2008年9月10日水曜日

夢の街



夢の話を書こうと思う。といっても両手じゃ抱えきれない夢でも、ほろ酔い気分で行けるとこまでいく夢でもない。夜、寝てる時に見る夢の話だ。

夢というやつは本当にとりとめがない。しかも連続性も基本的には皆無で、今日の夢の続きを翌日見るなんてほぼ不可能だ。

ところが自分の見る夢は、連続性こそないが、関連性は存在する。というのは、舞台がほぼ毎回一緒なのだ。

それも閉じられた室内とかではない。完全に街になっている。しかもかなり広い。駅でいえば3、4駅に相当するぐらいの広さなのだ。

もし地図に描け、といわれれば、たちどころに描くことができる。それぐらい、夢の街の地理を把握している。だから夢の中の自分は、完全に勝手知ったる我が街気分で歩き回っているのだ。

この夢の街、恐ろしいことにオリジナルなのだ。もちろん過去に行ったことがある街がベースになっているところもあるのだが、冷静に検証してみると、モデルとなる場所が存在しないところも多々ある。もちろん記憶があやふやになっているだけの可能性もあるが。

スタート地点はだいたい駅、それもかなり高台にある駅だ。

これのモデルは比較的はっきりしている。ポートライナーの三宮駅だ。まぁ神戸出身の自分ならありそうなことだが、実際はモデルになった三宮駅とはだいぶ違う。山岳の途中にあり、眼下にはテーマパークのような街並みが広がっている。

ホームを降りて長い長い階段を降りて改札を出ると、山岳はどっかにいって、わりと広々した光景が―もちろん街中だが―広がっている。

まぁこうやって説明していくとキリがないのでやめるが、全体的な空気感が神戸ではなく、東京に近い。どことなく新宿南口や恵比寿を思わせる光景があるのだが、実際にそういう場所は存在しておらず、おそらく夢の中で作り出した風景なんだろう。

夢の街で繰り広げられる事象は様々で、おそらく他の方々が見る夢と同じく、まったくとりとめがなく、中にはやたら残酷なものもあったりする。

子供の時には(その時分から今よりずっと小規模ながら夢の街は存在した)それこそ飛び上がって起きるぐらい怖い夢も見たが、最近はさすがにそれほど強烈なものは少ない。

それでも寝覚めが悪かったりする夢も多いし、逆にはね回るぐらい楽しい夢の時もある。またトイレを探し回ったりもしたこともある。

まさに何でも入る、おもちゃ箱のような街で、愛着もあるが、薄気味悪い気分もある。

そうそう、もうひとつ不思議なのは、この街に行きたい、と念じて寝ると、絶対に出てきてくれないのだ。ミステリアスというか、いや、夢は本当にコントロールできないもんだなと実感する。

たぶんこんな文章を書いたから、夢の街はしばらくでてこないような気がする。それはそれで寂しいが、ほっておけばそのうちまたふらっと出てくると思う。

しばらくはそんな、さくらや、おいちゃんやおばちゃんのような気分で待とう。うん。




2008年9月9日火曜日

分岐点



藤子・F・不二雄氏のSF短編をみると、氏がパラレルワールドにこだわっているのがよくわかる。考えてみれば「ドラえもん」も第一話で別の未来が提示されているわけだから、ドラえもんの世界全体がパラレルワールドといえないこともない。

(と書きながら気づいたけど「ドラえもん」(小学四年生掲載分第一話)こそ、氏が初めて描いたパラレルワールドじゃないか。いや「ウメ星デンカ」の「月面着陸」の方が先か)

ここで藤子先生の分析をするつもりは毛頭ない。自己紹介文にあるように、ここは「自分の過去の時間の一部を切り取って文章に起こす」、いわば自分史みたいなもので、順序こそデタラメだが、書いてあることは(多少の誇張はあるにしろ)基本的には事実に基づいている。

