2008年9月7日日曜日



その日ふたりの男は疲れ果てた表情で、公園のベンチに座っていた。

と書くと三文小説の出だしみたいだが、だいたいこんな感じだ。ひとりは自分。もうひとりは自分より10歳若い、まぁいや後輩だ。

とにかくふたりとも疲れ果てていた。さんざん歩き回った上、直前に不快なこともあった。正直会話する気力も失っていた。

突然、後輩の男はぼそぼそと喋りはじめた。

「この公園、○○(某テレビ局)しかロケで使えないんです」

そうなのか。そういえば○○局しかロケで使ってるのを見たことがない。

「そうなんだ。知らなかった」

「・・・・嘘です」

うーん、冗談になってない。笑えないどころか怒りすらこみ上げてくる。

その時は怒る気力もなかったのだが、その公園に行く毎に、この時の会話を思い出して、怒りがこみ上げてくる。

それはさておき、ジョークとしての嘘というのは本当に難しい。さきほどの事例のように、一歩間違うと相手の怒りを買ってしまうことだってある。

そんなことをいいながら、かつては自分もくだらない嘘をよくついた。しかもたんなる思いつきなので、根拠もへったくれもなく、ただその場で理屈をひねり出す、その程度のもんだ。

今から20年ほど前、なにぶん古い話だ。たしか数名でファミレスに行った時のことである。

おそらくご飯時ではなかったのだろう。自分は当たり前のようにコーヒーを注文した。

ウェイトレスがコーヒーをテーブルに運んでくるやいなや、突然後輩の女性(当然ながらさっきの男性とは別人)が自分の前に食塩を差し出した。

「●●さん(※アタシのこと)、コーヒーには塩を入れるんですよね」

は???である。そんなことをするわけがないではないか。コーヒーに塩を入れるなんてヤツ本当にいるのか?

「でも●●さん、前にコーヒーには塩だって。その方が身体にいいからって」

困った。言ったかもしれない。たぶん元ネタは藤子・F・不二雄氏のSF短編「定年退食」だろう。たしかにそんな展開があった。

おそらくこのネタを引用して、適当にそれらしい理屈をつけて吹聴したのだと思う。

それはわかった。でも実際何にもおぼえてないのだ。いかにも自分がいいそうな嘘なのはたしかだが、その時の状況がさっぱり思い出せない。しかたがない。とりあえず、ああそうだった、やっぱ塩だよね、と適当に取り繕うしかなかった。

しかし悲しきかなは自分の記憶力のなさよ。これほど記憶力の悪さを恨んだことはない。

この件で学んだことは、覚えられない嘘はつかない。あとでフォローできなくなっても知らんで~!




2008年9月6日土曜日

長距離バス



長距離バスはわりあい好きな方だった。

10時間以上かかるような超長距離便に乗ったことがないので本当のつらさを味わう前に現地についてしまう。さすがに4列シートはつらいのだけど、3列シートなら、時間は倍かかるものの下手すれば新幹線より快適なくらいである。

よって「水曜どうでしょう」の壇ノ浦レポートのような状況に追い込まれたことはない。

そして何より安さが魅力だ。移動に金を使うのはばからしいと考えるタチなので(その分旅先で金を使える)、安いに越したことはないのだ。

つまり時間がかかるのを折り込み済みならば、新幹線や飛行機よりも快適に安く行けるのである。魅力を感じないわけがない。

一切長距離バスに乗らなくなったのは年のせいもあるが、ある出来事がきっかけとなった。一年ほど前のその事件以来、長距離バスとは縁を切った。

その日、神戸から東京へ向かう予定だった。

スケジュール的に余裕があることから迷わず長距離バス移動を決めた。ちなみにバスの発着場所は大阪駅である。

ところが当日、JRが人身事故か何かで遅れに遅れた。「5分遅れております」というアナウンスがすぐに15分に変わり、さらに15分ほどして、運行再開は未定です、に変わった。

大阪駅へ、バスの発車時刻より30分以上前に着く予定だったが、どう考えても絶望的になった。

仕方がない。私鉄の駅までタクシーを飛ばし、とりあえず大阪駅へ向かうことにした。

が、やはり間に合いそうもない。おそらくバス発車時刻より5分は遅れる。やむを得ない。マナー違反は承知の上で、私鉄の電車内からバス会社に電話をかけた。

「コレコレシカジカの理由で遅れる。ついては発車時刻を5分遅らせてもらえないか」

答えはノーであった。理由は他の乗客に迷惑がかかる云々。

まぁわからない理由ではない。しかしそこのバス会社はJRバスという名前が示す通り、JR西日本とはグループ会社のはずである。

当然人身事故で一部区間の電車が止まっているという情報は入っているはずだし、実際自分以外にもバスに乗れなかった人がいたかもしれない。

(ボカして書いていたが、自分の家はマイナー路線ではなく、神戸線という有数の乗降客を誇る路線なのだから間違いないと思う)

