こと謎、という部分に関してはこれほど謎の多い事件も珍しい。
I氏逮捕には直前に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」(この時点では未検挙)の犯人を取り逃がす失態を犯していたため、警察が「生きたまま犯人を捕らえる」ことに執着しすぎた結果だといわれていますが、警察の二重ミス&秘密の暴露(犯人しか知り得ない情報)のでっち上げの可能性を置いておいたとしても、じゃあほぼシロのI氏でなければ誰が犯人なんだ、といわれればよくわからない。
しかもこの事件の関係者が事件後謎の自殺を遂げた者が複数いることも謎が謎を呼ぶ結果になってしまっているんです。
狭山事件、というと都市伝説として「となりのトトロ」の裏設定というか、あの話は狭山事件をファンタジックに裏書きしたものなんじゃないかとまことしやかにいわれています。
細かくは書きませんが、たしかに符合するところが多く、というか「こじつけといえばこじつけ、しかし符合といえば符合」という絶妙な線をついています。
まあアタシは宮崎作品に興味がないのでどうでもいいのですが。
そんなことより
アタシが自転車で徘徊していたのが約25年前、そして狭山事件が起こったのが約50年前です。
記憶の中にある、淡く色褪せた映像と、実際のというか、事件当時の荒れたモノクロフィルムの映像。別物といえば別物なのですが、四半世紀前と半世紀前の映像が妙にシンクロして、「狭山事件」と聞くと、あの鬱屈した日々を思い出してしまうのです。
何故そこまでひとり暮らしに憧れていたのか、今となってはつまびらかではありませんが、親元を離れて暮らすという行為に果てしなく自由な感じがしたんだと思います。
たいして行きたくなかった大学に行ったのも、もし大学に入ったらひとり暮らしをしてもいい、という許しを得たからで、大学まで通って通えない距離ではなかったのに狭いアパートを借りて念願のひとり暮らしを始めたんです。
それがまた中途半端な場所でして、本当なら大学のそばに住むものですけど、大学のあった場所がかなり田舎で、どうせなら街中に住みたいという願望から、自宅と大学の中間地点みたいなことろに部屋を借りたんですね。
しかしこれは失敗でした。
通学に妙に時間がかかるので、ほとんど大学に行かなくなり、念願だったマイルームで、ひたすらボケーッとしてました。さすがにマズいと思い翌年には大学のそばに引っ越したのですが、本当に何もしなかった、そして果てしなく孤独だったその一年も今となっては、それなりに思い入れがあります。
とにかく何もすることがないので、意味なく、本当にまったく何の意味もなく、近所を徘徊するようになりました。まもなく自転車を手に入れたので自然と移動距離も伸びたのですが、特に夏の暑い日など、近所にあった大きな公園を無意味に何周もしました。部屋が蒸し風呂状態だったんだもんで。
自転車で徘徊するようになってから、だいたい30分圏内の場所は定期的に行ってたのですが、中でもお気に入りの場所がありました。
そこの駅周辺は妙に好きな雰囲気で、といっても何をするわけでもないのですが、とにかく頻繁に通っていました。誰かと会うわけでもなく、何か用事があるわけでもなく、ただもう、この場所で時間が過ぎていけばそれでいい、そんな感じでした。ある意味精神が病んでいたんでしょう。
しかし引っかかるところもありました。駅の周辺は非常に雰囲気がいい。が、駅から少し離れたとある周辺は何やら異様な感じがして、正直怖さ、みたいなものを感じていたんです。
特に怖さを感じたのは、「狭山事件」、「Iさん(実際は実名)を救おう」みたいな横断幕みたいなのがやたらかかっていたからです。
いよいよ本題ですが、狭山事件は昭和38年に起きた殺人事件です。これは女子高生(とはいえ今でいう専門学校性)が何者かに絞殺・遺棄された事件でして、場所は埼玉県狭山市で起こったので、一般的に狭山事件と言い習わされています。
さっきから「田舎」とか「街中」とか「とある」とか、場所に関して妙にボカして書いてあるのは、狭山事件の容疑者とされたI氏(現在は仮出所中)が被差別関係の人だったからで、つまりはアタシがお気に入りだった駅から少し離れた場所は、被差別関係の人が多く住む地域だったんです。でなければ埼玉で起こった事件(それもその当時で事件発生から20年以上経過している)が関西の某地域で横断幕なんて出るわけがない。
そんなわけで場所を詳細に書けないのは当然というか何というか。
I氏が容疑者とされた根拠は甚だ薄弱で、こんなんでよく逮捕に踏み切れたな、と思うのですが、I氏が被差別関係の人だったために話がややこしくなってしまった側面があります。
が、事件を見ていくと、こと謎、という部分に関してはこれほど謎の多い事件も珍しい。
I氏逮捕には直前に起きた「吉展ちゃん誘拐事件」(この時点では未検挙)の犯人を取り逃がす失態を犯していたため、警察が「生きたまま犯人を捕らえる」ことに執着しすぎた結果だといわれていますが、警察の二重ミス&秘密の暴露(犯人しか知り得ない情報)のでっち上げの可能性を置いておいたとしても、じゃあほぼシロのI氏でなければ誰が犯人なんだ、といわれればよくわからない。
しかもこの事件の関係者が事件後謎の自殺を遂げた者が複数いることも謎が謎を呼ぶ結果になってしまっているんです。
狭山事件、というと都市伝説として「となりのトトロ」の裏設定というか、あの話は狭山事件をファンタジックに裏書きしたものなんじゃないかとまことしやかにいわれています。
細かくは書きませんが、たしかに符合するところが多く、というか「こじつけといえばこじつけ、しかし符合といえば符合」という絶妙な線をついています。
