えらく大仰なタイトルですが、何のことはない、ただの「ボツネタ」ネタです。
ブログ用に書いたものの結局ボツにしたって経験は誰にでもあるんではないかと思うのですが、これも本当はおかしな話で、別にお金を貰って書いてるわけじゃないんだし、「ブログのクオリティが」云々なんてまったく考えてるわけじゃないのに、それでもボツは溜まっていくもんなんです。
アタシの場合、ボツになったネタはほぼ次のふた通りに分類されます。
◯PC関連ネタ
実はこれもさらにふたつに分けられるのでして、ひとつは画像っつーかスクリーンショットが必要になる場合。はっきりいって非常にめんどくさい。放置された挙句ボツになるパターンがほとんどです。
もうひとつは旬を逃した場合。これが「書いたテキストはすぐにエントリする」人なら(ほとんどの人はそうでしょうが)何の問題もない。ところがアタシは書いたらしばらく「寝かし」てから更新するのがほとんどです。
特別更新順を考えてるわけじゃないのに、何となく後回しになった場合、他のネタと違ってPC関連ネタはツブシが効かないのです。
◯「ナンノコトカワカンナイ」ネタ
面白いかも、と書き始めたものの、自分の中でしか意味がないネタになってしまうことがたまにあります。
ちょっとでも普遍的な部分が付加できれば、まあいいかとエントリしてしまうこともあるのですが、もう完全に読んだ人の頭の中がクエスチョンマークしかでないネタはさすがにエントリしようと思いませんわね。
ではタイトルでも列挙していきます。
「Evernoteが使いこなせない!という方へ」(2011年7月頃執筆)
「iPhoneスタンド」(2011年度7月頃執筆)
「LifeTouchNOTEに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「PT2とDLNAに苦戦する」(2011年11月頃執筆)
「クラウドに苦戦する」(2011年12月頃執筆)
「自炊に苦戦する・その3」(2012年4月頃執筆)
このあたりが、いわゆる<PC関連ネタ>です。
上のふたつは画像貼るのめんどくせ系で、EvernoteのTipsは自分なりによく書けたと思ったのですが、めんどくささがさきに立って更新に至りませんでした。
残りは更新しない間に文中に書いた問題が解決してしまったパターンで、まあパソコンなんてもんは試行錯誤を繰り返すもんですからね。
「それではアタシが死んでしまうでしょう」(2011年12月頃執筆)
「老いる、ということ」(2011年12月頃執筆)
「目の疲れと手持ちぶさたとの攻防」(2012年3月頃執筆)
「韻を踏む踏まない」(2012年5月頃執筆)
この辺が「自分の中でしか意味がない」系ネタです。
それでも普通はリライトして何とか使おうとするのですが、この4つは妙に重いテーマになったので、リライトする気すら起こりませんでした。
そしてもうひとつ
「生き残った弁天様」(2012年1月頃執筆)
これは唯一の笠置シヅ子単独主演といってもいい映画について書いたものですが、映画そのものもマイナーなうえ(一度もメディア化されていない)、アタシの言いたいことも普遍性のカケラもない、という。変則ですがこれも「自分の中でしか意味がない」ネタといっていいでしょう。
あとひとつ。上記のどれにも属さないのですが
「嫌い、からの変遷」(2011年11月頃執筆)
ってのがあります。主題となった人はふたりで、三浦知良とロンブーの田村淳。何の共通点があるのかって話ですが、まあ自分の中ではあるんです。
あるんだけど、実際に書いてみるとどうしても上手く書けない。何度か書き直してみたんだけど、だから何?みたいな内容にしかならないのです。
んでもういいや、と。
何度もいうように仕事で書いてるわけじゃないんで、多少上手く書けなくてもいいんですよ。だいいち笑わせてやろうとか、感動させようとか、名文だと思われたいとか、このブログをきっかけに評論家とかコラムニストとしてのし上がってやろうとか、そんなことは一切考えてないわけで(当たり前だ、と思われるでしょうが、いるんですよ、本物の馬鹿が。誰が個人ブログ見て仕事頼もうなんて思うんだっつー話で)、多少の誤字とか、おかしな言い回しとか気づいてもそのままにしたりしてるし。
でも何が言いたいのかさっぱりわからない、みたいなのはさすがに避けたいわけでして。数少ないとはいえ読み手の人に申し訳ないですよ。
またボツが溜まった頃に第二弾をやります。
2012年5月31日木曜日
2012年5月30日水曜日
秋元康の絶妙感
前回の続き、ではないのですが多少書き残したことが気になったので。
とんねるずのコミックソングをあれだけ絶賛したのに、あの人の名前がないのは変ですよね。
あの人とはもちろん秋元康です。
たとえば到達点とまでいった「ガニ」の凄さはほとんど編曲にあります。
初期の見岳章、中期から後期にかけて後藤次利の貢献度は半端じゃない。それくらいとんねるずの楽曲において作編曲はキモだったとおもうのですよ。
それでも一番にくるのは秋元康です。
いつ聴いても凄いなと思うのが「雨の西麻布」でして、「♪ふたりのにしあざーぶー」というコーラスから入るわけですが、本歌に入って最初の歌詞が「そして」なんですね。
これは凄いことなんですよ。「そして」って言葉はリリックとして非常に使いづらいんです。とにかく音がブチブチに切れてしまう。また一回使っただけでやたら説明的な歌詞になってしまう、いろんな意味で危険なフレーズなんですね。
それをね、ド頭にいきなり持ってきて、さらにもう一度すぐに突っ込む。大胆にもほどがあります。
「雨の西麻布」はムード歌謡のパロディですが、たしかに「そして」を使うとムード歌謡ぽくはなる。でも実際は危険なフレーズなのでさほど使われていない。