とはいえマナー違反をおしてまで電車の中での電話での押し問答は迷惑きわまりない。とりあえずいったん引くことにした。

大阪駅に着いた。とりあえずバスセンターに向かった。念のため発着場に行ったが、やはりバスは発車した後だった。

このままではいくらなんでも納得しがたい。それにこのままでは自分は東京に行けない。何とかしなければとバスセンターの受付へ乗り込んだ。

ひとつ目の主張はこうだ。

まだ東京行きのバスはあるはずだから、それに乗せてほしい。

答えは満席だから無理です。わからんでもない。

次の主張は

差額を払うから新幹線に乗せてほしい。

これも無理だという。

ただし払い戻しはするらしい。が、これがよくわからない方法なのである。

何でも一度遅延証明書、その他書類を郵送し、その上で振り込みます、と。

いやいや、全然意味がわからない。遅延証明書は手元にあるし、書類もこの場で書けばいいだけだ。レジもあるのだから払い戻しができない理由もわからない。

しかも手数料として2000円ほど取られるという。

さすがにそれはちょっとおかしいんじゃないのというと

「規則ですから」

この一言でカチンときた。き、規則だぁ~?

思わず人生幸朗の如く「責任者でてこい!」と叫んだ。いや実際には嫌味ったらしく「責任者の方はおられますか」と馬鹿丁寧にいったのだが。

少々お待ちください、と対応していた女性は事務所の奥に入ったきり10分もでてこない。

15分ほど経っただろうか。さっきと同じ女性があらわれ「あいにく所長は席を外しております」ときた。

嘘つけ。不在かどうかを確認するのに15分もかかるわけがないだろ。いったいどれだけ広い事務所なんだ。外から見る限り、事務所の広さはだいぶ大幅に見積もっても20平米もないぞ。

さすがに埒があかないと踏んだ自分は、もう結構です、とその場を後にした。

とはいえ怒りがおさまるわけではない。そもそも大幅に遅延したJR西日本に責任があるんじゃないか。こうなったら駅長室に乗り込むしかない。

駅長室は客は誰もいないものの、数人の職員が次から次へとかかってくる電話の対応に追われていた。中には自分と同じように便に乗り遅れたじゃないかみたいな苦情もあったのかもしれない。

そのうちひとりの若い職員が自分の存在に気づき、自分が今の状況を説明するとすぐに詫びた。すると今度は駅長が自分に近づき、平身低頭に頭を下げた。

しかもさきほどの若い職員がJRバスに説明にいってくれるという。(駅長室とバスセンターは目と鼻の先だった)

思えば何年前だったか。宝塚線の脱線事故の大惨事以来、JR西日本の職員の態度が少し変わったような気がする。

それまではちょっと横柄な感じだったのが、事故以降、不快感のない応対になった。

この事件から先立つこと半年。自分はうっかり電車内に忘れ物をしたのだが、この時の応対も非常にさわやかなものだった。(忘れ物は無事発見された)

電車が遅れたのだからJR西日本が謝るのは当たり前かもしれない。しかしわざわざJRバスまで説明にいってくれる(しかも軽い非常事態のさなかに)というのは実に誠実で、怒りはみるみるおさまった。

反面JRバスの応対はナメたような態度だった。まるでこっちがいいがかりをつけるかのような(まぁ一種のいいがかりといえなくもないが)応対に終始した。

結局きちんと会話をしてくれたら自分もここまで怒ることはなかったと思う。別にあやまらなくてもいいし、規則なんだったらそれもしょうがない。でも面倒そうに応対したり、マニュアル通りのことしかしゃべらなかったり、挙げ句は嘘までつく、その行動に相手が怒る(たとえ無意味だったとしても)ということがわからないのだろうか。