まあアタシは宮崎作品に興味がないのでどうでもいいのですが。
そんなことより
アタシが自転車で徘徊していたのが約25年前、そして狭山事件が起こったのが約50年前です。
記憶の中にある、淡く色褪せた映像と、実際のというか、事件当時の荒れたモノクロフィルムの映像。別物といえば別物なのですが、四半世紀前と半世紀前の映像が妙にシンクロして、「狭山事件」と聞くと、あの鬱屈した日々を思い出してしまうのです。
2012年5月31日木曜日
封印されたyabuniramiJAPAN
えらく大仰なタイトルですが、何のことはない、ただの「ボツネタ」ネタです。
ブログ用に書いたものの結局ボツにしたって経験は誰にでもあるんではないかと思うのですが、これも本当はおかしな話で、別にお金を貰って書いてるわけじゃないんだし、「ブログのクオリティが」云々なんてまったく考えてるわけじゃないのに、それでもボツは溜まっていくもんなんです。
アタシの場合、ボツになったネタはほぼ次のふた通りに分類されます。
◯PC関連ネタ
実はこれもさらにふたつに分けられるのでして、ひとつは画像っつーかスクリーンショットが必要になる場合。はっきりいって非常にめんどくさい。放置された挙句ボツになるパターンがほとんどです。
もうひとつは旬を逃した場合。これが「書いたテキストはすぐにエントリする」人なら(ほとんどの人はそうでしょうが)何の問題もない。ところがアタシは書いたらしばらく「寝かし」てから更新するのがほとんどです。
特別更新順を考えてるわけじゃないのに、何となく後回しになった場合、他のネタと違ってPC関連ネタはツブシが効かないのです。
◯「ナンノコトカワカンナイ」ネタ
面白いかも、と書き始めたものの、自分の中でしか意味がないネタになってしまうことがたまにあります。
ちょっとでも普遍的な部分が付加できれば、まあいいかとエントリしてしまうこともあるのですが、もう完全に読んだ人の頭の中がクエスチョンマークしかでないネタはさすがにエントリしようと思いませんわね。
ではタイトルでも列挙していきます。
「Evernoteが使いこなせない!という方へ」(2011年7月頃執筆)
「iPhoneスタンド」(2011年度7月頃執筆)
「LifeTouchNOTEに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「PT2とDLNAに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「クラウドに苦戦する」(2011年12月頃執筆)
「自炊に苦戦する・その3」(2012年4月頃執筆)
このあたりが、いわゆる<PC関連ネタ>です。
上のふたつは画像貼るのめんどくせ系で、EvernoteのTipsは自分なりによく書けたと思ったのですが、めんどくささがさきに立って更新に至りませんでした。
残りは更新しない間に文中に書いた問題が解決してしまったパターンで、まあパソコンなんてもんは試行錯誤を繰り返すもんですからね。
「それではアタシが死んでしまうでしょう」(2011年12月頃執筆)
「老いる、ということ」(2011年12月頃執筆)
「目の疲れと手持ちぶさたとの攻防」(2012年3月頃執筆)
「韻を踏む踏まない」(2012年5月頃執筆)
この辺が「自分の中でしか意味がない」系ネタです。
それでも普通はリライトして何とか使おうとするのですが、この4つは妙に重いテーマになったので、リライトする気すら起こりませんでした。
そしてもうひとつ
「生き残った弁天様」(2012年1月頃執筆)
これは唯一の笠置シヅ子単独主演といってもいい映画について書いたものですが、映画そのものもマイナーなうえ(一度もメディア化されていない)、アタシの言いたいことも普遍性のカケラもない、という。変則ですがこれも「自分の中でしか意味がない」ネタといっていいでしょう。
あとひとつ。上記のどれにも属さないのですが
「嫌い、からの変遷」(2011年11月頃執筆)
ってのがあります。主題となった人はふたりで、三浦知良とロンブーの田村淳。何の共通点があるのかって話ですが、まあ自分の中ではあるんです。
あるんだけど、実際に書いてみるとどうしても上手く書けない。何度か書き直してみたんだけど、だから何?みたいな内容にしかならないのです。
んでもういいや、と。
何度もいうように仕事で書いてるわけじゃないんで、多少上手く書けなくてもいいんですよ。だいいち笑わせてやろうとか、感動させようとか、名文だと思われたいとか、このブログをきっかけに評論家とかコラムニストとしてのし上がってやろうとか、そんなことは一切考えてないわけで(当たり前だ、と思われるでしょうが、いるんですよ、本物の馬鹿が。誰が個人ブログ見て仕事頼もうなんて思うんだっつー話で)、多少の誤字とか、おかしな言い回しとか気づいてもそのままにしたりしてるし。
でも何が言いたいのかさっぱりわからない、みたいなのはさすがに避けたいわけでして。数少ないとはいえ読み手の人に申し訳ないですよ。
またボツが溜まった頃に第二弾をやります。
ブログ用に書いたものの結局ボツにしたって経験は誰にでもあるんではないかと思うのですが、これも本当はおかしな話で、別にお金を貰って書いてるわけじゃないんだし、「ブログのクオリティが」云々なんてまったく考えてるわけじゃないのに、それでもボツは溜まっていくもんなんです。
アタシの場合、ボツになったネタはほぼ次のふた通りに分類されます。
◯PC関連ネタ
実はこれもさらにふたつに分けられるのでして、ひとつは画像っつーかスクリーンショットが必要になる場合。はっきりいって非常にめんどくさい。放置された挙句ボツになるパターンがほとんどです。