こういう計算が秋元康の真骨頂だと思うんですよね。
それこそ美空ひばりの「川の流れのように」やAKB48の「ヘビーローテーション」もなんだけど、秋元康の詞って「あざといくらいあざとくない」んです。わかりにくいか。つまり「ものすごくあざとく、あざとさを消してる」といえばいいのか。ダメだ、上手くいえないわ。
「雨の西麻布」の西麻布って地名なんかホントにその代表で、Wikipediaなんかを見ると最初は「雨の亀戸」だったそうですが、亀戸じゃあざとい。かといって「雨の六本木」じゃあざとくないかわりに芸がない。そこへいくと西麻布ってのはまことに絶妙の線でして、わかる人がわかればいい、しかし身内しかわからないほどでもない、ギリギリのラインをついているんです。
秋元康の才能は作詞、それもコミックであればあるほど抑制の効いた絶妙な感じがでる。そういう人をブレーンに引き入れたとんねるずはやはり凄いと思うのです。
この辺はダウンタウンとは正反対で、松本人志は全部自分でやりたがるでしょ。それはそれでいいし、それこそ「エキセントリック少年ボウイ」はギャグの羅列を歌にした初めての成功例だと思うんです。
でもどこか堅苦しさもあって、とんねるずのように有能な作詞家をブレーンにつけた方が、コミックソングを「演じる」(歌う、ではなく)にあたって、より自由度が増す気がするんですね。
考えてみれば植木等だって青島幸男の世界観があればこそあれだけ暴れ回ることができたんです。
ただ青島幸男の詩の世界は必ずしも植木等が暴れることに特化してたわけじゃない。どちらかというと植木等がどうとかじゃなく、青島幸男の主義主張の方が前面に出ています。
秋元康はそうじゃない。この人は奇妙なほど主義主張を込めない。その代わり、どういう世界観を提示したら歌い手(演じ手)が能力を最大限に発揮できるか、完璧に計算されていると思うのです。
そんな対比で考えると、青島幸男はアーティスト、秋元康は職人といえるのかもしれません。
(余談だけど秋元康の師匠は青島幸男門下だったから、孫弟子といえなくもない)
さて久しぶりに妙に熱く語ってしまいましたが、そういや今までとんねるずについて言及するは避けてたんですよ、アタシは。チャンスがなかったともいえるけど。
でもこれだけ溢れ出すってことは、ダウンタウンと同等の思い入れがあるんですな。結局わかったのはそこだったり。
とんねるずのコミックソングをあれだけ絶賛したのに、あの人の名前がないのは変ですよね。
あの人とはもちろん秋元康です。
たとえば到達点とまでいった「ガニ」の凄さはほとんど編曲にあります。
初期の見岳章、中期から後期にかけて後藤次利の貢献度は半端じゃない。それくらいとんねるずの楽曲において作編曲はキモだったとおもうのですよ。
それでも一番にくるのは秋元康です。
いつ聴いても凄いなと思うのが「雨の西麻布」でして、「♪ふたりのにしあざーぶー」というコーラスから入るわけですが、本歌に入って最初の歌詞が「そして」なんですね。
これは凄いことなんですよ。「そして」って言葉はリリックとして非常に使いづらいんです。とにかく音がブチブチに切れてしまう。また一回使っただけでやたら説明的な歌詞になってしまう、いろんな意味で危険なフレーズなんですね。
それをね、ド頭にいきなり持ってきて、さらにもう一度すぐに突っ込む。大胆にもほどがあります。
「雨の西麻布」はムード歌謡のパロディですが、たしかに「そして」を使うとムード歌謡ぽくはなる。でも実際は危険なフレーズなのでさほど使われていない。
こういう計算が秋元康の真骨頂だと思うんですよね。
それこそ美空ひばりの「川の流れのように」やAKB48の「ヘビーローテーション」もなんだけど、秋元康の詞って「あざといくらいあざとくない」んです。わかりにくいか。つまり「ものすごくあざとく、あざとさを消してる」といえばいいのか。ダメだ、上手くいえないわ。
「雨の西麻布」の西麻布って地名なんかホントにその代表で、Wikipediaなんかを見ると最初は「雨の亀戸」だったそうですが、亀戸じゃあざとい。かといって「雨の六本木」じゃあざとくないかわりに芸がない。そこへいくと西麻布ってのはまことに絶妙の線でして、わかる人がわかればいい、しかし身内しかわからないほどでもない、ギリギリのラインをついているんです。
秋元康の才能は作詞、それもコミックであればあるほど抑制の効いた絶妙な感じがでる。そういう人をブレーンに引き入れたとんねるずはやはり凄いと思うのです。
この辺はダウンタウンとは正反対で、松本人志は全部自分でやりたがるでしょ。それはそれでいいし、それこそ「エキセントリック少年ボウイ」はギャグの羅列を歌にした初めての成功例だと思うんです。
でもどこか堅苦しさもあって、とんねるずのように有能な作詞家をブレーンにつけた方が、コミックソングを「演じる」(歌う、ではなく)にあたって、より自由度が増す気がするんですね。
考えてみれば植木等だって青島幸男の世界観があればこそあれだけ暴れ回ることができたんです。
ただ青島幸男の詩の世界は必ずしも植木等が暴れることに特化してたわけじゃない。どちらかというと植木等がどうとかじゃなく、青島幸男の主義主張の方が前面に出ています。
秋元康はそうじゃない。この人は奇妙なほど主義主張を込めない。その代わり、どういう世界観を提示したら歌い手(演じ手)が能力を最大限に発揮できるか、完璧に計算されていると思うのです。
そんな対比で考えると、青島幸男はアーティスト、秋元康は職人といえるのかもしれません。
(余談だけど秋元康の師匠は青島幸男門下だったから、孫弟子といえなくもない)
さて久しぶりに妙に熱く語ってしまいましたが、そういや今までとんねるずについて言及するは避けてたんですよ、アタシは。チャンスがなかったともいえるけど。