40年生きてきてんだから、些細な、取るに足らないこともあれば、血となり肉となったような出来事、あまりにも辛く、記憶に蓋をせざるを得ないこともいっぱいあった。

自分は「すべての出来事は何らかの必然性がある」と考えるタチなので、過去に遡って、あの時ああすればよかったと考えることはまずない。

ただし、あの時ああすれば全然人生が変わっていたかも、というのは何度かあった。これは後悔ではなく、もうひとつの未来はどんなもんだったのだろうという興味に他ならない。

自分はそれほどSFに明るくないが、藤子F氏が語るところのパラレルワールド的興味といっていいのかもしれない。

何度かあった、と書いたがあんまり深刻なことを綴ってもしょうがない。下世話な話を書く。

今から10年以上前、ある女の子のことが好きだった。最初はそうでもなかったのだが、会うほどに好きになっていった。

彼女とはつき合うかどうか微妙なところであった。いろんな事情があって、いや自分の心理的な問題もあって、はっきりつき合っているとは言い難い状況だった。

そんな時、とある事件があった。いずれ書くかもしれないが本題とは外れるので今回は詳細には触れない。とにかくこの事件をきっかけに自分は彼女が本当に好きなんだと確信した。

さてその翌日。仕事先の女の子から電話があった。

今日、空いているんで遊びませんか?と。

そういやこの頃は適当なことばっかりいってた。手当たり次第に「遊びにいかない?」と職場の女の子に声をかけていた。けしてモテてたわけではない。

その子、職場の女の子は今思い出してもキレイな顔立ちで、分けるならキツネ顔系だった。

何にしろそんな美人からお声がかかったのだから断る理由はない。

もうひとりの、自分が好きだった子はかわいい系で系統はタヌキ顔系。つまりこと顔に関しては全然違うタイプだったといってもいい。

女性がふたりでてきてややこしいので呼称をつける。タヌキとキツネでもいいのだがそれじゃ即席カップ麺っぽいのでやめる。かといってA子とB子じゃ「ちりとてちん」になってしまうし。

まぁ正反対ってことでNとSにします。Nがぼくが好きだったタヌキの方。Sが職場のキツネの方。

どこにいったか忘れたが、とにかく夕方まで遊んだ後、Sの部屋に招き入れられた。これは20代の男からすれば勝ったも同然である。

しかも一日遊んでみてわかったのだが、Sは思いの外ちゃんとした子で、顔立ちだけでなく人間としても立派なもんだった。

だがこの「ちゃんとした子」というのが逆に引っかかりだした。

前日自分はNと会って本当の気持ちを悟ったばかりである。これからはこの子と一緒にいようと決めたばかりだったのだ。

もしSが見た目だけの子なら話は違ってたと思う。でもこんなちゃんとした子を遊びで済ますわけにいかない。それは人間としてしちゃいけないことだ。

しかもこれも遊んでいるうちに気づいたことだが、Sは自分に好意を持ってくれているのがわかってきた。

何度も書くが自分は到底モテるたぐいの人間ではない。バレンタインのチョコレートの連続ゼロ記録は20年ほど続いたし、彼女ができるようになってからも、複数の女性から同時に好意をもたれたこともない。

そんな自分がふたりの女性、しかも見た目はまったく異なるがけして悪い顔じゃない、から好意をもたれるなんて、奇跡に近かった。

異性としてのつき合いの長さはNだし、好きなのもNの方だ。しかしSもけして見劣りがしない。ましてやこういう美人タイプと縁がなかった自分にとってはこれが最後のチャンスかもしれない。

完全に二者択一の状態になった。

こういう心理状態はNにもSにも失礼になる。結論をださなくてはいけない。それも一刻も早く。

結論を先にいうと、自分はNを選んだ。Sを振り切って帰るという決断(まぁ強く止められたわけじゃないけど)はかなり勇気がいった。据え膳食わぬはなんちゃらという言葉も頭をよぎった。