もうひとつは旬を逃した場合。これが「書いたテキストはすぐにエントリする」人なら(ほとんどの人はそうでしょうが)何の問題もない。ところがアタシは書いたらしばらく「寝かし」てから更新するのがほとんどです。
特別更新順を考えてるわけじゃないのに、何となく後回しになった場合、他のネタと違ってPC関連ネタはツブシが効かないのです。
◯「ナンノコトカワカンナイ」ネタ
面白いかも、と書き始めたものの、自分の中でしか意味がないネタになってしまうことがたまにあります。
ちょっとでも普遍的な部分が付加できれば、まあいいかとエントリしてしまうこともあるのですが、もう完全に読んだ人の頭の中がクエスチョンマークしかでないネタはさすがにエントリしようと思いませんわね。
ではタイトルでも列挙していきます。
「Evernoteが使いこなせない!という方へ」(2011年7月頃執筆)
「iPhoneスタンド」(2011年度7月頃執筆)
「LifeTouchNOTEに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「PT2とDLNAに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「クラウドに苦戦する」(2011年12月頃執筆)
「自炊に苦戦する・その3」(2012年4月頃執筆)
このあたりが、いわゆる<PC関連ネタ>です。
上のふたつは画像貼るのめんどくせ系で、EvernoteのTipsは自分なりによく書けたと思ったのですが、めんどくささがさきに立って更新に至りませんでした。
残りは更新しない間に文中に書いた問題が解決してしまったパターンで、まあパソコンなんてもんは試行錯誤を繰り返すもんですからね。
「それではアタシが死んでしまうでしょう」(2011年12月頃執筆)
「老いる、ということ」(2011年12月頃執筆)
「目の疲れと手持ちぶさたとの攻防」(2012年3月頃執筆)
「韻を踏む踏まない」(2012年5月頃執筆)
この辺が「自分の中でしか意味がない」系ネタです。
それでも普通はリライトして何とか使おうとするのですが、この4つは妙に重いテーマになったので、リライトする気すら起こりませんでした。
そしてもうひとつ
「生き残った弁天様」(2012年1月頃執筆)
これは唯一の笠置シヅ子単独主演といってもいい映画について書いたものですが、映画そのものもマイナーなうえ(一度もメディア化されていない)、アタシの言いたいことも普遍性のカケラもない、という。変則ですがこれも「自分の中でしか意味がない」ネタといっていいでしょう。
あとひとつ。上記のどれにも属さないのですが
「嫌い、からの変遷」(2011年11月頃執筆)
ってのがあります。主題となった人はふたりで、三浦知良とロンブーの田村淳。何の共通点があるのかって話ですが、まあ自分の中ではあるんです。
あるんだけど、実際に書いてみるとどうしても上手く書けない。何度か書き直してみたんだけど、だから何?みたいな内容にしかならないのです。
んでもういいや、と。
何度もいうように仕事で書いてるわけじゃないんで、多少上手く書けなくてもいいんですよ。だいいち笑わせてやろうとか、感動させようとか、名文だと思われたいとか、このブログをきっかけに評論家とかコラムニストとしてのし上がってやろうとか、そんなことは一切考えてないわけで(当たり前だ、と思われるでしょうが、いるんですよ、本物の馬鹿が。誰が個人ブログ見て仕事頼もうなんて思うんだっつー話で)、多少の誤字とか、おかしな言い回しとか気づいてもそのままにしたりしてるし。
でも何が言いたいのかさっぱりわからない、みたいなのはさすがに避けたいわけでして。数少ないとはいえ読み手の人に申し訳ないですよ。
またボツが溜まった頃に第二弾をやります。
2012年5月30日水曜日
秋元康の絶妙感
前回の続き、ではないのですが多少書き残したことが気になったので。
とんねるずのコミックソングをあれだけ絶賛したのに、あの人の名前がないのは変ですよね。
あの人とはもちろん秋元康です。
たとえば到達点とまでいった「ガニ」の凄さはほとんど編曲にあります。
初期の見岳章、中期から後期にかけて後藤次利の貢献度は半端じゃない。それくらいとんねるずの楽曲において作編曲はキモだったとおもうのですよ。
それでも一番にくるのは秋元康です。
いつ聴いても凄いなと思うのが「雨の西麻布」でして、「♪ふたりのにしあざーぶー」というコーラスから入るわけですが、本歌に入って最初の歌詞が「そして」なんですね。
これは凄いことなんですよ。「そして」って言葉はリリックとして非常に使いづらいんです。とにかく音がブチブチに切れてしまう。また一回使っただけでやたら説明的な歌詞になってしまう、いろんな意味で危険なフレーズなんですね。
それをね、ド頭にいきなり持ってきて、さらにもう一度すぐに突っ込む。大胆にもほどがあります。
「雨の西麻布」はムード歌謡のパロディですが、たしかに「そして」を使うとムード歌謡ぽくはなる。でも実際は危険なフレーズなのでさほど使われていない。
こういう計算が秋元康の真骨頂だと思うんですよね。
それこそ美空ひばりの「川の流れのように」やAKB48の「ヘビーローテーション」もなんだけど、秋元康の詞って「あざといくらいあざとくない」んです。わかりにくいか。つまり「ものすごくあざとく、あざとさを消してる」といえばいいのか。ダメだ、上手くいえないわ。