でもこれだけ溢れ出すってことは、ダウンタウンと同等の思い入れがあるんですな。結局わかったのはそこだったり。
2012年5月29日火曜日
コミックソングの到達点
コミックソングって何なんだろうなと思います。
「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられてるわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることもできない。
コメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないし。
でもそれじゃ話が続かないから、コメディアンor芸人が歌い、なおかつコミカルな要素がある曲をコミックソングと仮に定義付けします。
ところが新たにコミックソングを作ろうとしても、現状ぺんぺん草も生えないんですよ。それくらい刈り取られてるから。青島幸男作詞、萩原哲晶作曲編曲、植木等並びクレージーキャッツ歌唱の楽曲群にね。
それはホントに痛感するのですよ。アタシがクレージーキャッツの大ファンというのを抜きにしても、恐ろしいほど様々な手を使って、コミックソングの手立てを塗り潰している。数年遅れた後輩のドリフの時点で「有りものの楽曲をコミカルに味付けする」方向に逃げざるを得なかった。
コメディNo.1の「アホの坂田」(キダ・タロー作曲、ていっていいのか微妙だけど)や間寛平の「ひらけ!チューリップ」、そしてクレージーソングの重要なブレーンである宮川泰が手掛けた笑福亭仁鶴の「大発見やァ!」など、関西方面から名曲と呼んで差し支えないクオリティの楽曲が出たりしましたが、「ひらけ!チューリップ」や笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」の作者であり、ある種の天才といっていい山本まさゆきですらアニメの主題歌という枠でしかコミックソングを発表し続けることはできませんでした。
そんな中、唯一コミックソングをいう曖昧なジャンルに敢然と立ち向かったのがとんねるず、です。
とんねるずの何が凄いといっても、コミックソングの枠内で複数のヒットを出したことです。
コメワンにしろ間寛平にしろ鶴光にしろ第二弾は不発で、ことレコードセールスだけで語るなら完全な一発屋です。
しかしとんねるずは違った。
「一気!」から「雨の西麻布」、「歌謡曲」、「嵐のマッチョマン」、さらに「ガラガラヘビがやってくる」など、とにかく手を変え品を変え、時代とマッチングした楽曲を次々にリリースしました。
中には「とんねるずのやつはパロディばかりだからコミックソングとはいえない」という方もおられるでしょうが、クレージーキャッツだってジャズ小唄のパロディ「スーダラ節」、フランク永井から「ハイそれまでョ」、エノケン他が歌った「洒落男」から「無責任一代男」、軍歌、特に「麦と兵隊」から「これが男の生きる道」、童謡から「どうしてこんなにもてるんだろう」など、見渡せばパロディばかりなのです。
さてとんねるずですが、前に書いたように前期の中では「歌謡曲」が好きなのですが、現時点では最末期といえる「ガニ」は本当に凄い。「ハイそれまでョ」式に転調を活かした楽曲なのですが、二重三重の捻りがあって、まさしく「恐れ入りました」って感じです。2012年時点では「コミックソングの到達点」といえるでしょう。
石橋と木梨がヴォーカリストとしてまったくタイプが違うのもいい。特に木梨のヴォーカルはある意味植木等を凌いでる部分すらある。
その後「野猿」とか「矢島美容室」とかやってますが、やっぱり「とんねるず」名義でやってほしいなあ。ヴォーカルの対比を最大限に活かすには、やっぱふたりだけでやった方がいいと思うんだよな。
「ロック」とか「ジャズ」のようにサウンドの特色で分けられてるわけじゃないし、ノベルティソングとの厳密な違いを正確にいえる人など誰もいないでしょう。
しかも広義にいえば、もしくは狭義にいえばみたいな境界線を決めることもできない。
コメディアンや芸人のレコード=コミックソングではないし。
でもそれじゃ話が続かないから、コメディアンor芸人が歌い、なおかつコミカルな要素がある曲をコミックソングと仮に定義付けします。
ところが新たにコミックソングを作ろうとしても、現状ぺんぺん草も生えないんですよ。それくらい刈り取られてるから。青島幸男作詞、萩原哲晶作曲編曲、植木等並びクレージーキャッツ歌唱の楽曲群にね。
それはホントに痛感するのですよ。アタシがクレージーキャッツの大ファンというのを抜きにしても、恐ろしいほど様々な手を使って、コミックソングの手立てを塗り潰している。数年遅れた後輩のドリフの時点で「有りものの楽曲をコミカルに味付けする」方向に逃げざるを得なかった。
コメディNo.1の「アホの坂田」(キダ・タロー作曲、ていっていいのか微妙だけど)や間寛平の「ひらけ!チューリップ」、そしてクレージーソングの重要なブレーンである宮川泰が手掛けた笑福亭仁鶴の「大発見やァ!」など、関西方面から名曲と呼んで差し支えないクオリティの楽曲が出たりしましたが、「ひらけ!チューリップ」や笑福亭鶴光の「うぐいすだにミュージックホール」の作者であり、ある種の天才といっていい山本まさゆきですらアニメの主題歌という枠でしかコミックソングを発表し続けることはできませんでした。
そんな中、唯一コミックソングをいう曖昧なジャンルに敢然と立ち向かったのがとんねるず、です。
とんねるずの何が凄いといっても、コミックソングの枠内で複数のヒットを出したことです。
コメワンにしろ間寛平にしろ鶴光にしろ第二弾は不発で、ことレコードセールスだけで語るなら完全な一発屋です。