それでもNを選んだのだ。やはりNを裏切ることはできなかったし、Nに未練を残したまま、Sとどうにかなるのはあまりにもマズい気がした。

数年後、Nとも別れた。Sは今どこで何をしているかもしらない。

どっちの決断が正しかったのか、それは今でもわからない。あの時Sを選んでいたら、今も仲良くやってる可能性だってある。

しかし今わかるのは、さんざん悩んだ末に選んだNとはすでに別れているということだけだ。

今更あの時Sを選んでおけば、とは思わない。Nを選んだおかげで、N本人とは別れたが、それをきっかけに知り合った友人は今でも大切な友人だ。だからけしてNを選んだことが失敗だとは思わない。

でも藤子F氏よろしく、パラレルワールドがあったら、ちょっとそっちの選択肢の未来ものぞいてみたい気がする。仮にそっちの世界が幸せそうでも後悔はない。ただの興味本位にすぎない。

ま、どっちを選んでようが、結局は自分なのだから、たいして変わらないような気はするのだけど。




2008年9月8日月曜日

アンバランス



どうにも困ったもので、人を笑わせることに最高の快楽をおぼえてしまう。

といっても突飛な行動、たとえば裸踊りとか奇妙な顔をするとかそういうのではなく、いかに気の利いたことを最適のタイミングでいうか、体験したことをあまり嘘は交えず(誇張はあるが)笑いを呼べるか、そういうたぐいの笑いである。

たとえば夜中に突然、ギャグ(というか一口話)を思いついて寝付けないことがある。出だしはこう、オチは・・・少し弱いな、こういう口調でいった方がより効果的だ・・・。専門用語を使うと「ネタを繰る」とでもいうのか、とにかくある程度まとまるまでやめることができない。

しかしこれだけ繰ったネタをとうとう発表できないまま忘れてしまうことも多い。

場違いなところ、場違いなタイミング、場違いな人にネタをしゃべった時ほど悲惨なことはない。下手すれば怒りを買ってしまうことすらある。

だからこそ慎重になるわけだが、時流が変わったり、自分や相手の物差しが変わったりして、話す機会を失ってしまうことも多々ある。そしてそれらのネタは忘却の彼方へ消えるわけである。

自分という人間を考えてみると、というか他人からの指摘を整理してみると、些細なことで気を悪くし、すると途端に物言いがキツくなってしまう。しかも人と思考回路がズレてる時が多く、何でまたこのタイミングで怒るの?と相手は理解に苦しむようで、まぁこういう人を世間では「やっかい」と呼ぶ。

しかも自分のスガタカタチは怖い部類に入ると思う。体型はなさけない、酷いオッサン体型なのだが、顔が怖い。しかも目つきが悪く、若干だが藪睨みの気もある。

そのくせ特定の人物にはやたらにしゃべるし、やたらと人を笑わせることは好きなのだから、変というか、「やっかい」だ。

笑わせるためなら長時間ネタを繰ることなど苦痛でもなんでもない。仮にウケなかったとしても繰った末の結果なのだから納得もできる。これもやっぱり「やっかい」だ。

ここまで読んで「なんて馬鹿な時間の使い方をしているのだ」と思うむきもあろう。それどころか「あんた何者だ。芸人でもあるまいし」と呆然とされる方もいると思う。

でもこれは自分にとって趣味なのだ。コレクターの蒐集が同じコレクター以外からはガラクタにみえる、そんなものに大枚つぎ込むのは馬鹿の極みに見えるのと一緒だ。趣味なのだからあきらめてもらうしか術がない。