「雨の西麻布」の西麻布って地名なんかホントにその代表で、Wikipediaなんかを見ると最初は「雨の亀戸」だったそうですが、亀戸じゃあざとい。かといって「雨の六本木」じゃあざとくないかわりに芸がない。そこへいくと西麻布ってのはまことに絶妙の線でして、わかる人がわかればいい、しかし身内しかわからないほどでもない、ギリギリのラインをついているんです。
秋元康の才能は作詞、それもコミックであればあるほど抑制の効いた絶妙な感じがでる。そういう人をブレーンに引き入れたとんねるずはやはり凄いと思うのです。
この辺はダウンタウンとは正反対で、松本人志は全部自分でやりたがるでしょ。それはそれでいいし、それこそ「エキセントリック少年ボウイ」はギャグの羅列を歌にした初めての成功例だと思うんです。
でもどこか堅苦しさもあって、とんねるずのように有能な作詞家をブレーンにつけた方が、コミックソングを「演じる」(歌う、ではなく)にあたって、より自由度が増す気がするんですね。
考えてみれば植木等だって青島幸男の世界観があればこそあれだけ暴れ回ることができたんです。
ただ青島幸男の詩の世界は必ずしも植木等が暴れることに特化してたわけじゃない。どちらかというと植木等がどうとかじゃなく、青島幸男の主義主張の方が前面に出ています。
秋元康はそうじゃない。この人は奇妙なほど主義主張を込めない。その代わり、どういう世界観を提示したら歌い手(演じ手)が能力を最大限に発揮できるか、完璧に計算されていると思うのです。
そんな対比で考えると、青島幸男はアーティスト、秋元康は職人といえるのかもしれません。
(余談だけど秋元康の師匠は青島幸男門下だったから、孫弟子といえなくもない)
さて久しぶりに妙に熱く語ってしまいましたが、そういや今までとんねるずについて言及するは避けてたんですよ、アタシは。チャンスがなかったともいえるけど。
でもこれだけ溢れ出すってことは、ダウンタウンと同等の思い入れがあるんですな。結局わかったのはそこだったり。
とんねるずのコミックソングをあれだけ絶賛したのに、あの人の名前がないのは変ですよね。
あの人とはもちろん秋元康です。
たとえば到達点とまでいった「ガニ」の凄さはほとんど編曲にあります。
初期の見岳章、中期から後期にかけて後藤次利の貢献度は半端じゃない。それくらいとんねるずの楽曲において作編曲はキモだったとおもうのですよ。
それでも一番にくるのは秋元康です。
いつ聴いても凄いなと思うのが「雨の西麻布」でして、「♪ふたりのにしあざーぶー」というコーラスから入るわけですが、本歌に入って最初の歌詞が「そして」なんですね。
これは凄いことなんですよ。「そして」って言葉はリリックとして非常に使いづらいんです。とにかく音がブチブチに切れてしまう。また一回使っただけでやたら説明的な歌詞になってしまう、いろんな意味で危険なフレーズなんですね。
それをね、ド頭にいきなり持ってきて、さらにもう一度すぐに突っ込む。大胆にもほどがあります。
「雨の西麻布」はムード歌謡のパロディですが、たしかに「そして」を使うとムード歌謡ぽくはなる。でも実際は危険なフレーズなのでさほど使われていない。
こういう計算が秋元康の真骨頂だと思うんですよね。
それこそ美空ひばりの「川の流れのように」やAKB48の「ヘビーローテーション」もなんだけど、秋元康の詞って「あざといくらいあざとくない」んです。わかりにくいか。つまり「ものすごくあざとく、あざとさを消してる」といえばいいのか。ダメだ、上手くいえないわ。
「雨の西麻布」の西麻布って地名なんかホントにその代表で、Wikipediaなんかを見ると最初は「雨の亀戸」だったそうですが、亀戸じゃあざとい。かといって「雨の六本木」じゃあざとくないかわりに芸がない。そこへいくと西麻布ってのはまことに絶妙の線でして、わかる人がわかればいい、しかし身内しかわからないほどでもない、ギリギリのラインをついているんです。
秋元康の才能は作詞、それもコミックであればあるほど抑制の効いた絶妙な感じがでる。そういう人をブレーンに引き入れたとんねるずはやはり凄いと思うのです。
この辺はダウンタウンとは正反対で、松本人志は全部自分でやりたがるでしょ。それはそれでいいし、それこそ「エキセントリック少年ボウイ」はギャグの羅列を歌にした初めての成功例だと思うんです。
でもどこか堅苦しさもあって、とんねるずのように有能な作詞家をブレーンにつけた方が、コミックソングを「演じる」(歌う、ではなく)にあたって、より自由度が増す気がするんですね。
考えてみれば植木等だって青島幸男の世界観があればこそあれだけ暴れ回ることができたんです。
ただ青島幸男の詩の世界は必ずしも植木等が暴れることに特化してたわけじゃない。どちらかというと植木等がどうとかじゃなく、青島幸男の主義主張の方が前面に出ています。
秋元康はそうじゃない。この人は奇妙なほど主義主張を込めない。その代わり、どういう世界観を提示したら歌い手(演じ手)が能力を最大限に発揮できるか、完璧に計算されていると思うのです。
そんな対比で考えると、青島幸男はアーティスト、秋元康は職人といえるのかもしれません。
(余談だけど秋元康の師匠は青島幸男門下だったから、孫弟子といえなくもない)
さて久しぶりに妙に熱く語ってしまいましたが、そういや今までとんねるずについて言及するは避けてたんですよ、アタシは。チャンスがなかったともいえるけど。
でもこれだけ溢れ出すってことは、ダウンタウンと同等の思い入れがあるんですな。結局わかったのはそこだったり。
2012年5月29日火曜日
コミックソングの到達点
コミックソングって何なんだろうなと思います。
「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられてるわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることもできない。
コメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないし。
でもそれじゃ話が続かないから、コメディアンor芸人が歌い、なおかつコミカルな要素がある曲をコミックソングと仮に定義付けします。
ところが新たにコミックソングを作ろうとしても、現状ぺんぺん草も生えないんですよ。それくらい刈り取られてるから。青島幸男作詞、萩原哲晶作曲編曲、植木等並びクレージーキャッツ歌唱の楽曲群にね。
それはホントに痛感するのですよ。アタシがクレージーキャッツの大ファンというのを抜きにしても、恐ろしいほど様々な手を使って、コミックソングの手立てを塗り潰している。数年遅れた後輩のドリフの時点で「有りものの楽曲をコミカルに味付けする」方向に逃げざるを得なかった。
コメディNo.1の「アホの坂田」(キダ・タロー作曲、ていっていいのか微妙だけど)や間寛平の「ひらけ!チューリップ」、そしてクレージーソングの重要なブレーンである宮川泰が手掛けた笑福亭仁鶴の「大発見やァ!」など、関西方面から名曲と呼んで差し支えないクオリティの楽曲が出たりしましたが、「ひらけ!チューリップ」や笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」の作者であり、ある種の天才といっていい山本まさゆきですらアニメの主題歌という枠でしかコミックソングを発表し続けることはできませんでした。
そんな中、唯一コミックソングをいう曖昧なジャンルに敢然と立ち向かったのがとんねるず、です。
とんねるずの何が凄いといっても、コミックソングの枠内で複数のヒットを出したことです。
コメワンにしろ間寛平にしろ鶴光にしろ第二弾は不発で、ことレコードセールスだけで語るなら完全な一発屋です。
しかしとんねるずは違った。
「一気!」から「雨の西麻布」、「歌謡曲」、「嵐のマッチョマン」、さらに「ガラガラヘビがやってくる」など、とにかく手を変え品を変え、時代とマッチングした楽曲を次々にリリースしました。
中には「とんねるずのやつはパロディばかりだからコミックソングとはいえない」という方もおられるでしょうが、クレージーキャッツだってジャズ小唄のパロディ「スーダラ節」、フランク永井から「ハイそれまでョ」、エノケン他が歌った「洒落男」から「無責任一代男」、軍歌、特に「麦と兵隊」から「これが男の生きる道」、童謡から「どうしてこんなにもてるんだろう」など、見渡せばパロディばかりなのです。
さてとんねるずですが、前に書いたように前期の中では「歌謡曲」が好きなのですが、現時点では最末期といえる「ガニ」は本当に凄い。「ハイそれまでョ」式に転調を活かした楽曲なのですが、二重三重の捻りがあって、まさしく「恐れ入りました」って感じです。2012年時点では「コミックソングの到達点」といえるでしょう。
石橋と木梨がヴォーカリストとしてまったくタイプが違うのもいい。特に木梨のヴォーカルはある意味植木等を凌いでる部分すらある。
その後「野猿」とか「矢島美容室」とかやってますが、やっぱり「とんねるず」名義でやってほしいなあ。ヴォーカルの対比を最大限に活かすには、やっぱふたりだけでやった方がいいと思うんだよな。
「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられてるわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることもできない。
コメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないし。
でもそれじゃ話が続かないから、コメディアンor芸人が歌い、なおかつコミカルな要素がある曲をコミックソングと仮に定義付けします。
ところが新たにコミックソングを作ろうとしても、現状ぺんぺん草も生えないんですよ。それくらい刈り取られてるから。青島幸男作詞、萩原哲晶作曲編曲、植木等並びクレージーキャッツ歌唱の楽曲群にね。
それはホントに痛感するのですよ。アタシがクレージーキャッツの大ファンというのを抜きにしても、恐ろしいほど様々な手を使って、コミックソングの手立てを塗り潰している。数年遅れた後輩のドリフの時点で「有りものの楽曲をコミカルに味付けする」方向に逃げざるを得なかった。
コメディNo.1の「アホの坂田」(キダ・タロー作曲、ていっていいのか微妙だけど)や間寛平の「ひらけ!チューリップ」、そしてクレージーソングの重要なブレーンである宮川泰が手掛けた笑福亭仁鶴の「大発見やァ!」など、関西方面から名曲と呼んで差し支えないクオリティの楽曲が出たりしましたが、「ひらけ!チューリップ」や笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」の作者であり、ある種の天才といっていい山本まさゆきですらアニメの主題歌という枠でしかコミックソングを発表し続けることはできませんでした。
そんな中、唯一コミックソングをいう曖昧なジャンルに敢然と立ち向かったのがとんねるず、です。
とんねるずの何が凄いといっても、コミックソングの枠内で複数のヒットを出したことです。
コメワンにしろ間寛平にしろ鶴光にしろ第二弾は不発で、ことレコードセールスだけで語るなら完全な一発屋です。
しかしとんねるずは違った。
「一気!」から「雨の西麻布」、「歌謡曲」、「嵐のマッチョマン」、さらに「ガラガラヘビがやってくる」など、とにかく手を変え品を変え、時代とマッチングした楽曲を次々にリリースしました。