JR西日本の職員は一生懸命JRバスに説明した。しかし話はまったく通らなかった。もうそういうところなんだ。しょうがないよ。

若い職員はバスセンターをでた後、お力になれずすいません、と頭を下げた。でも自分はうれしかった。もう十分だよ。だから自分はこう返した。

「うれしかった。ありがとうございました。がんばってください」




2008年9月5日金曜日

モテオーラ



モテるか否かというのは、実は人生で非常に大きなウェイトを占めていると思う。

思えば今までロクにモテたことがなかった。小学校の頃から運動神経が鈍く、頭も悪く、顔も美少年でない自分はモテる要素など皆無だった。

いや小学生がモテるのに頭も顔もよほど酷いものでない限り関係ない。スポーツだスポーツ。こいつさえできればモテる、それが小学生のモテ基準だ。

球技がまったく苦手だった自分は女子の視界から消えていた。まぁそれはいい。

しかし頭も悪く顔もたいしたことない。おまけにおしゃべりが苦手ときては中学、高校に上がっても、まったくお呼びでなかった。

大学に入ってこれじゃいかんと思って「しゃべり」だけでも上手くなろうと思った。成果はそれなりにあったが、モテることだけはなかった。

いや・・・・振り返ってみるにスポーツができるとか顔が美しいとか、そこまで大きな要素なのか、と思ってしまう。

そりゃ山口良一ぐらい頭がいいに越したことはないし、西山浩二ぐらい運動神経がいいに越したことはない。顔も長江健次レベルであるに越したことはない。

でもそれってモテるための絶対要素なのか?といわれれば違うような気もする。だって自分の人生をつらつら遡ってみるに・・・

自分の周りにいたモテてた人たちは必ずしも先の三大条件を備えてなかった。その人をあまり知らない時は「何でこの人がモテるの?」って感じの人ばかりなのだ。

考えてみれば当たり前の話だ。そもそもイモ欽トリオがモテるなんて、それは中高生までの恋愛だ。大人になるとそんなことはどうでもよくなる。

そんなことより、なんていうか、あるんだよね、モテる要素ってもんが。それをモテオーラというのかもしれないけど、もっと具体的に、いや具体的じゃないけどね。

自分の見てきた男女問わず、モテ人間の共通点、それは「ほっておけないオーラ」を持っているのだ。

火野正平をご覧なさい。古いか。市川海老蔵でもいい。何かあるでしょ、ほっておけないオーラってやつが。

これがある人は本当に異性の切れ目がない。すぐにできる。まったく困ったもんだ。

落ちぶれているとかそんなのは関係ない。仕事も順調、お金だって部屋の壁紙にするほどある人でも、ほっておけないオーラを発散してやがる。背中から哀しみが滲んでいる。

勝てないよ、こういう人たちには。だってさ

どうやら自分はこれらの人種とは正反対のようだ。いや立派なダメ人間に違いないのだが、これだけダメ人間でも哀しみがないのですね。残念なことに。

せっかくスポーツもできないし、頭も悪い。顔もたいしたことない。その上相変わらず金はないし、いい年して独り身。

ちょっとぐらい哀愁がでてもよさそうなものなのに、どうも周りからは「こいつはほっておいても大丈夫」と思われているようなのだ。

いやいや!全然大丈夫じゃないよ!だってこれだけダメ人間じゃん!と力説するほどに多弁になって、ますます「ほっておいて大丈夫オーラ」を発散していくのであった。何やってんだか。




2008年9月4日木曜日

カレー



カレーをつくるのは昔から好きだった。

普段はたいして料理とかしないのに、カレーをつくるぞ!と思うと俄然張り切ってしまう。

一人暮らしが長くなると、カレーのように一度つくると2、3日食べ続けられる料理はかなり便利だ。幸い根っからのカレー好きのようで飽きることはないし、想定より多くつくりすぎても冷凍しておけばいつでも食べられるというのも都合がいい。

まずはみじん切りした玉葱を飴色になるまで炒める。そこの果汁が入っていない野菜ジュースと少量のワイン、鶏ガラ、すり下ろしたジャガイモ、同じくすり下ろしたニンニク、これにチョコレートをヒト欠片入れて、最低二時間は煮込む。

スープができたらこれを濾して、ルーを入れ10分ほど煮込んで味をなじませる。これでカレーソースは完成だ。

あとは豚バラの厚切りを焼き、皿に乗せてその上にカレーソースをかければおしまい。本当は短冊切りした茄子とジャガイモを素揚げしたものをトッピングした方がおいしいのだが、油の処理が面倒なのでよほで気が向いた時しかやらない。

はっきりいってこれは旨い。どんなルーだってそこそこおいしくなる。

しかしとにかく時間がかかる。調理をはじめてから軽く三時間はかかってしまう。これでは時間に余裕があり、且つかなり気合いを入れないとつくる気がしない。

それに、ルーを使っている時点で、何となくインチキ臭い。ルーをつかっていることを否定するわけではないが、これでは「趣味はカレー作りです」なんて絶対にいえない。別にいう機会なんてないけど。

これじゃダメだと思った。何がダメなのかさっぱりわからんが、とにかくこんな中途半端なカレーがゆるせんのや!勝ちたいんや!