しかしとんねるずは違った。
「一気!」から「雨の西麻布」、「歌謡曲」、「嵐のマッチョマン」、さらに「ガラガラヘビがやってくる」など、とにかく手を変え品を変え、時代とマッチングした楽曲を次々にリリースしました。
中には「とんねるずのやつはパロディばかりだからコミックソングとはいえない」という方もおられるでしょうが、クレージーキャッツだってジャズ小唄のパロディ「スーダラ節」、フランク永井から「ハイそれまでョ」、エノケン他が歌った「洒落男」から「無責任一代男」、軍歌、特に「麦と兵隊」から「これが男の生きる道」、童謡から「どうしてこんなにもてるんだろう」など、見渡せばパロディばかりなのです。
さてとんねるずですが、前に書いたように前期の中では「歌謡曲」が好きなのですが、現時点では最末期といえる「ガニ」は本当に凄い。「ハイそれまでョ」式に転調を活かした楽曲なのですが、二重三重の捻りがあって、まさしく「恐れ入りました」って感じです。2012年時点では「コミックソングの到達点」といえるでしょう。
石橋と木梨がヴォーカリストとしてまったくタイプが違うのもいい。特に木梨のヴォーカルはある意味植木等を凌いでる部分すらある。
その後「野猿」とか「矢島美容室」とかやってますが、やっぱり「とんねるず」名義でやってほしいなあ。ヴォーカルの対比を最大限に活かすには、やっぱふたりだけでやった方がいいと思うんだよな。
2012年5月26日土曜日
2014年まであと1年ちょい、2023年まであと10年ちょい
ふと気になって調べたのですが、やっぱりそうだったというか、子供の頃の記憶も馬鹿にできないというか。
藤子・F・不二雄の作品で「21エモン」ってのがあります。文句なしの名作であるにも関わらず、そして映画化、さらにはテレビでアニメ化されて、でもあんまり人気がでなかったF作品にはよくあるパターンなんですが、まあ人気がイマイチだったのもわからんではないというか。はっきりいえばとっつきづらいんですよ。
F作品は「日常の中に非日常を持ち込む」ことを常套にしていますが(これはA作品にもいえることですが)、これは正反対で、非日常の中で日常を描くことに注力しています。
21世紀を舞台に、未来社会の中で現在(当然作品が描かれた当時の)と何ら変わらぬ日常を描いているのですが、やはり「ドラえもん」なんかと比べると頭の切り替えが必要なことには違いなく、わっと人気がでるのは難しいのはわかるんです。
さてざっくり21世紀と書きましたが、「21エモン」はだいたい50〜60年後の未来社会という風に設定されています。連載されたのが1968年ですから、計算すると、ほぼ今現在、ということになる。
んで調べたら、どうも初期の設定では2023年って設定だったみたいですね。今から約10年後の話です。そしてついでにいえば「第一回宇宙オリンピック」が東京で開かれたのは、なんと再来年、2014年なのです。
いや、まったく、宇宙オリンピックなんて開かれる気配はゼロなわけでして、イシハラさんが必死にオリンピック誘致とか叫んでたのは、実は宇宙オリンピックのことだったのかしらね。
まあ宇宙オリンピックが開かれるくらいだから、その二年前の2012年。つまり今です。当然街中に宇宙人が溢れかえってないとおかしい。ところが宇宙人どころか民間人の宇宙旅行も夢のまた夢なわけでして。
アタシは何もそんなツッコミがしたいわけじゃない。でも非常に残念というかね。だっていつまでたってもパイプの中を人間がびゅーと通るみたいなシステムができそうもないんだもん。
そういや「21エモン」でもやたらとピチッとした服を着てますが、ああいう服も流行らないね。まあ現実に考えたら嫌だわ。体型丸わかりだもん。
どうもね、昔考えられてた未来と現実が乖離しすぎな気がしてしょうがないわけです。
宇宙に関することもそうだし、宇宙に限らず移動手段も相変わらず飛行機とか鉄道とか車でしょ。ぜーんぜん、なーんも変わってない。その代わりインターネットなんてもんが発達して、情報のやり取りは180度変わってしまった。でもそういう部分はあんまり予見されてなかったりするわけで。
なんか嫌だなと。地球の中くらいどこでも一瞬、一瞬とまでいかなくてもすぐに行ける世界になってほしかったですよ。いくら情報は一瞬でも身体ごと飛びたいですよ。
根本的にアタシは宇宙にはあんまり興味がないのです。でもね、去年から何度か海外に行って、外国人ってもんがより身近に感じるようになってきて。だからもし宇宙人も身近な存在だったらもっと面白かったかもとは思うわけです。
アタシは今英語を勉強していますが、もし「21エモン」の世界だったら必死で「共宙語」を勉強してたのかなと思うと何かおかしい。宇宙人と会話が弾んで、じゃ飲みに行こうか、とか。
そもそも宇宙人がアルコールを飲むのか、つか酔った状態になるかぜんぜん見当もつきませんが。
藤子・F・不二雄の作品で「21エモン」ってのがあります。文句なしの名作であるにも関わらず、そして映画化、さらにはテレビでアニメ化されて、でもあんまり人気がでなかったF作品にはよくあるパターンなんですが、まあ人気がイマイチだったのもわからんではないというか。はっきりいえばとっつきづらいんですよ。
F作品は「日常の中に非日常を持ち込む」ことを常套にしていますが(これはA作品にもいえることですが)、これは正反対で、非日常の中で日常を描くことに注力しています。
21世紀を舞台に、未来社会の中で現在(当然作品が描かれた当時の)と何ら変わらぬ日常を描いているのですが、やはり「ドラえもん」なんかと比べると頭の切り替えが必要なことには違いなく、わっと人気がでるのは難しいのはわかるんです。