中には「とんねるずのやつはパロディばかりだからコミックソングとはいえない」という方もおられるでしょうが、クレージーキャッツだってジャズ小唄のパロディ「スーダラ節」、フランク永井から「ハイそれまでョ」、エノケン他が歌った「洒落男」から「無責任一代男」、軍歌、特に「麦と兵隊」から「これが男の生きる道」、童謡から「どうしてこんなにもてるんだろう」など、見渡せばパロディばかりなのです。
さてとんねるずですが、前に書いたように前期の中では「歌謡曲」が好きなのですが、現時点では最末期といえる「ガニ」は本当に凄い。「ハイそれまでョ」式に転調を活かした楽曲なのですが、二重三重の捻りがあって、まさしく「恐れ入りました」って感じです。2012年時点では「コミックソングの到達点」といえるでしょう。
石橋と木梨がヴォーカリストとしてまったくタイプが違うのもいい。特に木梨のヴォーカルはある意味植木等を凌いでる部分すらある。
その後「野猿」とか「矢島美容室」とかやってますが、やっぱり「とんねるず」名義でやってほしいなあ。ヴォーカルの対比を最大限に活かすには、やっぱふたりだけでやった方がいいと思うんだよな。
2012年5月26日土曜日
2014年まであと1年ちょい、2023年まであと10年ちょい
ふと気になって調べたのですが、やっぱりそうだったというか、子供の頃の記憶も馬鹿にできないというか。
藤子・F・不二雄の作品で「21エモン」ってのがあります。文句なしの名作であるにも関わらず、そして映画化、さらにはテレビでアニメ化されて、でもあんまり人気がでなかったF作品にはよくあるパターンなんですが、まあ人気がイマイチだったのもわからんではないというか。はっきりいえばとっつきづらいんですよ。
F作品は「日常の中に非日常を持ち込む」ことを常套にしていますが(これはA作品にもいえることですが)、これは正反対で、非日常の中で日常を描くことに注力しています。
21世紀を舞台に、未来社会の中で現在(当然作品が描かれた当時の)と何ら変わらぬ日常を描いているのですが、やはり「ドラえもん」なんかと比べると頭の切り替えが必要なことには違いなく、わっと人気がでるのは難しいのはわかるんです。
さてざっくり21世紀と書きましたが、「21エモン」はだいたい50〜60年後の未来社会という風に設定されています。連載されたのが1968年ですから、計算すると、ほぼ今現在、ということになる。
んで調べたら、どうも初期の設定では2023年って設定だったみたいですね。今から約10年後の話です。そしてついでにいえば「第一回宇宙オリンピック」が東京で開かれたのは、なんと再来年、2014年なのです。
いや、まったく、宇宙オリンピックなんて開かれる気配はゼロなわけでして、イシハラさんが必死にオリンピック誘致とか叫んでたのは、実は宇宙オリンピックのことだったのかしらね。
まあ宇宙オリンピックが開かれるくらいだから、その二年前の2012年。つまり今です。当然街中に宇宙人が溢れかえってないとおかしい。ところが宇宙人どころか民間人の宇宙旅行も夢のまた夢なわけでして。
アタシは何もそんなツッコミがしたいわけじゃない。でも非常に残念というかね。だっていつまでたってもパイプの中を人間がびゅーと通るみたいなシステムができそうもないんだもん。
そういや「21エモン」でもやたらとピチッとした服を着てますが、ああいう服も流行らないね。まあ現実に考えたら嫌だわ。体型丸わかりだもん。
どうもね、昔考えられてた未来と現実が乖離しすぎな気がしてしょうがないわけです。
宇宙に関することもそうだし、宇宙に限らず移動手段も相変わらず飛行機とか鉄道とか車でしょ。ぜーんぜん、なーんも変わってない。その代わりインターネットなんてもんが発達して、情報のやり取りは180度変わってしまった。でもそういう部分はあんまり予見されてなかったりするわけで。
なんか嫌だなと。地球の中くらいどこでも一瞬、一瞬とまでいかなくてもすぐに行ける世界になってほしかったですよ。いくら情報は一瞬でも身体ごと飛びたいですよ。
根本的にアタシは宇宙にはあんまり興味がないのです。でもね、去年から何度か海外に行って、外国人ってもんがより身近に感じるようになってきて。だからもし宇宙人も身近な存在だったらもっと面白かったかもとは思うわけです。
アタシは今英語を勉強していますが、もし「21エモン」の世界だったら必死で「共宙語」を勉強してたのかなと思うと何かおかしい。宇宙人と会話が弾んで、じゃ飲みに行こうか、とか。
そもそも宇宙人がアルコールを飲むのか、つか酔った状態になるかぜんぜん見当もつきませんが。
藤子・F・不二雄の作品で「21エモン」ってのがあります。文句なしの名作であるにも関わらず、そして映画化、さらにはテレビでアニメ化されて、でもあんまり人気がでなかったF作品にはよくあるパターンなんですが、まあ人気がイマイチだったのもわからんではないというか。はっきりいえばとっつきづらいんですよ。
F作品は「日常の中に非日常を持ち込む」ことを常套にしていますが(これはA作品にもいえることですが)、これは正反対で、非日常の中で日常を描くことに注力しています。
21世紀を舞台に、未来社会の中で現在(当然作品が描かれた当時の)と何ら変わらぬ日常を描いているのですが、やはり「ドラえもん」なんかと比べると頭の切り替えが必要なことには違いなく、わっと人気がでるのは難しいのはわかるんです。
さてざっくり21世紀と書きましたが、「21エモン」はだいたい50〜60年後の未来社会という風に設定されています。連載されたのが1968年ですから、計算すると、ほぼ今現在、ということになる。