悩んで悩んで悩み抜いた。それでもダメならパソコンや!ということで検索してみるに、いっちょうココナッツミルクを使ったカレーをつくってみようと思い立った。

トマトをまるごと一個、みじん切りにする。そんなに細かくなくてもキレイに切れなくてもいい。それを鍋で炒める。水分がでてくるのですぐに軽く煮る状態になるが強火で強気にいく。

そこにココナッツミルクを投入だ。豆乳は投入しない。次にガラムマサラでカレーの香りをつけ、ピエトロの辛味オイルで辛さを調整する。

あとは適当に細かく切った鶏肉をブチこんで、しばらく煮込んで完成。

これも思いの外旨い。ついでにバターライスに乾燥したコリアンダーリーフをみじん切りしたやつ(ちゃんとしたスーパーにいけば売ってます)を混ぜてやるとよりいっそう旨くなる。

旨いのもそうだが、とにかく時間がかからない。30分もあればできるのがいい。それにルーを使ってないから本格的っぽい。

まぁガラムマサラ自体ミックススパイスなので、まだ少々インチキ臭いが、そこは目を瞑る。

本当は自分でスパイスの調合がしたいのだが、いかんせん奥が深すぎる。かなりの勉強を要する。金もかかるし。

今、一番の野望はカレーの葉を手に入れることだ。乾燥のやつではない。生のカレーの葉。上野のアメ横なんかにいけば手に入るようだが、カレーの葉ごときのために東京くんだりまででかけるってのもなぁ。でもそこまでしないと手に入らんし・・・・。

悩んで悩んで悩み抜こう。それでもダメならパソコンや!




2008年6月24日火曜日

ファッションリーダー



おしゃれなんてもんは資生堂にまかせておけばいいのだが、大人に近づくにつれそうもいかなくなってくる。

高校の頃までロクな私服を持っていなかった。これじゃデートにも行けやしない。ま、そんな男に彼女なんているわけもないのだが。

高校三年の時だったか、見るに見かねたクラスメイトが服を買いに行くのにつき合ってくれた。

とはいえどんなのがいいのか皆目わからない。正直どれも同じに見える。仕方がないのでセレクトは全部友人にやってもらった。

余談だがその年の暮れ、テレビを見ていたら、その時買ったのと同じ服装のプロ野球選手が映っていた。自分より一歳上で、田舎の高校からプロになりたてのあか抜けない選手だったので、うれしくもなんともなかった。ちなみに今その選手は阪神タイガースでコーチをしている。

しかしだ、自分にも一応こだわりというものがあった。

子供の頃から1960年代の映画を浴びるように観た。つまり基準はいつもそこにあった。ああいう服装ならしてみたい。それなりの物を選ぶ自信だってある。

が、いかにも時代が悪かった。1960年代風の服なんてどこにも売っていない。

バブル・・・正確にはバブル前夜のファッションなんて見れたもんじゃなかった。

おニャン子クラブは揃いのトレーナーを着てテレビに出ていた。同じブランドのトレーナーを何故か西川のりおも着ていた。

まったく自分の中にないセンスである。堪えられない。しかし流行っていたのだ間違いなく。

あきらめた。この時代が終わるのを待とう。女性に縁のない高校生はそう堅く心に誓うのであった。

大学に入ると誓いはあっさりと破られる。やっぱりモテた方がいいに決まってる。しょうがない。時代と自分のセンスの妥協点を探ることにした。

いや、時代なんかどうでもよかった。理由は入った大学にある。何しろこの大学、奇抜であればあるほど尊敬されるという特殊な校風だったからだ。

とはいえ狙った奇抜さほどサムいものはない。かといって残念ながらそこまでイカれているわけでもない。またしても道はふさがれた。

ある日大学の先輩の部屋に遊びにいくと「今日ランドセルを拾ったんだけどいらないか」という。ああ、そういえばカバンのひもが切れて困っていたんだ。ちょうどいい、これで大学に通えば。