ただしコレクターは、財布を共有する家族は別にして、周りにほとんど迷惑をかけないのにたいして、自分の趣味はひとりでは成立しない。ほとんど「寝床」の世界だ。

ま、実際にはそれほど迷惑をかけていない、と思う。むしろ親しくなればなるほど自制が働いて遠慮がちになる部分がある。

このアンバランスぶりはどうだろう。自分でもちょっと困ったものだと思ってしまう。もし自分の周りに「私」がいたら、きっと友達になりたくないと感じるに違いない。

そんな自分を見捨てるわけでもなく、淡々とつき合ってくれる友人たちには感謝、というか頭が下がる。

こんな人に少しでも何か返さなくては・・・そう考えてまたつまらない繰り言を考える。まさに趣味と実益を兼ねているではないか。

・・・とか考えているってことは、まだまだ懲りていないということではないか。まったく「やっかい」以外のなにものでもない。

何か最終回っぽい文章になったが、全然そんなことはない。たまたまだ。




2008年9月7日日曜日



その日ふたりの男は疲れ果てた表情で、公園のベンチに座っていた。

と書くと三文小説の出だしみたいだが、だいたいこんな感じだ。ひとりは自分。もうひとりは自分より10歳若い、まぁいや後輩だ。

とにかくふたりとも疲れ果てていた。さんざん歩き回った上、直前に不快なこともあった。正直会話する気力も失っていた。

突然、後輩の男はぼそぼそと喋りはじめた。

「この公園、○○(某テレビ局)しかロケで使えないんです」

そうなのか。そういえば○○局しかロケで使ってるのを見たことがない。

「そうなんだ。知らなかった」

「・・・・嘘です」

うーん、冗談になってない。笑えないどころか怒りすらこみ上げてくる。

その時は怒る気力もなかったのだが、その公園に行く毎に、この時の会話を思い出して、怒りがこみ上げてくる。

それはさておき、ジョークとしての嘘というのは本当に難しい。さきほどの事例のように、一歩間違うと相手の怒りを買ってしまうことだってある。

そんなことをいいながら、かつては自分もくだらない嘘をよくついた。しかもたんなる思いつきなので、根拠もへったくれもなく、ただその場で理屈をひねり出す、その程度のもんだ。

今から20年ほど前、なにぶん古い話だ。たしか数名でファミレスに行った時のことである。

おそらくご飯時ではなかったのだろう。自分は当たり前のようにコーヒーを注文した。

ウェイトレスがコーヒーをテーブルに運んでくるやいなや、突然後輩の女性(当然ながらさっきの男性とは別人)が自分の前に食塩を差し出した。

「●●さん(※アタシのこと)、コーヒーには塩を入れるんですよね」

は???である。そんなことをするわけがないではないか。コーヒーに塩を入れるなんてヤツ本当にいるのか?

「でも●●さん、前にコーヒーには塩だって。その方が身体にいいからって」

困った。言ったかもしれない。たぶん元ネタは藤子・F・不二雄氏のSF短編「定年退食」だろう。たしかにそんな展開があった。

おそらくこのネタを引用して、適当にそれらしい理屈をつけて吹聴したのだと思う。

それはわかった。でも実際何にもおぼえてないのだ。いかにも自分がいいそうな嘘なのはたしかだが、その時の状況がさっぱり思い出せない。しかたがない。とりあえず、ああそうだった、やっぱ塩だよね、と適当に取り繕うしかなかった。

しかし悲しきかなは自分の記憶力のなさよ。これほど記憶力の悪さを恨んだことはない。

この件で学んだことは、覚えられない嘘はつかない。あとでフォローできなくなっても知らんで~!




2008年9月6日土曜日

長距離バス



長距離バスはわりあい好きな方だった。

10時間以上かかるような超長距離便に乗ったことがないので本当のつらさを味わう前に現地についてしまう。さすがに4列シートはつらいのだけど、3列シートなら、時間は倍かかるものの下手すれば新幹線より快適なくらいである。

よって「水曜どうでしょう」の壇ノ浦レポートのような状況に追い込まれたことはない。

そして何より安さが魅力だ。移動に金を使うのはばからしいと考えるタチなので(その分旅先で金を使える)、安いに越したことはないのだ。

つまり時間がかかるのを折り込み済みならば、新幹線や飛行機よりも快適に安く行けるのである。魅力を感じないわけがない。

一切長距離バスに乗らなくなったのは年のせいもあるが、ある出来事がきっかけとなった。一年ほど前のその事件以来、長距離バスとは縁を切った。

その日、神戸から東京へ向かう予定だった。

スケジュール的に余裕があることから迷わず長距離バス移動を決めた。ちなみにバスの発着場所は大阪駅である。

ところが当日、JRが人身事故か何かで遅れに遅れた。「5分遅れております」というアナウンスがすぐに15分に変わり、さらに15分ほどして、運行再開は未定です、に変わった。