さてざっくり21世紀と書きましたが、「21エモン」はだいたい50〜60年後の未来社会という風に設定されています。連載されたのが1968年ですから、計算すると、ほぼ今現在、ということになる。
んで調べたら、どうも初期の設定では2023年って設定だったみたいですね。今から約10年後の話です。そしてついでにいえば「第一回宇宙オリンピック」が東京で開かれたのは、なんと再来年、2014年なのです。
いや、まったく、宇宙オリンピックなんて開かれる気配はゼロなわけでして、イシハラさんが必死にオリンピック誘致とか叫んでたのは、実は宇宙オリンピックのことだったのかしらね。
まあ宇宙オリンピックが開かれるくらいだから、その二年前の2012年。つまり今です。当然街中に宇宙人が溢れかえってないとおかしい。ところが宇宙人どころか民間人の宇宙旅行も夢のまた夢なわけでして。
アタシは何もそんなツッコミがしたいわけじゃない。でも非常に残念というかね。だっていつまでたってもパイプの中を人間がびゅーと通るみたいなシステムができそうもないんだもん。
そういや「21エモン」でもやたらとピチッとした服を着てますが、ああいう服も流行らないね。まあ現実に考えたら嫌だわ。体型丸わかりだもん。
どうもね、昔考えられてた未来と現実が乖離しすぎな気がしてしょうがないわけです。
宇宙に関することもそうだし、宇宙に限らず移動手段も相変わらず飛行機とか鉄道とか車でしょ。ぜーんぜん、なーんも変わってない。その代わりインターネットなんてもんが発達して、情報のやり取りは180度変わってしまった。でもそういう部分はあんまり予見されてなかったりするわけで。
なんか嫌だなと。地球の中くらいどこでも一瞬、一瞬とまでいかなくてもすぐに行ける世界になってほしかったですよ。いくら情報は一瞬でも身体ごと飛びたいですよ。
根本的にアタシは宇宙にはあんまり興味がないのです。でもね、去年から何度か海外に行って、外国人ってもんがより身近に感じるようになってきて。だからもし宇宙人も身近な存在だったらもっと面白かったかもとは思うわけです。
アタシは今英語を勉強していますが、もし「21エモン」の世界だったら必死で「共宙語」を勉強してたのかなと思うと何かおかしい。宇宙人と会話が弾んで、じゃ飲みに行こうか、とか。
そもそも宇宙人がアルコールを飲むのか、つか酔った状態になるかぜんぜん見当もつきませんが。
2012年5月25日金曜日
WindowsMobileのレクイエム
アタシを10年に渡って虜にしてきたWindowsMobileが終焉した。
Windows Mobile 6.x Marketplace のサービス停止について
Marketplaceが終了しただけじゃない。ハード自体もこの世から消滅しようとしている。
嘘だと思うなら秋葉原に行けばいい。新品が売ってないのは当然としても、中古を探すことさえ難しい。見つかったとしてもほとんど5000円以下という投げ売り価格で、店頭ならぬ店の奥の方の、ひたすら目立たない場所に置かれている。
後継といえるWindowsPhoneは普及の目処が立たず、タブレットに関してはMicrosoftはARM版Windows8を推していくはずで、スマフォという限られた範囲で戦わなければならないWindowsPhoneに勝算があるとは思えない。
そういえば昨年イギリスに行った際、まだ日本未発売だったWindowsPhoneに店頭で触れ、軽く感想を書いたことがありました。「よくできてるけどそれだけ」という当時の感想は日本国内でWindowsPhoneが始まった今でも変わりません。
とにかく「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileから、「2ちゃんねるブラウザアプリすら規約で出せない」WindowsPhoneへの変貌は、まったくアタシの興味の範疇から外れることに相成りました。
WindowsMobileを一言でいうなら「建て増しOSの悪しき例」になってしまいます。WindowsCE1.0をベースにしたパームトップPCから始まって、PocketPC、PocketPC2002、PocketPC2003SE、そしてWindowsMobile(もちろん5.0〜6.5も含めて)まで、よくいえば時代に合わせて高機能化したといえるのですが、実態はコンセプトも何もなく、どんどん建て増ししていっただけなので、すべての面で無理が出ていました。
全体的にもっさりなのも困ったところで、通常はOSが重くなってもハードの高性能化で相殺されるのですが、当時は何故か(いや、理由はわかってるけど割愛)ARM系CPUの進化が非常に遅く、建て増しからくる動作の鈍化にハードが耐えきれなくなっていました。
それを支えたのは「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileの特性で、非常に使いづらく重いWindowsMobileをユーザーが改善していったのです。
OSの不具合を根本から解決するような非常に優れたアプリケーションがいくつも公開され、しかもそれらはほぼフリーウェアでした。まあいや無償奉仕です。
アタシはね、これらのアプリケーションを開発しているプログラマーを、Microsoftは高額のギャランティで雇うべきだと思ってました。その方がユーザーもMicrosoftも双方が嬉しいことになると思ったからです。
ところがOSのバージョンが上がるにつれ、それらの優秀なプログラマーでさえ匙を投げる不具合を増やしていっただけだったのです。
アタシはふとしたきっかけからiPhoneを購入し、当時使っていたWindowsMobileとクロスフェードみたいな感じだったのですが、それでも未だにWindowsMobileに対して思い入れはあります。もう全然使っていませんがね。