狂ってるとしかいいようがない。一応20歳にもなろうかという大の男がランドセルを背負って大学に通うのだ。狂気の沙汰とはこのことだ。

それは今だからわかることで、当時は何とも思わなかった。完全に校風に飲まれていたということだろう。

何しろそんな大学だ。ランドセルを背負って歩く男はたちまち話題になった。キャンパスを歩き回っていると「一緒に写真撮らせてくださ~い」と声をかけられる。

挙げ句の果てにはランドセルを真似をする輩まで現れた。それも数名。

いやランドセルだけじゃない。自分の服装のすべてを真似してやがる。

あのな、おまえ等マジで狂ってるぞ。こんなもんがおしゃれなわけないじゃないか。

どういうことだ。高校時代まで友人に服を選んでもらっていた男は、3年も経たないうちにファッションリーダーになってしまった。

大学を出て狂想曲は終わった。当たり前だ。ファッションリーダーなわけないじゃないか。

十年ほど時が流れた。

場所は九州。ある集まりに参加した時のことである。どういうわけか出身大学の話になった。するとひとりの女性が自分の出身大学に関して異様な反応を示した。

「知ってますよ!すごく変わった人が多いみたいですね。10年ほど前は何でもランドセルで学校に通う人がいたとか・・・」

我慢した。それにもう30をすぎたオッサンには、実は・・・なんていう体力はどこにもなかった。




2008年6月17日火曜日

インテリ



先日福島に住む叔父のところへいってきた。

子供の頃から非常にかわいがってくれた人で、生まれてはじめて競馬場へ行ったのもこの叔父に連れていってもらったからだし、生まれてはじめてプロ野球の試合に行ったのも、そして生まれてはじめてバーなるものに行ったのも叔父に連れられてだった。

といってもどれも小学校低学年の頃だから定かな記憶はない。ただバーで出された、果汁シロップで作られたと思われる、甘ったるいジュースの味だけは鮮明におぼえている。

後に聞いた話だが、叔父はかなり意図的にこういう場所に自分を連れていったようだ。子供が絶対に行けないような場所に連れていく、そのことを叔父は楽しみにしていてくれていた。

子供にあまり関心のなかった自分の父親は子供をどこかに連れて行く、ということをしなかった。いわば叔父は父親の代わりに一種の情操教育として「世の中にはこういう場所があるのだ」ということを教えてくれた。

だからだろうか。酒をたしなまない自分だが、そういう「オトナの世界」に足を踏み入れることに物怖じすることはなかった。元来社交的ではない自分にとっては大きなプラスをあたえてくれた。今にしてみるとそう思える。

競馬場やバーなどと書くと、叔父の風貌をなんだかもの凄くがらっぱちのオヤジに想像されるかもしれないが、非常にスマートな人なのだ。

叔父の妹、つまり自分の母親にいわせると若いときは石坂浩二に似ていたそうだ。ま、もちろんたいして似てないのだが、たしかに雰囲気は通じるものがある。

石坂浩二と共通する雰囲気、身内のことを褒めちぎるのもアレだが、つまりインテリなのだこの人は。

インテリといっても高卒。勉強はできたらしいが、家庭の事情、いわゆる貧乏という壁に阻まれて進学できなかった。

とはいえ長男の長男たる、なんともいえないのんびりした、関西弁でいうところの「エエシのボンボン」(良家のお坊ちゃん)のムードがあり、よく知らない人ならとても貧乏で大学をあきらめたようには見えないだろう。

いわゆる趣味人であり、小説はミステリ専門、映画は洋画中心だがめぼしい邦画もチェックしている。特にヨーロッパ映画を好む。映画を観るセンスはこの人に教えられたことが多い。

この間会った時も「黒澤の『羅生門』、今観ると全然違ってみえる。観た方がいい」とかいう。こういうことをさらっといえる人はそうはいない。

ハリウッドは80年代以降は全部ダメ、というのは戦前生まれの人らしい意見だが、それでも話題作はもちろんそうでない作品もきちんと観た上でいっているのだから説得力がある。

記憶力も衰えておらず、あの映画にでていた女優はこの映画にもでていたとか、ビリー・ワイルダーの「熱砂の秘密」が観たいんだけどDVDがあんまり売ってない、といってリアルタイムでしか観たことがない「熱砂の秘密」の筋を語りはじめる。

今叔父はパソコンで自分なりの女優名鑑をつくるのに凝っている。もちろん趣味として。だが範囲が広い。少しだけ見せてもらったが、1920年代以前にしか活躍していない女優の名前があったりする。