大阪駅へ、バスの発車時刻より30分以上前に着く予定だったが、どう考えても絶望的になった。

仕方がない。私鉄の駅までタクシーを飛ばし、とりあえず大阪駅へ向かうことにした。

が、やはり間に合いそうもない。おそらくバス発車時刻より5分は遅れる。やむを得ない。マナー違反は承知の上で、私鉄の電車内からバス会社に電話をかけた。

「コレコレシカジカの理由で遅れる。ついては発車時刻を5分遅らせてもらえないか」

答えはノーであった。理由は他の乗客に迷惑がかかる云々。

まぁわからない理由ではない。しかしそこのバス会社はJRバスという名前が示す通り、JR西日本とはグループ会社のはずである。

当然人身事故で一部区間の電車が止まっているという情報は入っているはずだし、実際自分以外にもバスに乗れなかった人がいたかもしれない。

(ボカして書いていたが、自分の家はマイナー路線ではなく、神戸線という有数の乗降客を誇る路線なのだから間違いないと思う)

とはいえマナー違反をおしてまで電車の中での電話での押し問答は迷惑きわまりない。とりあえずいったん引くことにした。

大阪駅に着いた。とりあえずバスセンターに向かった。念のため発着場に行ったが、やはりバスは発車した後だった。

このままではいくらなんでも納得しがたい。それにこのままでは自分は東京に行けない。何とかしなければとバスセンターの受付へ乗り込んだ。

ひとつ目の主張はこうだ。

まだ東京行きのバスはあるはずだから、それに乗せてほしい。

答えは満席だから無理です。わからんでもない。

次の主張は

差額を払うから新幹線に乗せてほしい。

これも無理だという。

ただし払い戻しはするらしい。が、これがよくわからない方法なのである。

何でも一度遅延証明書、その他書類を郵送し、その上で振り込みます、と。

いやいや、全然意味がわからない。遅延証明書は手元にあるし、書類もこの場で書けばいいだけだ。レジもあるのだから払い戻しができない理由もわからない。

しかも手数料として2000円ほど取られるという。

さすがにそれはちょっとおかしいんじゃないのというと

「規則ですから」

この一言でカチンときた。き、規則だぁ~?

思わず人生幸朗の如く「責任者でてこい!」と叫んだ。いや実際には嫌味ったらしく「責任者の方はおられますか」と馬鹿丁寧にいったのだが。

少々お待ちください、と対応していた女性は事務所の奥に入ったきり10分もでてこない。

15分ほど経っただろうか。さっきと同じ女性があらわれ「あいにく所長は席を外しております」ときた。

嘘つけ。不在かどうかを確認するのに15分もかかるわけがないだろ。いったいどれだけ広い事務所なんだ。外から見る限り、事務所の広さはだいぶ大幅に見積もっても20平米もないぞ。

さすがに埒があかないと踏んだ自分は、もう結構です、とその場を後にした。

とはいえ怒りがおさまるわけではない。そもそも大幅に遅延したJR西日本に責任があるんじゃないか。こうなったら駅長室に乗り込むしかない。

駅長室は客は誰もいないものの、数人の職員が次から次へとかかってくる電話の対応に追われていた。中には自分と同じように便に乗り遅れたじゃないかみたいな苦情もあったのかもしれない。

そのうちひとりの若い職員が自分の存在に気づき、自分が今の状況を説明するとすぐに詫びた。すると今度は駅長が自分に近づき、平身低頭に頭を下げた。

しかもさきほどの若い職員がJRバスに説明にいってくれるという。(駅長室とバスセンターは目と鼻の先だった)