もう二度とWindowsMobileなんか使いたくないと思う反面、もう一度使ってみたいと思うアプリケーションはあります。
その代表が「2++」と「MortScript」のふたつです。
2++は旧yabuniramiJAPANでも取り上げましたし、こっそりやってたモバイルブログでも数回に分けて使い方を書きました。
簡単にいうと2ちゃんねるブラウザなのですが、もっと範囲が広く、RSSリーダから簡易メーラーと非常に幅広く使える万能リーダでした。
iPhoneにして困ったのは2ちゃんねるブラウザにしろRSSリーダにしろ決定版といえるものがなく、もちろん部分的に超えてるところはあるのですが、トータルでみれば2++に到底及ばないのです。
MortScriptに関しては、今でもWindowsでガンガン使っています。つかスクリプトはこれしか使えないし。まあモバイルでシコシコとスクリプトを書くのが楽しかったので、またやりたい気持ちはあるんだけど。
いろいろと不満、いや不満しかなかったけど、それでも楽しい思い出もいっぱいあるWindowsMobile。ま、最後なんだから素直にありがとう、といっておきます。
Windows Mobile 6.x Marketplace のサービス停止について
Marketplaceが終了しただけじゃない。ハード自体もこの世から消滅しようとしている。
嘘だと思うなら秋葉原に行けばいい。新品が売ってないのは当然としても、中古を探すことさえ難しい。見つかったとしてもほとんど5000円以下という投げ売り価格で、店頭ならぬ店の奥の方の、ひたすら目立たない場所に置かれている。
後継といえるWindowsPhoneは普及の目処が立たず、タブレットに関してはMicrosoftはARM版Windows8を推していくはずで、スマフォという限られた範囲で戦わなければならないWindowsPhoneに勝算があるとは思えない。
そういえば昨年イギリスに行った際、まだ日本未発売だったWindowsPhoneに店頭で触れ、軽く感想を書いたことがありました。「よくできてるけどそれだけ」という当時の感想は日本国内でWindowsPhoneが始まった今でも変わりません。
とにかく「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileから、「2ちゃんねるブラウザアプリすら規約で出せない」WindowsPhoneへの変貌は、まったくアタシの興味の範疇から外れることに相成りました。
WindowsMobileを一言でいうなら「建て増しOSの悪しき例」になってしまいます。WindowsCE1.0をベースにしたパームトップPCから始まって、PocketPC、PocketPC2002、PocketPC2003SE、そしてWindowsMobile(もちろん5.0〜6.5も含めて)まで、よくいえば時代に合わせて高機能化したといえるのですが、実態はコンセプトも何もなく、どんどん建て増ししていっただけなので、すべての面で無理が出ていました。
全体的にもっさりなのも困ったところで、通常はOSが重くなってもハードの高性能化で相殺されるのですが、当時は何故か(いや、理由はわかってるけど割愛)ARM系CPUの進化が非常に遅く、建て増しからくる動作の鈍化にハードが耐えきれなくなっていました。
それを支えたのは「不安定になるまでイジれる」WindowsMobileの特性で、非常に使いづらく重いWindowsMobileをユーザーが改善していったのです。
OSの不具合を根本から解決するような非常に優れたアプリケーションがいくつも公開され、しかもそれらはほぼフリーウェアでした。まあいや無償奉仕です。
アタシはね、これらのアプリケーションを開発しているプログラマーを、Microsoftは高額のギャランティで雇うべきだと思ってました。その方がユーザーもMicrosoftも双方が嬉しいことになると思ったからです。
ところがOSのバージョンが上がるにつれ、それらの優秀なプログラマーでさえ匙を投げる不具合を増やしていっただけだったのです。
アタシはふとしたきっかけからiPhoneを購入し、当時使っていたWindowsMobileとクロスフェードみたいな感じだったのですが、それでも未だにWindowsMobileに対して思い入れはあります。もう全然使っていませんがね。
もう二度とWindowsMobileなんか使いたくないと思う反面、もう一度使ってみたいと思うアプリケーションはあります。
その代表が「2++」と「MortScript」のふたつです。
2++は旧yabuniramiJAPANでも取り上げましたし、こっそりやってたモバイルブログでも数回に分けて使い方を書きました。
簡単にいうと2ちゃんねるブラウザなのですが、もっと範囲が広く、RSSリーダから簡易メーラーと非常に幅広く使える万能リーダでした。
iPhoneにして困ったのは2ちゃんねるブラウザにしろRSSリーダにしろ決定版といえるものがなく、もちろん部分的に超えてるところはあるのですが、トータルでみれば2++に到底及ばないのです。
MortScriptに関しては、今でもWindowsでガンガン使っています。つかスクリプトはこれしか使えないし。まあモバイルでシコシコとスクリプトを書くのが楽しかったので、またやりたい気持ちはあるんだけど。
いろいろと不満、いや不満しかなかったけど、それでも楽しい思い出もいっぱいあるWindowsMobile。ま、最後なんだから素直にありがとう、といっておきます。
2012年5月24日木曜日
合いの手の妙