んで調べたら、どうも初期の設定では2023年って設定だったみたいですね。今から約10年後の話です。そしてついでにいえば「第一回宇宙オリンピック」が東京で開かれたのは、なんと再来年、2014年なのです。
いや、まったく、宇宙オリンピックなんて開かれる気配はゼロなわけでして、イシハラさんが必死にオリンピック誘致とか叫んでたのは、実は宇宙オリンピックのことだったのかしらね。
まあ宇宙オリンピックが開かれるくらいだから、その二年前の2012年。つまり今です。当然街中に宇宙人が溢れかえってないとおかしい。ところが宇宙人どころか民間人の宇宙旅行も夢のまた夢なわけでして。
アタシは何もそんなツッコミがしたいわけじゃない。でも非常に残念というかね。だっていつまでたってもパイプの中を人間がびゅーと通るみたいなシステムができそうもないんだもん。
そういや「21エモン」でもやたらとピチッとした服を着てますが、ああいう服も流行らないね。まあ現実に考えたら嫌だわ。体型丸わかりだもん。
どうもね、昔考えられてた未来と現実が乖離しすぎな気がしてしょうがないわけです。
宇宙に関することもそうだし、宇宙に限らず移動手段も相変わらず飛行機とか鉄道とか車でしょ。ぜーんぜん、なーんも変わってない。その代わりインターネットなんてもんが発達して、情報のやり取りは180度変わってしまった。でもそういう部分はあんまり予見されてなかったりするわけで。
なんか嫌だなと。地球の中くらいどこでも一瞬、一瞬とまでいかなくてもすぐに行ける世界になってほしかったですよ。いくら情報は一瞬でも身体ごと飛びたいですよ。
根本的にアタシは宇宙にはあんまり興味がないのです。でもね、去年から何度か海外に行って、外国人ってもんがより身近に感じるようになってきて。だからもし宇宙人も身近な存在だったらもっと面白かったかもとは思うわけです。
アタシは今英語を勉強していますが、もし「21エモン」の世界だったら必死で「共宙語」を勉強してたのかなと思うと何かおかしい。宇宙人と会話が弾んで、じゃ飲みに行こうか、とか。
そもそも宇宙人がアルコールを飲むのか、つか酔った状態になるかぜんぜん見当もつきませんが。
2012年5月25日金曜日
WindowsMobileのレクイエム
アタシを10年に渡って虜にしてきたWindowsMobileが終焉した。
Windows Mobile 6.x Marketplace のサービス停止について
Marketplaceが終了しただけじゃない。ハード自体もこの世から消滅しようとしている。
嘘だと思うなら秋葉原に行けばいい。新品が売ってないのは当然としても、中古を探すことさえ難しい。見つかったとしてもほとんど5000円以下という投げ売り価格で、店頭ならぬ店の奥の方の、ひたすら目立たない場所に置かれている。
後継といえるWindowsPhoneは普及の目処が立たず、タブレットに関してはMicrosoftはARM版Windows8を推していくはずで、スマフォという限られた範囲で戦わなければならないWindowsPhoneに勝算があるとは思えない。
そういえば昨年イギリスに行った際、まだ日本未発売だったWindowsPhoneに店頭で触れ、軽く感想を書いたことがありました。「よくできてるけどそれだけ」という当時の感想は日本国内でWindowsPhoneが始まった今でも変わりません。
とにかく「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileから、「2ちゃんねるブラウザアプリすら規約で出せない」WindowsPhoneへの変貌は、まったくアタシの興味の範疇から外れることに相成りました。
WindowsMobileを一言でいうなら「建て増しOSの悪しき例」になってしまいます。WindowsCE1.0をベースにしたパームトップPCから始まって、PocketPC、PocketPC2002、PocketPC2003SE、そしてWindowsMobile(もちろん5.0〜6.5も含めて)まで、よくいえば時代に合わせて高機能化したといえるのですが、実態はコンセプトも何もなく、どんどん建て増ししていっただけなので、すべての面で無理が出ていました。
全体的にもっさりなのも困ったところで、通常はOSが重くなってもハードの高性能化で相殺されるのですが、当時は何故か(いや、理由はわかってるけど割愛)ARM系CPUの進化が非常に遅く、建て増しからくる動作の鈍化にハードが耐えきれなくなっていました。
それを支えたのは「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileの特性で、非常に使いづらく重いWindowsMobileをユーザーが改善していったのです。
OSの不具合を根本から解決するような非常に優れたアプリケーションがいくつも公開され、しかもそれらはほぼフリーウェアでした。まあいや無償奉仕です。
アタシはね、これらのアプリケーションを開発しているプログラマーを、Microsoftは高額のギャランティで雇うべきだと思ってました。その方がユーザーもMicrosoftも双方が嬉しいことになると思ったからです。
ところがOSのバージョンが上がるにつれ、それらの優秀なプログラマーでさえ匙を投げる不具合を増やしていっただけだったのです。
アタシはふとしたきっかけからiPhoneを購入し、当時使っていたWindowsMobileとクロスフェードみたいな感じだったのですが、それでも未だにWindowsMobileに対して思い入れはあります。もう全然使っていませんがね。
もう二度とWindowsMobileなんか使いたくないと思う反面、もう一度使ってみたいと思うアプリケーションはあります。