思えば何年前だったか。宝塚線の脱線事故の大惨事以来、JR西日本の職員の態度が少し変わったような気がする。

それまではちょっと横柄な感じだったのが、事故以降、不快感のない応対になった。

この事件から先立つこと半年。自分はうっかり電車内に忘れ物をしたのだが、この時の応対も非常にさわやかなものだった。(忘れ物は無事発見された)

電車が遅れたのだからJR西日本が謝るのは当たり前かもしれない。しかしわざわざJRバスまで説明にいってくれる(しかも軽い非常事態のさなかに)というのは実に誠実で、怒りはみるみるおさまった。

反面JRバスの応対はナメたような態度だった。まるでこっちがいいがかりをつけるかのような(まぁ一種のいいがかりといえなくもないが)応対に終始した。

結局きちんと会話をしてくれたら自分もここまで怒ることはなかったと思う。別にあやまらなくてもいいし、規則なんだったらそれもしょうがない。でも面倒そうに応対したり、マニュアル通りのことしかしゃべらなかったり、挙げ句は嘘までつく、その行動に相手が怒る(たとえ無意味だったとしても)ということがわからないのだろうか。

JR西日本の職員は一生懸命JRバスに説明した。しかし話はまったく通らなかった。もうそういうところなんだ。しょうがないよ。

若い職員はバスセンターをでた後、お力になれずすいません、と頭を下げた。でも自分はうれしかった。もう十分だよ。だから自分はこう返した。

「うれしかった。ありがとうございました。がんばってください」




2008年9月5日金曜日

モテオーラ



モテるか否かというのは、実は人生で非常に大きなウェイトを占めていると思う。

思えば今までロクにモテたことがなかった。小学校の頃から運動神経が鈍く、頭も悪く、顔も美少年でない自分はモテる要素など皆無だった。

いや小学生がモテるのに頭も顔もよほど酷いものでない限り関係ない。スポーツだスポーツ。こいつさえできればモテる、それが小学生のモテ基準だ。

球技がまったく苦手だった自分は女子の視界から消えていた。まぁそれはいい。

しかし頭も悪く顔もたいしたことない。おまけにおしゃべりが苦手ときては中学、高校に上がっても、まったくお呼びでなかった。

大学に入ってこれじゃいかんと思って「しゃべり」だけでも上手くなろうと思った。成果はそれなりにあったが、モテることだけはなかった。

いや・・・・振り返ってみるにスポーツができるとか顔が美しいとか、そこまで大きな要素なのか、と思ってしまう。

そりゃ山口良一ぐらい頭がいいに越したことはないし、西山浩二ぐらい運動神経がいいに越したことはない。顔も長江健次レベルであるに越したことはない。

でもそれってモテるための絶対要素なのか?といわれれば違うような気もする。だって自分の人生をつらつら遡ってみるに・・・

自分の周りにいたモテてた人たちは必ずしも先の三大条件を備えてなかった。その人をあまり知らない時は「何でこの人がモテるの?」って感じの人ばかりなのだ。

考えてみれば当たり前の話だ。そもそもイモ欽トリオがモテるなんて、それは中高生までの恋愛だ。大人になるとそんなことはどうでもよくなる。

そんなことより、なんていうか、あるんだよね、モテる要素ってもんが。それをモテオーラというのかもしれないけど、もっと具体的に、いや具体的じゃないけどね。

自分の見てきた男女問わず、モテ人間の共通点、それは「ほっておけないオーラ」を持っているのだ。

火野正平をご覧なさい。古いか。市川海老蔵でもいい。何かあるでしょ、ほっておけないオーラってやつが。

これがある人は本当に異性の切れ目がない。すぐにできる。まったく困ったもんだ。

落ちぶれているとかそんなのは関係ない。仕事も順調、お金だって部屋の壁紙にするほどある人でも、ほっておけないオーラを発散してやがる。背中から哀しみが滲んでいる。

勝てないよ、こういう人たちには。だってさ

どうやら自分はこれらの人種とは正反対のようだ。いや立派なダメ人間に違いないのだが、これだけダメ人間でも哀しみがないのですね。残念なことに。

せっかくスポーツもできないし、頭も悪い。顔もたいしたことない。その上相変わらず金はないし、いい年して独り身。

ちょっとぐらい哀愁がでてもよさそうなものなのに、どうも周りからは「こいつはほっておいても大丈夫」と思われているようなのだ。

いやいや!全然大丈夫じゃないよ!だってこれだけダメ人間じゃん!と力説するほどに多弁になって、ますます「ほっておいて大丈夫オーラ」を発散していくのであった。何やってんだか。