「昔は映画は監督と男優でみていた。でも今は女優中心でみている」

自分も映画は好きだが到底この人にはかなわない。観た数はもちろんセンスも。そして何よりフィクションを分解できる力は足もとにも及ばない。

母親はよく「もしうちが金持ちなら兄はもっと趣味人として生きていけただろう」という。自分もそう思う。

叔父は高校を卒業するとすぐに実家を継いだ。そして時は流れたが叔父の持つ映画や小説の知識やセンスが仕事に結びつくことはついになかった。

もったいないな、とつくづく思う。とはいえ叔父も70手前だ。今更どうのということはありえない。

自分が、幼少の頃から父親代わりになってくれたこの叔父のセンスを少しでも受け継いでいれば、と思うことがある。そうなのか違うのか、それはわからない。でもそうであってほしい。それはけして「ええかっこ」したいからではなく、もしそうならうちの家系にも意味がある、そう思えるからだ。




2008年6月15日日曜日

ライター



ライターは100円ライターに限る。

自分はA型の癖に几帳面とはほど遠い性格で、100円ライターか使い捨てボールペンを最後まで使い切るのが夢という寂しい性格をしている。

早い話が使い切るまでに紛失してしまうのだ。ライターなんて今まで何十個なくしたかわからない。

こういう人間が高価なライターを持つのは非常に危険だ。というか意味がない。

それでも5000円以上するライターならそれなりに慎重に取り扱う。でもやっぱりなくす。だからとっても馬鹿らしい。

100円ライターはいい。なくしてもたった100円の話だ。

それに確実に着火してくれるのもいい。もちろんガスがなくなればハイそれまでョだが、どうせ使いきる前になくすのだからそんな心配はいらない。

ところがやっぱり人間、色気というものがあって、ついつい中途半端な、コンビニとかで売ってる1000円程度のライターに手を出してしまったりする。

はっきりいって1000円未満のガスライターほど使えないものはない。まずすぐにガスがなくなる。あっっという間に紛失する自分が使いきれるほどにしかガスが入っていない。

この手のライターはだいたいガスがチャージできるようになっているのだが、これがうまくチャージできた試しがない。

よしんば奇跡的にチャージができたとしても、チャージ以外のメンテナンスができないので、石がなくなれば終わりである。

かくしてただ使えないだけのガスライターが部屋の片隅にじゃらじゃら転がる羽目になるのだ。

でもガスライター全部がダメかというとそんなことはない。

前にプリンスの4000円弱のガスライターを使っていたことがあるが、さすがに少し値段がはるだけのことはあって、きちんとガスチャージができた。もちろん石を変えることもできる。

しかもこれは紛失しなかったこともあって、2年ぐらいはもった。4000円弱で2年ももてばたいしたものである。

それでもガスライターが使いづらいのには違いない。

プリンスのヤツもチャージできるのだが、結構不安定なのだ。チャージしたつもりなのに、逆にガスが抜けているなんてこともしょっちゅうであった。

その点オイルライターなら失敗のおそれがない。

なにしろどくどくオイルをつぎ込むだけでいいのだから。

じゃあジッポーがいいんじゃないのって話になるのだが、やっぱりなくす心配がある。残念ながら数千円のライターを紛失してヘラヘラできるほどのブルジョアではない。

そこで浮上するのがイムコのライターである。何しろ1000円未満で買えるのがうれしい。メンテナンスもジッポーのものが使えるというのもいい。

が、先日これもなくしてしまった。

イムコの難点は取り扱ってる店舗が少ないのだ。

正直1000円未満の商品をネットで取り寄せるのも抵抗がある。

かくして再びライター難民になってしまった。

やっぱ100円ライターだな、それが一番いい、そう思って100円均一ショップ、つまりはダイソーだ。そこで思わぬ掘り出し物を見つけた。

というか前から存在は確認していたのだが、食わず嫌いで試したことがなかった。

その商品とは、ずばり偽ジッポー、である。

これが思いの外調子いい。メンテナンスは完全にジッポーと共通、オイルライターだからチャージ失敗の心配もない。

しかも100円だからなくしても痛くないし、ダイソーにいけばいつでも手に入る。

難点は変な模様が入っていることだが、これは除光液で簡単に落とすことができる。

うん、これぞ究極の100円ライターではないか。

何ともケチくさい話だが、個人的にはものすごく切実だということを理解してほしい。