その代表が「2++」と「MortScript」のふたつです。
2++は旧yabuniramiJAPANでも取り上げましたし、こっそりやってたモバイルブログでも数回に分けて使い方を書きました。
簡単にいうと2ちゃんねるブラウザなのですが、もっと範囲が広く、RSSリーダから簡易メーラーと非常に幅広く使える万能リーダでした。
iPhoneにして困ったのは2ちゃんねるブラウザにしろRSSリーダにしろ決定版といえるものがなく、もちろん部分的に超えてるところはあるのですが、トータルでみれば2++に到底及ばないのです。
MortScriptに関しては、今でもWindowsでガンガン使っています。つかスクリプトはこれしか使えないし。まあモバイルでシコシコとスクリプトを書くのが楽しかったので、またやりたい気持ちはあるんだけど。
いろいろと不満、いや不満しかなかったけど、それでも楽しい思い出もいっぱいあるWindowsMobile。ま、最後なんだから素直にありがとう、といっておきます。
Windows Mobile 6.x Marketplace のサービス停止について
Marketplaceが終了しただけじゃない。ハード自体もこの世から消滅しようとしている。
嘘だと思うなら秋葉原に行けばいい。新品が売ってないのは当然としても、中古を探すことさえ難しい。見つかったとしてもほとんど5000円以下という投げ売り価格で、店頭ならぬ店の奥の方の、ひたすら目立たない場所に置かれている。
後継といえるWindowsPhoneは普及の目処が立たず、タブレットに関してはMicrosoftはARM版Windows8を推していくはずで、スマフォという限られた範囲で戦わなければならないWindowsPhoneに勝算があるとは思えない。
そういえば昨年イギリスに行った際、まだ日本未発売だったWindowsPhoneに店頭で触れ、軽く感想を書いたことがありました。「よくできてるけどそれだけ」という当時の感想は日本国内でWindowsPhoneが始まった今でも変わりません。
とにかく「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileから、「2ちゃんねるブラウザアプリすら規約で出せない」WindowsPhoneへの変貌は、まったくアタシの興味の範疇から外れることに相成りました。
WindowsMobileを一言でいうなら「建て増しOSの悪しき例」になってしまいます。WindowsCE1.0をベースにしたパームトップPCから始まって、PocketPC、PocketPC2002、PocketPC2003SE、そしてWindowsMobile(もちろん5.0〜6.5も含めて)まで、よくいえば時代に合わせて高機能化したといえるのですが、実態はコンセプトも何もなく、どんどん建て増ししていっただけなので、すべての面で無理が出ていました。
全体的にもっさりなのも困ったところで、通常はOSが重くなってもハードの高性能化で相殺されるのですが、当時は何故か(いや、理由はわかってるけど割愛)ARM系CPUの進化が非常に遅く、建て増しからくる動作の鈍化にハードが耐えきれなくなっていました。
それを支えたのは「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileの特性で、非常に使いづらく重いWindowsMobileをユーザーが改善していったのです。
OSの不具合を根本から解決するような非常に優れたアプリケーションがいくつも公開され、しかもそれらはほぼフリーウェアでした。まあいや無償奉仕です。
アタシはね、これらのアプリケーションを開発しているプログラマーを、Microsoftは高額のギャランティで雇うべきだと思ってました。その方がユーザーもMicrosoftも双方が嬉しいことになると思ったからです。
ところがOSのバージョンが上がるにつれ、それらの優秀なプログラマーでさえ匙を投げる不具合を増やしていっただけだったのです。
アタシはふとしたきっかけからiPhoneを購入し、当時使っていたWindowsMobileとクロスフェードみたいな感じだったのですが、それでも未だにWindowsMobileに対して思い入れはあります。もう全然使っていませんがね。
もう二度とWindowsMobileなんか使いたくないと思う反面、もう一度使ってみたいと思うアプリケーションはあります。
その代表が「2++」と「MortScript」のふたつです。
2++は旧yabuniramiJAPANでも取り上げましたし、こっそりやってたモバイルブログでも数回に分けて使い方を書きました。
簡単にいうと2ちゃんねるブラウザなのですが、もっと範囲が広く、RSSリーダから簡易メーラーと非常に幅広く使える万能リーダでした。
iPhoneにして困ったのは2ちゃんねるブラウザにしろRSSリーダにしろ決定版といえるものがなく、もちろん部分的に超えてるところはあるのですが、トータルでみれば2++に到底及ばないのです。
MortScriptに関しては、今でもWindowsでガンガン使っています。つかスクリプトはこれしか使えないし。まあモバイルでシコシコとスクリプトを書くのが楽しかったので、またやりたい気持ちはあるんだけど。
いろいろと不満、いや不満しかなかったけど、それでも楽しい思い出もいっぱいあるWindowsMobile。ま、最後なんだから素直にありがとう、といっておきます。
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