2008年9月4日木曜日

カレー



カレーをつくるのは昔から好きだった。

普段はたいして料理とかしないのに、カレーをつくるぞ!と思うと俄然張り切ってしまう。

一人暮らしが長くなると、カレーのように一度つくると2、3日食べ続けられる料理はかなり便利だ。幸い根っからのカレー好きのようで飽きることはないし、想定より多くつくりすぎても冷凍しておけばいつでも食べられるというのも都合がいい。

まずはみじん切りした玉葱を飴色になるまで炒める。そこの果汁が入っていない野菜ジュースと少量のワイン、鶏ガラ、すり下ろしたジャガイモ、同じくすり下ろしたニンニク、これにチョコレートをヒト欠片入れて、最低二時間は煮込む。

スープができたらこれを濾して、ルーを入れ10分ほど煮込んで味をなじませる。これでカレーソースは完成だ。

あとは豚バラの厚切りを焼き、皿に乗せてその上にカレーソースをかければおしまい。本当は短冊切りした茄子とジャガイモを素揚げしたものをトッピングした方がおいしいのだが、油の処理が面倒なのでよほで気が向いた時しかやらない。

はっきりいってこれは旨い。どんなルーだってそこそこおいしくなる。

しかしとにかく時間がかかる。調理をはじめてから軽く三時間はかかってしまう。これでは時間に余裕があり、且つかなり気合いを入れないとつくる気がしない。

それに、ルーを使っている時点で、何となくインチキ臭い。ルーをつかっていることを否定するわけではないが、これでは「趣味はカレー作りです」なんて絶対にいえない。別にいう機会なんてないけど。

これじゃダメだと思った。何がダメなのかさっぱりわからんが、とにかくこんな中途半端なカレーがゆるせんのや!勝ちたいんや!

悩んで悩んで悩み抜いた。それでもダメならパソコンや!ということで検索してみるに、いっちょうココナッツミルクを使ったカレーをつくってみようと思い立った。

トマトをまるごと一個、みじん切りにする。そんなに細かくなくてもキレイに切れなくてもいい。それを鍋で炒める。水分がでてくるのですぐに軽く煮る状態になるが強火で強気にいく。

そこにココナッツミルクを投入だ。豆乳は投入しない。次にガラムマサラでカレーの香りをつけ、ピエトロの辛味オイルで辛さを調整する。

あとは適当に細かく切った鶏肉をブチこんで、しばらく煮込んで完成。

これも思いの外旨い。ついでにバターライスに乾燥したコリアンダーリーフをみじん切りしたやつ(ちゃんとしたスーパーにいけば売ってます)を混ぜてやるとよりいっそう旨くなる。

旨いのもそうだが、とにかく時間がかからない。30分もあればできるのがいい。それにルーを使ってないから本格的っぽい。

まぁガラムマサラ自体ミックススパイスなので、まだ少々インチキ臭いが、そこは目を瞑る。

本当は自分でスパイスの調合がしたいのだが、いかんせん奥が深すぎる。かなりの勉強を要する。金もかかるし。

今、一番の野望はカレーの葉を手に入れることだ。乾燥のやつではない。生のカレーの葉。上野のアメ横なんかにいけば手に入るようだが、カレーの葉ごときのために東京くんだりまででかけるってのもなぁ。でもそこまでしないと手に入らんし・・・・。

悩んで悩んで悩み抜こう。それでもダメならパソコンや!