ほれ、あの、餅つきってあるでしょ。まあ誰でも一度はテレビで見たことくらいはあると思うんだけど、最初すんげえ怖くてね。あの餅をひっくり返すというか水をつけるというか、あの役の人がキネで手を潰されそうで。生で見たりしたら本当に怖いんですよ。一瞬のうちに白い餅が真っ赤に染まりそうで。
でもそんな事故はほとんど聞いたことがない。バッチリ息を合わせて餅がつきあがる。これは呼吸があってないとできないことで、ある意味ものすごく音楽的です。
音楽的じゃなくて音楽そのもので餅つき的なのは「合いの手」というやつです。民謡なんかによくあるでしょ「アーハイハイ!」みたいなの。あれもちゃんと呼吸があってないとできないし、実際非常に難しいと思うのです。
合いの手の名手といえばザ・ドリフターズにトドメを刺すでしょう。
レコードになった曲でもいいのですが、より一発録りに近い「ドリフ映画だョ!全員集合」を聴けば、いかに凄いかわかると思います。
いかりや長介自ら「ドリフはミュージシャンとしても四流」と語ってますが、歌唱の方は下手ではないけど上手くもない。コミック的な歌い方をしているのを差し引いても、それこそ植木等なんかに比べると劣るわけです。
しかし合いの手の上手さはクレージーキャッツ以上で、とにかく全員が上手い。
これはレコードテイクになりますが「ミヨちゃん」なんか震えがくるくらい上手い。加藤茶のヴォーカルにいかりや長介が絡むのですが、セリフの挟み方の間合いも合いの手も、音楽的かつ笑える間なんです。
といかりや長介は語っていますが、もっと厳密な、ゼロコンマゼロゼロゼロ1秒みたいな、絶妙のタイミングなんです。これがそれこそほんの一瞬でもズレたら音楽的でなくなるし、何より面白くなくなる。
「ミヨちゃん」で特に凄いのが、スリーコーラス目で突然いかりや長介が歌いはじめるのですが、もうね、浮かぶのですよ。加藤茶が歌おうとした瞬間にいかりや長介がマイクを取り上げて歌いはじめる様子が。これもほんのちょっと前のめりというか食い気味でいかりや長介が歌いだしているんです。
後年加藤茶はラップを歌ったりしてましたが、もう天性のリズム感で、いや加藤茶に限らず全員が天性のリズム感があったとしか思えない。でないと「合いの手で笑わせる」なんていうとんでもない芸当ができるわけがないのです。
アタシはずっと「今の芸人と昔の芸人の比較なんてできない。どっちが上かなんかいえない」といってきましたが、ドリフより歌が上手い芸人は数あれど、こんな絶妙な合いの手ができる芸人やコメディアン、そして本職の歌い手もいないと断言できます。もしかしたらザ・ドリフターズというチームの本質は合いの手にあるのかもしれない、とすら思うわけで。
でもそんな事故はほとんど聞いたことがない。バッチリ息を合わせて餅がつきあがる。これは呼吸があってないとできないことで、ある意味ものすごく音楽的です。
音楽的じゃなくて音楽そのもので餅つき的なのは「合いの手」というやつです。民謡なんかによくあるでしょ「アーハイハイ!」みたいなの。あれもちゃんと呼吸があってないとできないし、実際非常に難しいと思うのです。
合いの手の名手といえばザ・ドリフターズにトドメを刺すでしょう。
レコードになった曲でもいいのですが、より一発録りに近い「ドリフ映画だョ!全員集合」を聴けば、いかに凄いかわかると思います。
いかりや長介自ら「ドリフはミュージシャンとしても四流」と語ってますが、歌唱の方は下手ではないけど上手くもない。コミック的な歌い方をしているのを差し引いても、それこそ植木等なんかに比べると劣るわけです。
しかし合いの手の上手さはクレージーキャッツ以上で、とにかく全員が上手い。
これはレコードテイクになりますが「ミヨちゃん」なんか震えがくるくらい上手い。加藤茶のヴォーカルにいかりや長介が絡むのですが、セリフの挟み方の間合いも合いの手も、音楽的かつ笑える間なんです。
私たちの笑いは、ネタを稽古で練り上げて、タイミングよく放つところにある。私たちはバンドマン上がりらしく、「あと一拍、早く」「もう二拍、待って」とか、音楽用語を使ってタイミングを計りながら稽古した。今では一般の方も使う、「ボケ」「ツッコミ」「ツカミ」というような専門用語すら当時の私たちは知らなかった。ちょっとでも間が狂ったら、ギャグがギャグにならなくなる。それを恐れた。(いかりや長介著「だめだこりゃ」より)
といかりや長介は語っていますが、もっと厳密な、ゼロコンマゼロゼロゼロ1秒みたいな、絶妙のタイミングなんです。これがそれこそほんの一瞬でもズレたら音楽的でなくなるし、何より面白くなくなる。
「ミヨちゃん」で特に凄いのが、スリーコーラス目で突然いかりや長介が歌いはじめるのですが、もうね、浮かぶのですよ。加藤茶が歌おうとした瞬間にいかりや長介がマイクを取り上げて歌いはじめる様子が。これもほんのちょっと前のめりというか食い気味でいかりや長介が歌いだしているんです。
後年加藤茶はラップを歌ったりしてましたが、もう天性のリズム感で、いや加藤茶に限らず全員が天性のリズム感があったとしか思えない。でないと「合いの手で笑わせる」なんていうとんでもない芸当ができるわけがないのです。
アタシはずっと「今の芸人と昔の芸人の比較なんてできない。どっちが上かなんかいえない」といってきましたが、ドリフより歌が上手い芸人は数あれど、こんな絶妙な合いの手ができる芸人やコメディアン、そして本職の歌い手もいないと断言できます。もしかしたらザ・ドリフターズというチームの本質は合いの手にあるのかもしれない、とすら思うわけで。
2012年5月23日水曜日
上岡方式
まだアタシが20代の頃だったと思います。まあ年齢的にもいろいろと悩み多き頃だったのですが、とある友人がこんな言葉をくれました。
「その時はどれだけ苦しくても、後でオモロイ話のネタになると思えば、意外とどんなことでも耐えられるもんや」
この言葉を吐いた彼とは現在交友はありませんが、辛酸を舐めた過去を持ち、誰よりも人の心がわかる彼の言葉はアタシの人生の大きな支えになりました。
現在アタシはこれを「上岡方式」と呼んでいます。
時期的にはほぼ同じくらいだったと思います。たしか「鶴瓶上岡パペポTV」の中で、上岡龍太郎が面白いことをいいはじめたのです。
「タバコを辞めた時期があって、身体に悪いからとかちゃうで。ほら、辞めた人がいうにはしばらく禁断症状が出るいうやん。あれが味わいたかったんや」
だいたいこんなニュアンスだったと思います。
(余談ですが、同じ喫煙者であるアタシは、そうか、いっちょう試してみようと感化されたのですが、あいにく禁断症状が出ないまま三年(!)の月日が経ってしまいました。もともと健康のための禁煙じゃなかったので「禁断症状がでない禁煙なんてつまらん」とまた喫煙を再開したのでした)
最初の話と上岡龍太郎の話は似ているようで微妙に違うのですが、それでも「苦闘を一種の娯楽に変えてしまう」という部分は共通している。
誰が言い出したかしりませんが、若い頃の苦労は買ってでもしろとかね。誰が苦労を買ったりするかバカって話ですが、別に買ったりしなくてもいくらでもオマケでくっついてきますからね。
いや、若い頃の云々よりもっとタチが悪いのは「その苦労が将来きっと自分を助けるはずだ」とか、こんなセリフが平気で吐ける人間は少し頭がおかしいんじゃないかと思ってしまいます。
辛酸を舐めたからこそ、苦労なんかまっぴらだと思うはずで、正直アタシもいろいろありましたが、あの時の苦労が役に立ったなんて思ったことは一度もない。むしろ尻込みする原因になったり、トラウマになってる部分も多い。
人間はね、楽をしたいものなのですよ。楽ができなければせめて楽しみながらいろんなことをやりたいものなんです。これは苦労とかそんな大仰な話じゃないんだ、今しかできないオモロイゲームにチャレンジしているだけなんだ、と思った方がよほどいい。
映画でもなんでもフィクションなんて全部そうでしょ。功成し遂げた後の物語なんて面白くもなんともない。それより駆け上がっていく過程が面白いわけで。恋愛モノなんかでいえば、男女が結ばれるまでを描くものだしね。
でもそういう時は本人は辛いんですよ。仕事でも恋愛でも成就するまでは本当に辛い。毎日毎日ドキドキの繰り返しです。
ところが不思議なもので、遠い過去となってみると、一番苦しかった時代が一番懐かしく思い出される。遠い過去とか、自分のことであってもある種のフィクションみたいなもんだからね。
どうせ将来そう思えるのなら、最初から楽しみながらこなす方がいい。その方がどれだけヤキモキしたかずっと憶えているはずだし、後で「オモロイ話」にしやすいと思うのです。
「その時はどれだけ苦しくても、後でオモロイ話のネタになると思えば、意外とどんなことでも耐えられるもんや」
この言葉を吐いた彼とは現在交友はありませんが、辛酸を舐めた過去を持ち、誰よりも人の心がわかる彼の言葉はアタシの人生の大きな支えになりました。
現在アタシはこれを「上岡方式」と呼んでいます。
時期的にはほぼ同じくらいだったと思います。たしか「鶴瓶上岡パペポTV」の中で、上岡龍太郎が面白いことをいいはじめたのです。
「タバコを辞めた時期があって、身体に悪いからとかちゃうで。ほら、辞めた人がいうにはしばらく禁断症状が出るいうやん。あれが味わいたかったんや」
だいたいこんなニュアンスだったと思います。
(余談ですが、同じ喫煙者であるアタシは、そうか、いっちょう試してみようと感化されたのですが、あいにく禁断症状が出ないまま三年(!)の月日が経ってしまいました。もともと健康のための禁煙じゃなかったので「禁断症状がでない禁煙なんてつまらん」とまた喫煙を再開したのでした)
最初の話と上岡龍太郎の話は似ているようで微妙に違うのですが、それでも「苦闘を一種の娯楽に変えてしまう」という部分は共通している。
誰が言い出したかしりませんが、若い頃の苦労は買ってでもしろとかね。誰が苦労を買ったりするかバカって話ですが、別に買ったりしなくてもいくらでもオマケでくっついてきますからね。
いや、若い頃の云々よりもっとタチが悪いのは「その苦労が将来きっと自分を助けるはずだ」とか、こんなセリフが平気で吐ける人間は少し頭がおかしいんじゃないかと思ってしまいます。
辛酸を舐めたからこそ、苦労なんかまっぴらだと思うはずで、正直アタシもいろいろありましたが、あの時の苦労が役に立ったなんて思ったことは一度もない。むしろ尻込みする原因になったり、トラウマになってる部分も多い。
人間はね、楽をしたいものなのですよ。楽ができなければせめて楽しみながらいろんなことをやりたいものなんです。これは苦労とかそんな大仰な話じゃないんだ、今しかできないオモロイゲームにチャレンジしているだけなんだ、と思った方がよほどいい。
映画でもなんでもフィクションなんて全部そうでしょ。功成し遂げた後の物語なんて面白くもなんともない。それより駆け上がっていく過程が面白いわけで。恋愛モノなんかでいえば、男女が結ばれるまでを描くものだしね。
でもそういう時は本人は辛いんですよ。仕事でも恋愛でも成就するまでは本当に辛い。毎日毎日ドキドキの繰り返しです。
ところが不思議なもので、遠い過去となってみると、一番苦しかった時代が一番懐かしく思い出される。遠い過去とか、自分のことであってもある種のフィクションみたいなもんだからね。
どうせ将来そう思えるのなら、最初から楽しみながらこなす方がいい。その方がどれだけヤキモキしたかずっと憶えているはずだし、後で「オモロイ話」にしやすいと思うのです。
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